第2話 変貌した故郷
久しぶりにグッスリ眠れたようだ。
目が覚めたら昼だった。
起き上がると、サイズの合ってないTシャツがズルり、とズレてくる。
「うわ……」
ギリギリで引っ掛かって止まった服を見て、思わず声が出る。自分の身体なのにまともに見れない。
「この身体、結局どーにもならんかったな」
アースシア中の聖職者やまじない師を訪ねて回ったが、みな一様に首を横に振るばかり。聖女は泣きじゃくりながら何度も謝ってきたが、彼女を責めるつもりはない。
もし俺の魂を魔王の亡骸に入れなければ、確実に死んでいた。命を救う瀬戸際の判断を批判する等、以ての外だ。
何とか慣れていくしかないだろう。
だがこの日本での生活はどうだろうか。本人確認等が出来なくて困る事って何だろう。
会社は……クソブラックで異世界に行く前に辞めたから問題はない。
病院……魔法で怪我も病気で治せるし、回復アイテムもたっぷりある。最悪、保険適用無しで受ければいい。金はある。両親の遺産がほぼ手付かずで残っている。万が一を考えて貯蓄していた昔の自分を褒めたい。
衣食住……食事はアイテムと異世界食材で賄える。服も然り。家は実家をそのまま使ってるので大丈夫だ。
光熱費や水道代……風呂は魔法かアイテムでOK。電気代も魔法や魔導具で明かりを出せば代用可能だ。まあ、スマホの充電とパソコン、テレビは流石に代えられない。
改造すれば出来るかもしれないが、変に触って壊したくないから止めておく。
交友関係、近所付き合い。一切なし。以上。
あれ……? 意外と、困らない?
もっとハードモードになりそうな気がしてたけど、落ち着いて考えると殆どが自力で何とかなってしまう。
まあ、あれだけ苦労したんだから少しは楽をしても良い、よね?
ただ、もしもを想定して恒久的な収入は絶対に持つべきだ。どう言い繕っても最後は金が全てだからな。両親の遺産はあくまでも保険としてキープし、普段財布に入れておけるだけの稼ぎは欲しい。
そうなると、やはり女になってるのが最大の問題点だ。まず見た目的に働けない。もしあるとしたら非合法のものになってくる。そんなのは絶対にあり得ない。
認識阻害の魔法を使う手もある。要は相手の常識を書き換え、都合のいいものにしてしまう……魔法。これは魔王の身体を得た事で使えるようになった。大多数の人間にかけられるし、魔王の魔力なら全世界の人間にも及ばせられるはずだ。
――いや、いくら何でも倫理的にダメすぎる!
勇者なんだぞ、俺は。
道を踏み外してどうすんだ。アースシアの人たちに顔向けできなくなるだろうが。
「まあ、金の問題は後回しだな。暫くは平穏に過ごせれば良い……」
俺はベッドから降りる。
寝ぐせが酷いので、手櫛で適当に直して昼飯の用意をする。
と言っても、前述のとおりもう作る必要もない。
「
目の前の空間が裂けて、その中には雑多なアイテムが陳列する広大なスペースが広がっている。
勇者時代、アースシアで手に入れた全てのアイテムや武器防具類はここに保管されている。
「えっと……、これだ」
ごそごそとまさぐり、取り出したのは古びた大釜。
どんな料理でも出してくれる便利アイテム、ダグザの大釜だ。これのお陰で俺は荒地の魔王城でも空腹とは無縁の生活が出来た。
「サーモンたっぷりの海鮮丼」
何にしようか悩んだが、日本に帰ってきた記念って事で日本食にした。
俺が告げた途端、釜の中は到底食べきれない量の海鮮丼で満たされる。
「んぐ、美味い……」
ついでにどんな飲料水も出してくれる聖杯も用意して、冷たい緑茶を飲む。
「ごちそうさま」
腹が膨れたので、釡に向かって言う。すると残っていた中身は綺麗さっぱり無くなり、元の何も入ってない状態になった。魔法で軽く洗浄してからアイテムベイに収納する。
さ、じゃあ部屋を綺麗にするか。
デジタル時計の日付を見ると、年が明けて旅立った日から一年半ちょっとは過ぎていた。異世界で過ごした期間はどう考えても数年に及ぶのだが、定番の時間の流れが違うという奴だろう。
幸い水道光熱費は、予備として引き落とし口座にそれなりの額が入っていたので、基本料金だけの支払いは何とか出来ていたようだ。電気も水道も使えるし、督促状も来てない。
しかし長年留守にしていた事による悪影響は多くある。まず部屋の汚れがかなり酷い。一先ずベットと食卓周りだけは寝る前に綺麗にしておいたが、それ以外は普段触れる場所にも埃が積もっているので掃除は必要だ。
「
まあ、魔法で一瞬で綺麗になる訳だが。
ゴミはゴミ箱へ、汚れは洗い流され。
澱んだ空気も一掃され、爽やかな風が吹き抜けていく。
家中があっと言う間に新築物件のような清潔さを取り戻す。念じるだけで面倒な家事全般は終わってしまう。
いやぁ、快適快適。
後はお墓を綺麗にするだけだな。
寝巻代わりのTシャツから比較的サイズの合う半そでパーカー、半ズボンに着替え、外に出る。ついでに懐かしの故郷の街並みでも見物しようかなーと。
――思ったのだが。
「何あれぇ……」
日本の街にどこまでも不釣り合いな、石造りの巨大な塔が聳え立っていた。
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