二度目の冒険は現代ダンジョンで!
四宮銅次郎
第1話 勇者で魔王
………、
……、
…。
「――帰って、来たんだな」
俺こと、
ベッドから起き上がるり、部屋を見渡す。
テーブルの上に放置されたスマホ。
読みかけの漫画。
脱ぎ散らかした会社のスーツ。
何もかもがあの日のままで止まっていた。
「……ふぅ」
何をする気にもなれず、俺は再びベッドへ倒れ込んだ。
あの時にはなかった長い髪の毛が広がる。
「疲れたな」
目を閉じ、思い返す。
全てが昨日の事のように思い返された。
あの日――俺は、異世界アースシアへ召喚された。
竜が空を飛び、巨人が闊歩する剣と魔法のファンタジーの世界。
昔から外国のファンタジー小説を読み漁り、最近ではネット小説にハマっていた俺は、その奇跡に最初は感激していた。自分が物語の主人公となり、活躍する様を何度も妄想していた幼少期の願いが叶った、と。
だがすぐに容赦のない現実が襲う。
剣で斬られれば痛いし、血が出る。
魔法を撃たれれば、簡単に手足が飛ぶ。
死者の群れに嬲られ、竜に踏み潰され、魔族に身体を食い千切られた。
それを回復魔法で即座に治し、再び立ち向かう。そんな日々の繰り返し。終わりのない地獄の反復。
即座に死ねる事がどんなに羨ましいか。俺には死すら許されないのだ。神が与えた加護により、どんな凄惨な死に方をしても教会に戻されて目覚める。
だから俺は強くなった。がむしゃらに、めちゃくちゃに。
武術を極め、魔法を磨き、スキルを覚え、勇者以外の職を修め、アイテムをかき集め、アースシアの全てをモノにした。
その間に死んだ回数は、百から先はもう覚えていない。
人間は慣れと言うものがあるが、死の感触だけは決して拭い去れなかった。
最初は酷いトラウマとフラッシュバックでまともに戦う事も出来なくなったが、共に戦う仲間たちが懸命に支えてくれた。
最後は迷惑をかけられないために精神安定の麻薬に近いポーションをがぶ飲み、ようやく落ち着けたと思う。お陰で豆腐メンタルも相当鍛えられたな。
そうして長い長い戦いの果て、苦難の末に俺は魔王を滅ぼした。
最後の一撃が心臓を貫き、奴の骸は永遠に動かなくなる。
でも、そこで終わりじゃなかった。
俺は魔王と相打ちで倒れた。限界まで酷使した肉体は最早、人の形を保っていられるのが奇跡な程にズタボロ。執念だけで戦っていた。
でも旅の仲間の聖女が俺を死なせまいと、とんでもない秘術を使ったんだ。
それは倒した魔王の死体と俺の魂を一体化させるというもの。
結果どうなるか?
もちろん成功はした。
聖女も神の子と呼ばれた実力者。伝説で語られるだけの秘術も容易く使いこなす。
で、俺は無事魔王の肉体を得て蘇ったんだが……その結果が、これである。
魔王は女だった。
長く、絹のように滑らかな銀髪。
特徴のない平坦な身体。
雪のように白い肌。
紅と蒼のオッドアイ。
どう見ても子供にしか見えないが、その戦闘力は世界を気まぐれで滅ぼせる。
勇者の俺が命がけでやっと殺せた存在だ。
聖女が命を繋いでくれた事には感謝している。恩人だ。
だけど、一つのデカい問題がある。
今の俺は勇者と魔王の二人分の力が宿ってしまっている。
紅色の右目が魔王、左の蒼い瞳が勇者の証だ。光と闇が同時に備わり、最強に見えるかもしれないが、気持ちが昂ると魔王としての側面……つまり、徹底的に敵を破壊するという凶暴性と、相手を見下して煽る癖が強く出てしまう。
何とか凶暴性の方は抑え込む努力を重ね、閉じ込める事に成功はした。意図的に破ろうとしない限りは平気だ、という聖女のお墨付きも貰っている。
ただ人を煽る癖は治らなかった。それでも一応相手からケンカを売られない限りは出てこないようにはしたが。
到底、現実世界にあって良い存在ではない。しかしこんな力を平和な日本で奮う必要もないだろう。
本当ならアースシアで隠居すべきなんだろうけど、どうしても気掛かりな事があったんだ。
それは――
大きく息を吸い込む。慣れ親しんだ家の匂い。大好きだったお袋と親父の気配を感じる。
両親は事故で早くに亡くしたが、二人と過ごした思い出は色褪せる事は無い。何度壊れそうになってもその思い出が支えてくれたのだから。
「この家は守らないとな……」
両親が残してくれたこの家と、二人のお墓。殆どの親戚とは疎遠状態なので、俺がいないと家もお墓も荒れ放題になってしまうだろう。最悪、潰されるかもしれない。
それだけは何としてでも避けなければ。
「……ただいま」
静かな空間に俺の声が響く。
そう、やっと帰ってきたんだ。
やらなきゃいけない事は沢山あるけれど。
今はただ、懐かしいこのベッドで眠りたい。
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