03異世界
俺を助けてくれた彼女はランカ・クルードと名乗った。この森から少し離れた場所に街はあるが、森の中に一人で生活しているらしい。
彼女の家は豚の化け物から助けられた場所から少し歩いた場所にあった。畑や井戸、物置がある広めの庭に、こぢんまりとした建物がある。
しかし、あんな化け物が住んでいる森の中で生活できるものだろうか?
留守にしているときや寝ているときに家を壊されてしまいそうだが。
「大したおもてなしはできないが、ゆっくりしていってくれ」
彼女はそう言いながら、玄関に置かれた鉄製の筒の中に先ほどの豚の化け物が消えた後に残った青色の結晶を入れた。
すると、その筒が仄かに青色の光を放った。
「それ、なんですか?」
「これかい? これは魔物を寄せ付けないようにする設備だよ。街の四隅に置かれているものの簡易的なものだ。一人でこういう場所に暮らすには欠かせない道具だ。まぁ、街で生活しているとこういう小型の物を目にする機会はないかもしれないね」
わらび餅みたいな生き物、豚のような巨大な化け物、彼女の人とは思えない身のこなしや謎の能力――野球ばかりしていて漫画やゲームにほとんど触れてこなかった俺でも、なんとなく分かってきた。
ここは天国や地獄ではなく、魔法があり、様々な種族が生活している世界。いわゆる異世界というところなのではないのだろうか?
つまり、俺は現代日本から、雷に打たれたショックで別世界に送られてしまった――ということか。
俺はランカさんに案内されるままに家の中へ入った。
家の中は非常に簡素で、テーブルと四つの椅子、台所らしきスペースとベッドが一つ。まるで少し広めな大学生の独り暮らしの部屋のような感じだ。
そして部屋の隅には本が天井に届きそうなほど山積みに置かれていた。床にも何冊か落ちているし、机の上にも十冊ほどの本が散らばっている。
「すまないね。普段一人で暮らしているものだから、片付けるのに無頓着なんだよ」
彼女は机の上の本を机の隅の方に寄せて、俺に座るよううながした。
俺は椅子の腰を下ろすと、机の上の本に目を向けた。
そこに書いてあるのは俺が知らないはずの文字だ。まるで見たことのない地図記号が並んでいるように見える。
そう。俺はこんな文字は知らない。
使える言葉は日本語だけ。授業で英語を習っても、なんとか頑張っても平均点以下の点数しかとれない人間だ。
《生活魔法の歴史と研究》
しかし、何故かその文字を読むことができた。
知らない文字のはずなのに何故か日本語を読むのと同じように理解することができる。それは右足を出して次は左足を出して何て意識せずに歩くことが可能なように、当たり前に意味が分かった。知らないはずなのに理解できる――それはどこか奇妙な感覚だった。
俺はおそらく読みかけであろう開いたまま伏せている本の表紙をなんとなく読んだ。
《獣人勇者のカノン様は、美少年な王子様に愛されている》
さっきの本は学術書のようなものだったが、どうやらこれは恋愛小説らしい。やはりどんな世界でも恋愛作品というのは需要があるんだなぁ……。
「おっと邪魔だったかなぁ!!」
ランカさんはそう叫ぶとその本を勢いよくベッドの方に放り投げた。
俺が突然の行動に驚いていると、ずいっと顔を近づけてきた。
「あれはただの恋愛小説だ? いいね?」
「え? はい、そうですよね……。俺普段本読まないんでよく分からないですけど」
そう答えると彼女は笑顔で頷いた。
「そうか。それなら問題ない。ただ、私が恋愛小説を読んでいたなんて誰にも言ってはいけないよ? ……これは乙女の秘密の趣味だ」
「承知しました」
俺は迫力に押されてまるで上司と話す社会人のような返事をした。
ランカさんは机の上に二人分の木のカップに入った水と、銀のお皿に乗せたパンとチーズを置く。
「お腹も空いているだろう。食べながら話しをしよう」
水を一口飲んで喉を潤わせると、俺は彼女に事情を話始めた。
雷に打たれて、気がついたら湖のほとりにいたということ。
自分の世界ではあんな化け物や、魔法のような現象は見たことがないということ。
彼女は相槌を打ちながら俺の話を真剣に聞いてくれた。そして、俺の説明が終わると、ポツリと呟く。
「なるほど、彼女と同じ転移者か。こんな短い期間で二人も目にするとはね」
「彼女?」
「君と同じで別の世界からやって来たという女性が近くの街で生活しているんだ。彼女とは友人で街に行ったときはよく会うんだよ」
「俺と同じような人が結構いるんですか?」
「転移者の記録は過去の文献にも記述があるが、珍しい現象であるということは間違いないだろう。実際、私が生まれてから百二十年で出会ったことがある転移者は彼女と君しかいない」
「そうなんですか……ん?」
彼女の言葉に違和感を覚えた。私が生まれてから百二十年――。
「百二十歳!?」
「あぁ。私はエルフという種族で人間より長生きなんだよ。大体千年位は生きる。転移者の彼女いわく、作品によって描かれ方は違うが、そちらの世界の作品の中にも出てくるらしいね。大体長寿で、耳が長く、自然の中で生活していて――おおよそ、そのイメージで間違いはないよ」
彼女は椅子から腰をあげた。机の上のコップと皿は既に空になっていた。
「ちょうど私も街にいくところだったんだ。今後どうするにしても、同じ異世界転移者として彼女の話を聞くのがいいだろう」
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