04バット
ランカさんに連れられ俺は街に向かった。
その道中に出会ったのは、湖にいたわらび餅のような生き物――スライム、豚のような巨体の怪物――オーク、小型で緑色の肌をした鼻と耳が尖った鬼のような生き物――ゴブリン様々な異形の魔物たちだ。
名前はランカさんに教えてもらった。
「彼女は結構こういった魔物の名前を知っていたが、君は全然知らないんだな。架空の生物として君の世界でも知られていると彼女は言っていたが」
「ずっと野球ばっかりだったんで、あんまりそういうのに詳しくないんですよ」
「野球?」
そうか、この世界に野球は存在していないのか。
よく考えてみたら当然なことだ。似たようなスポーツがあったとしても、違う世界である以上、野球そのものはないに決まっている。
「ざっくり言うと、ボールをこのバットという棒で打って、得点を競い合うという競技ですね」
「君が持っているそのこん棒はそれに使う道具なのか。てっきり武器かと思っていたよ」
「武器として使う人もいるんで、ある意味間違ってはいないですけど……」
「ただ、本当にそれはその野球というのに使う道具なのかい?」
「へ? いや、これは確かに俺が昔から使っているただのバットですよ?」
「それから魔力を感じるんだ。エルフは魔力にかなり敏感な種族でね。少し貸してみてくれないか」
俺は言われるがままに彼女にバットを渡す。
「《鑑定》」
彼女がそう唱えたが、見ている限りなにも起こらなかった。彼女はじっとバットを見つめた後、俺に返却した。
「やはり、これは特殊な武器だ。不壊の性質――いかなる手段をもってしても破壊することができない特殊な性質を持っている。かなりレアな性質で、作ろうと思ったらいくつもの貴重な素材が必要だ。売れば相当な額になる」
「これ、地元のスポーツショップで買った安物ですよ」
「こちらの世界に君が来たときになにかしらの変異が起こって、不壊の性質が付与されたのかもしれないね。異世界転移の現象については、どういった仕組みなのか解明されていない。そういったイレギュラーなことが起こったとしてもおかしくはない」
そう説明されてもなかなか実感が沸かない。これはどっからどう見てもなんの変哲もないただのバットだ。そんな特殊な性質を持つものには到底思えない。
「不壊の性質を持つ武器だとばれたら狙われてしまうかもしれないから気を付けておいた方がいい。先ほど私が使った《鑑定》は基本的な魔法の一つで冒険者ならほとんどが使えるからね――おっと、もう街がみえてきた」
ランカさんが指差した先に見えたのは大きな城壁で囲まれた街だった。
街の四隅には巨大な煙突のようなものが設置されている。
あれがランカさんの家に置かれていた魔物を寄せ付けないようにする設備と同一のものか。街という広い範囲に効果を及ぼさせるためにあんなに大きくしかも四隅に設置しなくてはならないということか。
今、俺とランカさんがいる場所は森を抜けてすぐの丘のような場所で、街全体を見渡すことができる。
街の周囲には深い堀が作られていて、街に入るには橋を渡り門を通過するしかなさそうだ。どれ程栄えている街なのかは比較対象のない俺には分からないが、いくつもの建物がある中、一つの大きな建物に目を引かれた。
街の中心に位置している尖った形の青色の屋根の建物だ。
「あの真ん中の建物はなんですか?」
「あれは女神教の教会だ。この世界の人類のほとんどが信仰する宗教だよ。女神様によって、様々な恩恵が人類に与えられていて、その恩恵や教えは私たちの生活に絶対に欠かすことができないものだ。魔法なんかもその一つだね」
「魔法って誰でも使えるものなんですか?」
「あらゆる魔法を誰でも使えるというわけではないが、生活に密接な魔法はたくさんある。たくさんの自分の魔力を使わずに使える道具が売られていて、生活から仕事、魔物との戦闘、あらゆる場面で魔法は欠かせないものだ」
この世界において魔法は決して特別なものだけが使う技術というわけではなく、当たり前に存在しているもののようだ。現代日本におけるガスや電気に当たるものがこの世界では魔法なのだろう。
街の入り口に到着すると、槍を持ち鎧を身に付けた門番が二人立っていた。
一人は髭が生えた中年の男で、もう一人は若い二十代ぐらいの赤い髪の青年でなかなか端正な顔立ちをしていた。二人は門に寄りかかり世間話をしている。
「相変わらず暇そうだな、二人とも」
ランカさんがそう声をかけると、中年の門番は笑いながら答える。
「門番が暇なのは平和な証拠ですよ」
隣の若者もそれにうんうんと頷いている。
「そうです。平和が一番です」
「もったいないね。君たちみたいな強い戦士が」
「あなたがそれを言いますか? 私たちなんてあなたの足元にも及びませんよ」
「それなりに長生きしているからね。年の候というやつだ。ヒイラギは街にいるかい? この子を彼女に会わせたいんだ」
「彼女が動かないといけないような重要なクエストがあるって話は聞かないので、いつもどおり酒場で飲んでいると思いますよ。時間的にまともに話せる状態かは定かではありませんが」
「……その時は回復させに教会に連れていくことにするよ」
門番の二人が門を開き、ようやく俺とランカさんは街に足を踏み入れた。
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