01わらび餅
目を覚ますと見覚えのない湖のほとりで寝転がっていた。
俺は自分の現在の状況が理解できず、慌てて周囲を確認した。
湖の周りは木々に囲まれ、地面には色とりどりの草花が生い茂り、木の隙間からは涼しい風が吹き込んできている。湖は底が見える程に透明度が高く魚が泳いでいる姿が見えた。随分とのどかな雰囲気の場所だ。
――なんだ、ここは?
俺が身に着けているのは野球のユニフォーム。そして素振りに使っていた愛用の金属バットが隣に転がっていた。
自分が思い出すことができる最後の記憶は家の近くの公園で素振りをしていたことだ。そして雨が降り始めて雷の音が聞こえたので、そろそろ終わりにしようとしていたところで光と衝撃が――。
「あれ!? もしかして俺、死んだ!?」
たどり着いた結論に反射的に驚きの声を上げていた。
そう考えると自分がユニフォーム姿のままこんなところで目を覚ましたこととの辻褄が合う。そう考えるとこの場所も死後の世界に見えてきた。
しかしそれが本当ならなんとも間抜けな死に様だ。甲子園の進出を逃した上に、夜の練習中に雷に打たれて死んでしまうなんて、あまりにも滑稽ではないか。
――しかし、一体どうすればいいんだ?
当たり前だが死ぬのなんて初めての経験だ。どこに向かえばいいのか、何かしらの手続きが必要なのかも分からない。いわゆる閻魔大王とかがいるようなタイプのあの世ではなさそうな気はするが、あの世の手続きにも印鑑なんかが必要なのだろうか? 実印どころか認め印すら持っていない。
俺はとりあえずバットを拾った。あの世で野球ができるのかどうかは知らないが、ずっと使っていた愛着のある道具だ。ここに置いていくわけにはいかない。とりあえず、辺りを色々調べてみてこれからどうするのかを決めるとしよう。そのうちフランダースの犬みたいに天使が迎えに来てくれるかもしれない。いや、あれは現世にいるときに迎えに来たはずか? まぁいい。世代的にあのシーンぐらいしか知らない。
そう決めて歩き出そうとしたその時、奇妙な物体が目に入った。
――なんだ、あれ?
俺は気になってゆっくりそれに近づいて行った。
それは丸くて透明なプルプルした物体。
もしかしてこれはあれじゃないだろうか?
「天然のわらび餅か。初めて見た」
わらび餅の原料が植物らしいというのは馬鹿な俺でも何となく知っている。
なるほど、天然物のわらび餅というのはこんなにも大きいものなのか。大体直径が50センチほどはあるだろう。俺たちが普段目にするあれは、これを食べやすいサイズに切ってあるわけだ。
俺は興味をそそられ、指先で軽くつついた。
確かに普段口にするわらび餅と同じようなあの触感だった。違うのは餅っぽいひっついてくる感じはあんまりない。ここから切る以外になにか加工しないといけないのだろうか?
――ドン!
急に俺の体に衝撃が走り地面に倒れ込んだ。
さっきまで触っていたわらび餅がまるで怒った猫のように飛び上がって体当たりしてきたのだ。地面に着地したその動くわらび餅は再び飛びかかってこようとグニャリと体をへこませた。
――なんだ、こいつ、生き物なのか!?
俺は飛んできたそいつをとっさにバットで殴り飛ばした。地面に叩きつけられたそいつは落としたホールケーキのようにビシャッと広がる。
死んでしまったのか、そいつはそのまま動かなくなった。
しばらくして砂のようにさらさらと体が崩れ――消滅した。
そして、そいつがいた場所には水晶のような青色の透明な物体が残されていた。
「なんだったんだ。動いたってことはたぶん生き物だよなぁ。わらび餅じゃなかったのか」
とりあえず、残された物体を警戒しながら手に取ってみた。
よかった。どうやらこれは動かないらしい。
その物体は海を切り取ったように綺麗で透き通った青色をしている。冷たくて硬くそれでいて軽石のようで重さはあまりない。何らかの鉱物のようだが、それを判別できるような知識を俺は持ち合わせてはいなかった。
――しかし、さっき少し痛かったな。
あの謎の生き物に体当たりを食らわされ地面に倒れた時、確かに痛みを感じた。夢かどうかを確かめる際に頬をつねるというのが定番の行動だが、痛みがしたということはどうやら少なくとも夢の中というわけではないらしい。
あの世でも痛みはあるのだろうか? 針山地獄とか、舌を抜くとかの罰がある以上、少なくとも地獄には痛みがありそうな気がする。
そんなことを考えていると、後ろから木がへし折られる大きな音が響いてきた。
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