郵便局のアサシンさん。
国樹田 樹
第1話 汝その名はアサシンさん
みなさま、おはようございます。
いやこんにちはでしょうか? こんばんはでしょうか。
それはさておき、私がこのお話の語り役でございます
初めまして。
自分で言うのも何ですが、ぴっちぴちな二十四歳、職業はみなさまご存じ庶民の味方、そこそこブラックで有名な郵便局員でございます。
日本国内にございます
こう見えても私、一応戸籍上では女ですが、職場ではあまりそういう扱いはされておりません。残念です。
ん? これ小説だよね何で語ってくれちゃってんの? とお思いですか?
いえいえ、それは今からご説明させていただきますので、今暫くお付き合い下さいませ。
まず、私が今の職場である轟郵便局に配属されましたのは昨年の春、桜の花咲き乱れる美しい季節でございました。
あれです。四大を卒業して新卒入社した会社を二年で挫折し、せめて退職金が出る三年勤めてから辞めれば良かったと後悔していた頃、有り難くも近所の郵便局にてハローワーク伝いで採用をいだたくことができたというお話です。
おかげさまでニート生活は一週間程で終わりを告げました。
母からの小言を聞かずに済んだとはいえ、ちょっぴり残念だったとは言いません。
と、まあしかし。
人生とは、そう上手く運ばないのがこの世の常。
私はそれを、この職場で働き出してからしみじみと感じるようになりました。
そう、全ては『彼女』との出会いから始まったのです。
お待たせして申し訳ありません。
左様でございます。
そこからこちらのお話は始まります。
とある県の、とある場所にある轟郵便局。
そこで新人である私につけられた、一人の先輩郵便局員。
彼女の名は、
名前からして何かありそうですよね? はい正解です。
実はこの方……かつて、『異世界』にある『プラドリア帝国』というお国で暗殺者としてその名を轟かせたという、超一流のアサシンだったりするのです。
なぜ私がその事実を知っているかは……まあ追々ということで。
ちなみに、年齢は自称二十六歳だそうです。
郵便局の窓口担当でありながら、朝から夕方の勤務時間、終始黒い覆面をつけている彼女は、神のいたずらによって現代世界に転移し、身を隠し人々に紛れ生活している……らしいですが全く隠れていないのが玉に瑕。
そんな彼女がこの現代で得た二つ名。
それは。
「郵便局のアサシンさん」
だったのです―――
◆◆◆
よく求人情報誌などで見かける「アットホームな雰囲気です!」とか「スタッフ同士はみんな仲良し!」だとか「困ったときにはフォローし合う協力体制があります!」などという謳い文句。
それを決して信じるなと言ったのは、当時一緒に就活に励んでいた友人の一人だった。
私は、たった今それを痛感していた。
人の声に耳を傾けよとは、先人はよく言ったものである。
「東雲さん! この伝票処理お願いー! あとこっちが定形外で、こっちがゆ○パック! あと年賀状のストック出しといてー!」
「はいいぃぃぃぃ!」
この轟郵便局で一番の古株である
聖徳太子も真っ青である。
彼女の声に返事を返しつつ、私は先ほど処理し終えたばかりの税金関連の書類を確認していた。
お国のフォーマットはいつも嫌がらせかと思うくらい複雑で、何度も確認しなければ恐ろしくて提出できないのだ。
しかしもちろん、蓬莱さんの指示を頭にメモすることも忘れない。
(後が怖いからね!)
今年の春にこの郵便局に勤務し始めてから早九ヶ月。
時は年末、世間一般でもくそ忙しいと評判な師走に入り、日本国内ではど田舎に位置するうちの局ですら連日押し寄せるお客様に悲鳴を上げていた。
―――ただ、一人を除いて。
「あのぉ~……年賀状三十枚、お願いしたいんですが……」
窓口の前には、一人の気弱そうな男性が立ち、郵便局員の女性に話しかけている。
私の方は現在処理待ちのお客様がいるので、空いている窓口に行ったのだろう。
だがしかし、彼女の窓口が空いているのには、やはりそれなりの『理由』があった。
「……」
「ぅわっ!」
その窓口を担当している郵便局員……もとい、黒い覆面をつけた女性局員は、無言で頷いたかと思うと、まるで隠し芸を披露するかのように、お客様の目の前にざっと数種類の年賀はがきをトランプよろしく片手で広げて見せた。
恐らくどれが良いかと尋ねているのだろう。
声は発さず動作のみというところが彼女らしい。
ちなみに、驚いた声は勿論お客様の声である。
それもそのはず、彼女は一切の音を立てずに、目にも止まらぬ早さで一連の動きをやってみせたのだ。
お客様……いくら空いているからって、よく黒い覆面した郵便局員の窓口にいきましたね。
貴方気弱そうに見えて結構な猛者ですよ。私が保証します。あんたは偉い。
そんな感想を抱きながら横から「種類を選んでいただければご用意いたします」と口頭で通訳をつけておいた。私のサポートに、覆面郵便局員の
「じゃ、じゃあこれで……っひえ!」
気弱そうな男性は、インクジェット用の無地の葉書を指差した。が、言い終わる瞬間には既に、目の前に選択した葉書三十枚が差し出されていたので思い切りびくついていた。
でもって案の定彼女の動きは誰にも見えていなかった。
いつもながら素早いとかいう言葉では言い尽くせない俊敏さである。衣擦れの音すらさせないのは、最早見事としか言うほかない。
一言も喋んないけど。
私や局長ですら筆談しかしたこと無いし。
「三十枚で千八百六十円です」
安佐さんは基本ノートークなので、代わりに私が横から合計金額をお知らせする。
すると男性はびくびくしながらも空色のトレイにお金を置いていた。が、それもこれまた一瞬でかき消え、出されていた二千円のお釣りである百四十円がトレイの中に出現していた。変わり身の術か。
「ありがとうございましたー!」
終始怯えた様子だった男性は、まるで死地をくぐり抜けたような顔をして、オレンジ色のラインが入った自動ドアから去って行った。
お疲れ様ですお客様……! できればまたお越し下さいませ……!
という私の声は、もちろん内心のみで留めておきました。
郵便局のアサシンさん。 国樹田 樹 @kunikida_ituki
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