第17話 夏休みは終わりました
先生が花瓶を持って教室に入って来たのを見て、クラスの雰囲気が変わる。新学期が始まり久しぶりに顔を合わせて喜んで話していたクラスメイトが多かった。
皆と同じようにとはいかないけど、私も九条に話しかけようと思っていたのに、姿を見せなくてどうしたのかなって考えてしまった。
「皆さんに悲しいお知らせがあります」
先生の言葉と花瓶、姿を見せない九条の席を見て、私は一つの結論に至ってしまう。
教壇に立つ先生の視線が九条の席の方に向く。
「夏休み中、九条さんが亡くなりました。お葬式などは九条さんが書いた遺書に、学校の人は誰も呼ばないでと書かれてたみたいで、先生たちも後から知りました」
「え、嘘でしょ?」
「先生、交通事故とかですか」
ざわめきだすクラスの中で、遠慮がちに質問を投げる人がいる。私はその子がだれかのか、分からない。お昼を食べたことがある人以外、詳しくは知らない。
私の興味がある人は三人だけ。そして三人以外の特徴は頭に入っていない。
「詳しいことはご家族のかたから聞けてなくて……」
「マジ?」
質問を投げた生徒が、近くの席の人に話しかけ始めた。花瓶を持った先生の視線が、私に向く。
「加賀美さんは何かご家族のかたから聞いてない?」
「え?」
私は急に話を振られてどう返答するのが正解なのか考えてしまった。仲は良かったのかもしれないけど、それ以上に彼女を傷つけた記憶もある。
夏休みに連絡を一つも取り合っていない。普段から連絡を取り合っていなかった。
「加賀美さん?」
先生がもう一度念を押すように私に話しかけてくる。クラスの皆の目も私に集中している。
「ごめんなさい、何も知らないです。夏休み、会ってませんし……」
嘘は言っていない。先生は花瓶を教卓の上に置いた。
「加賀美さんも仲のいい子が急にいなくなって、寂しいよね」
先生が口元を抑える。教室内で仲良く話をしている人は少なかったはずなのに、すすり泣く声が聞こえてくるのはどうしてかな。
悲しいという感情は分かるつもりだ。でも始まれば終わるものが人生で、私がいた場所は終わった人が来る世界だったから。
何を改まって泣いているんだろう?
仲良くしていた友達の私が涙一つ流さないで、他の人たちが泣いているもんだから、私は気まずくなって机に顔を伏せた。
感情を分かったような気になっていたけれど、私は何一つ分かっていない。神の庭で仲良くしてくれていたウサギの魂でもある九条なのに、私はとても薄情な人間だ。
他のクラスの先生が呼びに来るまで、クラスの中は静まり返っていた。
時折鼻をすする音がして、それだけがとても印象的だった。
☆
始業式でもその内容が皆に伝達され、体育館全体がざわめいた。全学年集まっているから、先輩の姿は流石に見られない。今日はショッキングなお知らせをしてしまったということで、始業式後真っすぐ家に帰るように最後は話がまとめられた。
上の空ってこういう状況なんだって思いながら、私は流れる景色をただ、眺めていた。
ぽっかり胸に穴が開いたように感じたのはウサギがいなくなった後に、彼に告白をされたときに似ている。近くにいるのが当たり前になったら、存在がいないのが寂しくて自らの手で斬り捨てたのに、私は心ないと思っていたのに。
あの頃から私は少し愛と知っていたのかもしれない。家族がくれる大きくて包み込むような愛じゃない誰かのためを考える、そんな愛し方。
「おーい。今日は真っすぐ家に帰れって、先生に言われてないか?」
ぼおっとしていたら、いつもお昼を食べていた屋上前の踊り場に座り込んでいた。夏なので涼しくはないが、暗くて落ち着く。
先輩の顔を見たのは久しぶりのような気がした。九条は同じクラスだったから、お昼を一緒に取らなくても顔を合わせていたけど、先輩はそうはいかない。
「先輩こそ、早く帰らなくていいんですか?」
どんな顔をして先輩と話していたっけ。何にも思い出せない。表情筋を動かすことは少なかったから、笑顔を向けていたことはほとんどないような気もするけど。
「それはお互い様だろ。ここに来ればお前に会える気がして、ちょっと話したかったんだ」
「お話ですか?」
二人きりで話すほどの関係を今、築いていただろうか。
愛を囁く彼は、彼であって今の彼ではない。それとも先輩も私と九条がとても仲が良いと思っていたのだろうか。一学期が終わるころ、私は黙ってお昼を一緒に取らないことが増えていた。それを覚えていたとしたら、九条がいなくなったのは私のせいだと考えているのかな。
「隣、座らせてもらうよ」
隣に座った先輩は、一回り大きい気がした。うっすらと暗い場所だが、日焼けをよくした肌が見える。二年生になると急に進路が近づいてくるから、学生生活なんてあっという間だよと、お母さんに言われたのを思いだした。来年は進路に沢山悩むから、今年の夏休みは楽しんだのかな。
「先輩は、好きな人とかいるんですか」
多分聞くタイミングじゃないけど、やっぱり気になってしまう。私自身これまでの間に彼にしか告白をされたことが無い。生まれ変わって同級生に手紙をもらったことはあるが、知らない人だったので断った。
相手のことをよく知らなくても付き合いたいと考えるのが、よく分からなかった。
学校一のモテ男と言われている先輩に、好きな人がいたら皆どんな顔をするのかな。感情は他人がどうにかできるものではないから、好きな人がいたら応援したい。
「今それ聞く?」
半笑いの先輩に、私は首を傾げた。
あれ?質問の内容間違えたかな。放課後男女が会って話をするのに、恋愛が絡まないことってあるのか。想像がつかない。学年も違うし、勉強のことを質問するのは何か間違っている気もしたからな。
「すみません。私には話題を振るというのは、難易度が高くて」
「それ言っちゃうの、加賀美サンらしいよね」
泣きそうな笑顔に見えた。無理して笑っている。
なんだろう。心がザワザワする。放課後私に会いに来るってことは、やっぱり九条のことを聞きたかったんだよね。
「ごめんなさい。私には何を話したくて話しかけられたか、分かりません」
正直に謝罪する。人間歴十五年を過ぎても、まだ慣れない。和義の方がしっかりしているのはこういうところかもしれない。
「俺のほうこそ突然話しかけてごめん。ただ、聞きたかったんだ。九条サンのことで」
話かけてくる理由なんてこれしかないよね。私は、頷くだけの反応をした。変に何かを言うほど、私は仲が良かったと思っていない。むしろお互いをあまり知らなかったと思う。
男にちょっかいを出していると噂が流れてたけど、私はあまり気にしてなかったし。好きな人ができたら皆声をかけたくなる。それくらいでしか認識してなかった。
「気分が悪かったら答えなくていいんだけど、九条サンのこと正直どう思ってたの?」
予想していたのと違う質問に、私はどう答えるか悩んでしまう。前世、私の魂の本質を彼に話しても問題ないのかな。
信じてくれる人ばかりじゃないって分かってるから。
「クラスで唯一話してくれる人、でした。お昼も一緒に食べたりしてくれて、私は初めて友達ができたと思ってました」
これは嘘じゃない。本当に中学時代まで誰も友達はいなかった。
「じゃぁさ、いつも誰ともかかわろうとしなかったって聞いたんだけど。あいつに声をかけたのは同情?同じく一人でいたから丁度いいって思ったの?」
「そんなことない。ただ一人でいるだけなら、私は声をかけない」
自ら望んで一人でいることを望む場合もあるから。自分の勝手な尺度を相手に押し付けないようにしているつもりだった。だからお昼をわざわざ誘うという手順は踏まなかった。誘えばそれが相手に負担になるかもと考えてしまったし、強制的に関わらせたいわけじゃなかった。
「何それ?友達になれるとか思って声をかけたの」
「そう」
「本当にそれだけ?それなら他にも声をかけて欲しい奴がいたら声をかけてたのかよ」
「分からないわ」
あくまで最初のキッカケは、彼女がウサギだったから声をかけたに過ぎない。他の魂の持ち主だったら自分がどんな対応をするのか想像がつかない。
観察をしたいだなんて言ったら、きっと怒られてしまう。友達って言えない関係。
「誰とも友達になろうとしていないのに、九条サンにそれだけで声をかけたのか」
「初めて気の合う人だと思えたのよ。どことなく、私に似ている面があったような気がしたの」
実際前世では数百年程一緒に暮らしていた。神様と人間の感覚は異なるから、一緒にいるだけで判断をくだしちゃいけなかったのかな。
「それなのに、自分からは一切連絡もしないでいたのか」
「連絡する必要が分からなかったの。それに誘いを本当は断りたいとか考えてたら嫌じゃない?あくまで自主的に交流をしたかったの」
「訳が分からないよ」
先輩の声の力が抜けた気がした。
「でも、先輩だってそうじゃないの?どうして私たちがお昼をとってるところに乱入してきたのよ」
乱入と表していいのか分からなかったけど、急に声をかけてきたような気がした。詳しい理由を聞いていなかったのを思いだした。
「お前覚えてないのか?」
先輩の目が見開かれた。この魂を見て何も覚えていないって、あるのかな。
いや、入学してからずっと心がザワザワしていたから、気が付かないわけがない。
「お昼のときが初対面でしたよね?」
「数年前に俺が車に轢かれそうになったのを、助けてくれたじゃないか」
数年前。私は誰かの命を救った?
その発言に固まっていると、先輩ははぁと大きなため息をついた。
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