第15話 私の愛したウサギさん

「ぴぇぇぇぇん。ぴぇぇぇぇぇん」

懐かしい声が聞こえる夢を見ている。それは今も私のそばでウロチョロしている、優柔不断なウサギの魂。今も近くにいて、ただ私が人として生まれた伊身を全うするために、ちょっとだけよそ見をしてるんだけど、泣いているのかな??

 ごめんね。自分勝手なご主人様で。

 ヨシヨシと、頭を撫でてあげようと周辺を探してみるが姿は見えない。かくれんぼが上手だったような気もするから、一生懸命探してあげないとな。

「ウサギちゃぁぁぁん」

 思えば名前すら付けてあげられてなかったわ。種族名をそのまま呼んでいたことに気が付けた。もしかして彼女はそれを覚えているのかな。私に時々きつく当たってくるのはそれが原因かもしれない。

「ごめんねぇ。ウサギちゃぁん。どこぉ」

 夢の中なのに、何も見えない。

 私はウサギと出会ったときの記憶に気持ちを馳せた。



 昔々のことでした。ウサギが神の庭、私の住まいの場所に迷い込んできました。普通は迷い込まないはずなので、私はびっくりしてそのウサギを眺めておりました。

 私は裁かれるためにやってくる人間の魂以外の生き物を見るのが初めてで「どうしてここに来たの」とできる限り相手を怖がらせないように問いかけました。

 真っ白くて目が真っ赤のウサギは、瞳をウルウルさせながら「輝く魂を一目見たくてここに来ました。教えてもらったんです。ココならとても尊い魂に出会うことができると」と私の足元ににすり寄ってきました。


 私はそんな話を一度も聞いたことがありませんでした。流れ着いた魂を裁くだけの私は、色々な魂を見てきました。だから一番きれいな魂も、一番汚い魂も存在しないことを私は知っているのです。等しく平等で、この場所で穢れを落として再度輪廻転生に戻っていくための場所であるここに、魂のランキングを付けるような真似は基本的にしていません。

 

それなら、なぜこのウサギは輝く魂を見れると言われたのでしょうか。

 嘘だと分かることを、純真無垢そうな、小さなウサギに言ったのは、誰なのでしょうか??

 私は不思議でなりません。でも、すり寄って来たウサギの魂がとても温かくて、この子の気が済むまでの間でもいいのなら、そばにいることを許すことに決めました。

 神の庭はとっても広くて、一つの魂くらいであれば留めていてもなんの影響もありません。

 他の神に怒られることは無くて、神様によっては幾つもの魂を留まらせておくこともあると聞いたことがあります。神様同士の付き合いが苦手なので風の噂で聞いた限りなのですが。

 私はしゃがみ込みそのウサギの背中を優しく撫でてあげました。温かい魂はトクトクトクと波を打っています。生きることを投げ捨てて来たのに「明日」を気にする魂とは大違いです。

 撫でられながら目を細めるウサギは、心を絞るような声で呟きました。


「一人は寂しいよ、追い出そうとしない神様は初めてです。ありがとうございます。必ず、輝く魂を見つけたら去りますから、だからそれまでココにいることをお許しください」

 ウサギはそう言って泣き出してしまいました。

 今まで他の神様とも交流をしてこなかった私はどんな対応をするのが最善なのか分からなかったので、とりあえず小さな魂が泣き止むまで背中を撫で続けました。



 ウサギが一匹増えようと、私のやるべきことは何も変わりません。訪れる魂に「終了」という現実を突きつけ、転生してもらうように促すのだ。時折いう事を聞いてくれないやんちゃな魂がきたとしても、正面から説得をします。

 そんな変化の無い毎日を、とっても楽しそうな視線でウサギは過ごしておりました。私のそばから離れないウサギは、魂の導きを「輝くお星さま見たい」だと表現しました。神の庭に来ると、これまでの人生で一番執着していた物に対する記憶だけ残ることがよくあるのだが、ウサギはそうではないみたいでした。

 何度も何度も輪廻の輪に帰っていく魂を見て、ある時ウサギが言いました。


「人間って楽しいのかな」と。

「ごめん、私は死を司る神様で、死んだ人間の魂がココに来たときに導くのが仕事で人間になったことはないんだ」

「そうなんですね。人間は皆“やり残したことがある”とか“まだ生きたい”って言っているのをよく見かけるから、死ぬのが怖いのかなって考えたんです」


 私は基本的に眠ることも、食事をとることも必要がないから、いつも同じ場所に座っていました。裁くと表現するには何もない、白い空間。神の庭は気に入っているけど、一番いる場所ではありません。ウサギは私のそばにいないときは大抵庭に居ます。

 そして今は、つい先ほど私が裁きを下し、魂が導かれ光となって消えた場所をウサギは凝視しております。

 寂しがり屋のウサギが人間になりたいのだと、気が付きました。一人は嫌だようと泣いたウサギは人間らしい生き物なのかもしれません。自分の生を全うしてから神の庭に長居しようとしていること自体が異様なことだったのだと、後になって気が付きました。輝く魂が見たいと言ったウサギは、まだ輝く魂を見ておりません。なのに、次の興味へと動いてしまっています。


 魂の光に関して言えば、私だって中々見れないものです。諦めても妥当と思うことにいたしましょう。

さて、問題は私はここから動きが取れないということです。魂の審判者に選ばれて幾星霜。

使命はココで魂を導くことだから、動くという概念すら持っておりませんでした。


「ウサギは、人間が気になるのですか?」

 微動だに動かないウサギを膝の上に乗せ、背中をゆっくり撫でてあげます。呼吸を整えることで本心を聞き出しやすくする作戦です。

 感情に疎いと、他の神様に指摘をされることがあるので、最初ウサギを自分の庭で飼うことを留められました。勝手に居ついているというのであれば、追い出せばいいと言われてしまいました。

 そんなことをするのは、可哀想だ。一人は寂しいと言って、輝く魂が見たくてやって来た変わり者の魂。他の神様の元では辛い思いをするかもしれません。

 そう思い私は他の神様の申し出を断りました。その代わりに「一つの魂を預かるのだから生半可な気持ちでいては駄目よ」と友人の神様が優しく教えてくれました。


「いいえ、いいえ。ウサギの魂では人間にはなれません。憧れる気持ちはありますが……」

 キュウっと小さく息をのむウサギ。憧れを沢山持っているウサギさんがとても羨ましいです。私にはない感情です。

 私の膝の上に乗りながら、ウサギは器用に私の顔を見上げました。首がもげてしまうのではないかと私は心配になりましたが、ウサギの瞳はとてもキラキラしておりました。


「我儘を言って神様の庭に居させてもらうことを許可してもらっているのです。これ以上我儘を言っていい身分ではございません」

「一体そんな難しい言葉をどこで覚えてくるんですか?」


 そう言えば私の庭に来る前のことは教えてもらっていません。一体何をしていたのでしょうか?

 見慣れている人間の魂よりも、ウサギの魂の方が私には不思議かもしれません。

 私は優しくウサギの背中を撫でながら問いかけました。輝く魂を見つけるよりも、ウサギが興味を持った人間の魂というものを本人が味わったほうが実りのある時間が過ごせるかもしれません。


「わたしは昔、人に飼われていたのだと思います。言葉はその時に覚えました。死んで魂になったから、多分喋れるようになったんだと思います」

「勉強熱心なウサギですね。来るのを待っているよりも学びに出た方がいいのでは?」

 それに私の所に来る魂は割合的に少し変わった魂が多い。

 記憶がないはずなのに毎度私に愛の告白をして来る魂とか、ダントツに……。ウサギは彼の魂を見た後から騒がしくなったのかもしれない。

そうか。彼の魂は私だけじゃなくて多数の人間を魅了する魂の持ち主なのかもしれないと気が付きました。

それならば、ウサギを次の輪廻に加えてあげましょう。一つくらい魂が混ざった所で騒ぎ立てる神様はいません。「何か楽しいことが始まったかな?」と観客席から顔を覗きこませる方が大得意なのが、神様なのですから。


「褒めてもらえると嬉しいですね。ウサギでも学べるので、それを最大限に利用させて貰いっています」

 膝の上でペコリと頭を下げるウサギの姿に、私は胸がギュウってなりました。これは初めての感覚です。病気でしょうか?何が原因なのか分かりません。

 先ほどまでウサギをどこか遠くに行かせようと思いましたが、ためらう気持ちが出て来てしまいました。

 でも駄目です。神様は嘘をついてはいけません。声に出していなかったとしても、決めたことを守らなければ、後で最高神に何を言われるか分かりません。


「私はウサギに会えて幸せ者です」

「本当ですか?」

「本当です。なので後で褒美をあげますからね」

「そんないりません。おそばに居られるだけで幸せなのですから」

 ぶんぶんぶん。必死で訴えるウサギの姿がとても愛らしいです。引き留めることはできないから、私は優しく背中を撫でる手を留めませんでした。

「ウサギさんは気にしなくていいですよ。これは神様の気まぐれなのですから」


 そう、気まぐれなのだ。でも、愛しいと感じた心は本当だから、さてどうするのが一番最善なのかな。

正式に生まれ変わらせる手順、魂の種族が違う場合は、私が持っている鎌で相手を切り裂く事が必要でした。

 魂のリセットと、呼ばれる行為をしなければなりません。滅多に使ったことが無いので、私の鎌刃とても綺麗でした。

 気が付かれないように実行するには、眠っているウサギを襲う事です。誓約が細かくて切りつける行為の真意を話せないという条件もありました。


 私は実行する決意を、この子の背中を撫でているときに決めました。

 人に生まれ変わったとしても、幸せとは限らないというのが私の持論です。皆幸せに生きていたのだとしたら最後の後悔の言葉はいつも違うものが聞けると考えているからです。


 私のところに来る「美しい人」は愛の告白をする変人さんです。死神の魂に対してなのか、はたまた人間でない魂そのものを「美しい」と言っているのか判断はできないでいました。

 人とは、自分とは違う美しさを持っている者に惹かれることがあるだけなのです。人間の言葉を全部鵜呑みにしてはいけないよと、遠い昔に言われたことがあります。


 私が神様ではなく、同じ人間としてであったならば貴方は私に惹かれますかと、問うてみたいです。

 ウサギにはぜひ幸せになって欲しいです。そう思い私はその日の晩にあたるタイミングで、ウサギに己の鎌を振りかざしました。

「さよなら、もう会うこともないと思うけど」


 すぅすぅ寝息を立てているウサギは私の鎌の感触があったら、パチリと目を開け目ました。その瞳に映るのは恐怖の色というのかもしれません。

 いつも向けられ過ぎていて、私は特別な感情を抱きませんでした。


 “死神の役割”に似た力を持っている神様は他にもいます。

 極端を言えば、私よりも上級の神様が悪戯をしたら確実に会うことになる。

 輪廻転生に飲まれてしまえば記憶を完全に消去するはずだから、万が一であったとしても、ウサギは私の事を覚えているはずがありません。

 嫌な記憶が残らないならば、問題ありませんよね??

 覚えていなければ心が傷つくこともありませんし。


 ウサギがそばにいてくれた時間はとても楽しいものでした、かけがえのない時間かもしれませんが、私からしたら瞬きをするくらいの時しか過ぎていません。

 今回のお別れには特別な挨拶は必要なのでしょうか?そういった体験がないので分かりません。

一般的な挨拶である、サヨナラ、を伝えるべきなのでしょうか。それをウサギ本人に聞いてみてもいいのでしょうか。


「どう、して」

 鎌で切った衝撃で目を覚ましたウサギは、息も短い中で私に問いかけてきました。

 本当の事を言っても忘れてしまうので、どう伝えるのが一番かなと考えてしまいます。

見たい世界を見せてあげるために斬ったんだと伝えて、伝わるのでしょうか。

 薄情と呼ばれる存在なのかもしれません。もう少し人の心について学びを深く持つべきなのかもしれません。


 でも、私は神なのです。人の心が完全に分かる必要があるのでしょうか。

「どうして、わたし、何が駄目でした、か……?」

「良いも悪いも、貴方が望んだことでしょう」


 ウサギ自身が望んだから、私は自分のできる最大限の能力を使って、人間にしてあげようと思っただけなのです。ウサギの目には涙が沢山浮かんでいました。斬られて辛いはずなのに、ポロポロと涙がこぼれています。


 独りは寂しいと泣いたときのような綺麗な粒が瞳から溢れています。

「ずっと、そば、いる……」

 ウサギは何かを言う途中で止まってしまいました。

体はサラサラと砂が舞い散るように消えていき、ウサギが倒れていた場所には何も残っていません。


「これで良かったのよね。ウサギが望んだことをしただけだもの」

そう、私と一緒に居ても楽しいはずがありません。

人に憧れるなら実際に自分で答えを探しに行けばいいのです。

なのに、私の瞳からもポロポロと何かが零れてきています。どうしてでしょう。

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