第14話 わたしは、ここにいてもいいですか(九条視点)

 高校デビューが失敗して、友達が誰も出来なくてどうしようって思っていたときに加賀美さんがわたしに声をかけてきてくれた。

 嬉しかった。皆私は「男好き」だとか言って相手にしてくれなかった。学校中に噂が流れているって思ってたから彼女はそれを知ってもわたしのことを受け入れてくれたんだって考えてたのに。

 教室にいても、挨拶以上はしてくれなくなった。お昼も一緒じゃなくて、後を追ってみたら冴えなさそうな女子の先輩とご飯を楽しそうに食べていた。

 わたしと一緒にいるときよりも笑っていて、わたしじゃダメだったのかな。


 普通に友達が欲しいだけだったのに、中学校で変な噂が立ってから徐々に周囲から人がいなくなっていったの。

 もうすぐ夏休み。加賀美さんと連絡先を交換しているけど、わたしから誘わないと連絡を取らずに休みは終わってしまう。普段も連絡していないのに、何を連絡すればいいのか、分からない。

 先輩も加賀美さんが来なくなってから、教室で食べることが増えてきた。約束をしている訳じゃないし、先輩がわたしのことを見ていないのなんて分かりきってたことだから。

 二人の優しさに漬け込んで、関係をぶち壊したのは、わたし。

 わたしなんて消えてなくなったって誰も困りはしないもの。

 お弁当箱を抱えたまま、その場にしゃがみ込む。一人でも屋上への入り口で食べていた。

 きっと二人が戻ってきてくれるって信じているから。


「九条サン、どうして泣いてるの」

「せ、せんぱい」

 男子の前で泣きたくなかった。

 誤解されて噂が広まった記憶が蘇る。


「お腹痛い??」

 階段を駆け上がってくる先輩は、やっぱり優しくてどこかホッとする雰

囲気があって初めて会ったときに恋に落ちた。

 加賀美さんも冷たい印象を受けるけど、わたしにはとても居心地がいい空間だった。

 伝えていなかったけど、初めて会ったのに、ずっと昔から側にいたような気持ちがしていたの。

 本人に言ったら気持ち悪がられる気がしたから、伝えていない。

 そんな安心感があったから甘えてしまったの。何をしてもわたしのことを許してくれるような気がしていた。男が好きだと言われていたけど、皆異性が好きだよねって言いたかった。


 好きな人の話をしたり、好かれるためにお洒落をしたり、努力を重ねているだけなのにどうして私は否定されないといけないのか理解できなかった。理解できなかったから、私は伝えることを諦めたの。誤解されたままなのは正直辛かったけど、わたしが何を言っても皆否定してくるから。

 泣いている姿を見られたくない。宮本先輩は優しいからわたしの涙を見たら、加賀美さんじゃなくてわたしに手を差し伸べてくれる気がした。

 一緒にご飯を食べていて、時間を共にしていて気が付いただけじゃない。

 わたしが先輩に惹かれていて、無意識に加賀美さんも距離を取っているのを身近で見ていたから分かるの。


 お互いに声に出さなくても「一目見たときから惹かれている相手」って、本人同士は気が付かないんだって。

 自分がどれだけ必死にアピールしても相手の瞳の中に入れないのを痛感した時の辛さは多分、二人には理解できない。

 冷静な加賀美さんは目を丸くしてわたしのことを見るだけしか、できないかもしれない。

 そんな二人の関係に入れるかなって考えて加賀美さんの家にお邪魔したけど、全くわたしは加賀美さんの脅威にはなれなかった。


「ごめんなさい、違うんです。目にゴミが入っただけだから……。私と話してると、迷惑がかかりますから、誰かに見られる前に離れたほうがいいです」

 学年が違えど噂は流れているはずだ。同じ学年でも何にも気にしていない加賀美さんが異質だった。自分の目で見た物を信じていて、他人の意見に流されないかっこいい人。

 そばにいればいる程、憧れてしまった。

 その光に手を伸ばしたくなった。自分も同じようになれるんじゃないかって考えてしまった。

 なれるはずないのに。

 涙をハンカチで拭いながら息を整える。急いでわたしの元まで駆け上がってきてくれた宮本先輩。やっぱり好きだなって再認識してしまう。

 恋に落ちた瞬間何てもう覚えていない。わたしの心が彼を好きだと叫んでいる。そのために人に生まれてみたかったんだって、叫んでいる。それがわたしの中で声に出してもいいのなら伝えたい、言葉。


「ごめん、九条サンの噂は知ってる。だからって避けたりはしたくなかったんだ」

 うずくまるようにしてわたしの前に座り込む先輩。泣いていないと分かったからか、「へへへ」と笑顔をわたしに向けてくる。

 宮本薫先輩は、学校一のモテ男で入学式のときからいろんな生徒が騒ぎ立てているのを聞いていた。

新入生の中でも直ぐにロックオンした子が早々に告白しにいき、玉砕した話は有名だった。

本当はそんな宮本先輩が、宮本くんがわたしが幼稚園の頃仲良かった男の子だったって、知っている人は多分高校にはいない。

中学時代から変わりたくて地元から二駅離れた学校にした。

友達を沢山作って、ちゃんと恋をして青春を楽しみたいだけだったのに。

わたしは何が悪いのかわるいことをしたの?


 知らないうちに中学校時代の噂と、あることないことどちらの噂も立っていて、私の言葉が届かないうちに噂が真実になってしまった。

 入学してから、高校が実は一緒だと知った時は嬉しかった。幼稚園のころの面影はあんまりなくて、キラキラ輝く憧れを具現化したみたいな彼の姿に本当は幼馴染だったんだって、言いたい。

「九条サンとは正直に話さないといけないなって思ってたんだけど、今いいかな?これ逃したら夏休みに突入しちゃうし」

 泣いていたのを見られたから、宮本くんはどこか気ままづそうな顔をしている。

「大丈夫です。わたしもしっかり宮本くんと話したかったから。また、薫くんって呼べる関係になりたかったんですけどね、本当は」


 なれないのが分かっているから、希望だけ先に口に出してみる。空しいって気持ちもあるけど、それ以上に今は、加賀美さんのことは感が得ないでわたしだけのことを真っすぐみてほしい。

その時間だけでも取れたラわたしは多分後悔しないでこの先生きられるきがする。

同じクラスになって、わたしは友達ができなくて悲しかったけどm加賀美さんもいつも一人でいた。わたしと違ったのは、加賀美さんは自ら望んで一人でいた。

誰かの影に隠れてないと生きられない、わたしとは違う。誰かに寄生しないと生きられない弱虫なんかじゃない。その場にいるだけで、凛とした美しさを併せ持つ加賀美さん。入学して数か月が経ち、密にファンの子がいて彼女平穏を願うために陰ながら動いているとかいないとか噂を聞いたことがある。本人の耳には絶対に入らないだろうけど。

わたしが知っているのは警告の意味だと思っている。加賀美さんに何かあったら成敗されちゃうんじゃないかな。


 秘密裏に守られている姫君と、平民の登場人物の差。大切にされないことを嘆いても、主人公を引き立てるのが役目だから仕方ないのだけど。

「俺は別に呼ばれてもあんまり気にしないけど、中学時代に何かあったって噂聞いたんだけど、それって本当なのか」


 直球で聞かれるとは思ってなかったから、お腹のあたりがぎゅうって、してきた。

 好きな人に言われると辛いなぁ。

 自分が先生のことを惑わしたって噂。

 先生に気に入られていたのは紛れもない真実だった。

 でもそれを見て、気に入らない生徒がいてそこからない噂が飛び交った。


「薫くんはその噂信じるの?」

 目の前に座る薫くんの瞳は、同意を求められるとは思ってなかったのかな。

 わざと根暗に見えるように髪の毛を伸ばし、顔を隠している。下を向いて誰かの気を特別に引き寄せようとはしていない雰囲気を醸し出していた。

 顔が整っているって、小さい頃から言われていた。お母さんに似ているねって言われていた嬉しかったのに。


 何もしていないのに、責められる必要がどこにあるの?

「小学校、俺が途中で転校しちゃったから九条サンのこと変わってないって信じたいけど」

「難しいのが、本音?」

「ごめん。友達に九条サンと同じ中学の奴がいて、あんまり近づくなって話を聞いてたんだ」

「それで実際に会ったわたしはどうだった」

 聞きたくないけど、聞かないとわたしは前に進めない。

 好きになっていて、アピールをしていた。加賀美さんが目の前にいるのも気にしないで積極的になっていた。


 加賀美さん自体は何も悪くない。彼女の優しさで友達になれたのに、それを裏切ったわたしは噂を立てられたのかもしれない。

 自業自得。因果応報。自分のことしか考えていないのが悪い。

 愛されたいんだ。一人は寂しいのから、フワフワの布でわたしを抱きしめて欲しいって考えているんだ。

「加賀美サンとは友達だったんだよね?それなのに、どうして俺にアピールしてくるの?俺が加賀美サンに興味があって近づいたのは気が付いてただろう?」

「うん。最初わたしだって気が付いていなかったもんね」

 にへらって笑う薫くんの笑顔が幼稚園の頃に好きだったものと重なった。成長してもう見られないかもって思っていたけど、笑顔は変わってない。変わってしまたのはわたしなのか。


 恋愛したいって考え始めるのが、駄目だったのかな。

「加賀美サンが入学してからミステリアスって言われて人気があったのは、九条サンも知ってるだろ?隠れファンクラブもあるくらいなんだ」

 どこか楽しそうで、でもわたしにはどうして楽しいのか理解できない。

 好きな人が他の人の話をしている。わたしを見て欲しかったのにやっぱり、違う女の話をする。

「知ってるよ。だってわたし加賀美さんの一番近くにいたから」

 今は近くにいない。わたしが関係を壊してしまったんだから、何も言えない。今は楽しそうに先輩とご飯を一緒にしているんだ。

 一人が得意な彼女はきっと、わたしに声をかけたのも気まぐれなんだ。声をかけなくても生きてこられた人が物珍しくわたしに声をかけて来た。

 そう考えた方がしっくりくる。何もしなくても自然と愛される加賀美さんと、何もしなくても敵対心を剥き出しにされて、誰もが貰える愛を私も欲しいだけなのに。

 特別なものを求めていないのに、どうしてわたしはダメなの?

 寂しさで心が押しつぶされそうなくらいに弱っているのに、誰も私を見てくれてなくて、望んでなくても手に入れられる人が羨ましい。自分が憧れていた人だから、加賀美さんは別に欲しいって言ってなかったから、わたしが横からかっさらっていっても別に問題ないよねって考えていたのに。

 望んでいるって言ってないのに、与えられる加賀美さん。


 彼女は何か狡いことをしているんだ。

 でないと、わたしが欲しくても手に入れられないのが、不公平だ。

 人生平等に与えられた時間を生きているのに、彼女は何もしなくても手に入れられている。

「じゃぁさ、九条サンはさ、加賀美サンの悲しさとか寂しさとか考えたことあるの?九条サンの話聞いてると、全部自分のためだよね」

「自分のために生きることの何がだめなの??」

「加賀美サンとは友達になっんじゃないの?それなのに、自分の感情ばっかり押し付けてない?」


 どうしてそこまで薫くんは加賀美さんの肩を持つの。

 彼女にはそこまでの魅力があるって言うの??

 わたしと一緒に声をかけてくれた、不思議な雰囲気の同級生ってだけじゃない。時々傍観している所があって、居心地が悪いときもあるけど、最初は純粋に仲良くなれそうって感じてたときもあったもの。

 人の輪に入れない外れ者同士、きっと通じ合える面もあるかなって考えた時期がないわけじゃない。

 わたしが恋心にうつつを抜かしたから壊れたの?

 でも女子高生なら普通じゃない?


「そう、なんだ。俺、二人はすっごく仲良さそうに見えてたから……。九条サンって思っていたよりも自己中だったんだね。噂で聞いたのは“学校の先生に勘違いされて可哀想だったけど、でも本人にも悪い所があるのに全く無自覚な子”って言ってた」

「薫くんは加賀美さんのことが大好きなんだね」

「大好きって、どうしてそうなるんだ?」

「だってそうじゃない。子どもの頃からの幼馴染よりも好きな人を取るんでしょ?わたしは薫くんのこと選ぶのに」

「そりゃぁ、お前は俺のこと好きだからだじゃ……」


 薫くんは口をさっと押える。わたしが彼を好きなのは分かりやすいだろう。だってアピールしていたもの。そのせいで加賀美さんは離れて行って、クラスが一緒で話しかけても今まで通りの距離感で話してきてくれる。違うとすればお昼を一緒に食べなくなったことだけなのかもしれない。

 体育の授業で二人組を作るときも今まで見たくペアを組んでくれる。

なら、一体何が悪いの?変わらないはずなのに、何が変わってしまったから、わたしから離れて行ったの。“恋愛に興味ありません”みたいな顔をしておいて、本当は薫くんのことが好きだったのかもしれない。嫉妬心からわたしから離れた?彼に上手くアピールする方法が分からないから、薫くんの同級生の女の子と仲良くなって距離を詰めようと考えているの???


「じゃぁさ、薫くん。わたしが貴方のことを好きだって分かっていて、優しくしてくれたの?仲良くしてくれていたの?それは全部加賀美

さんがいたから?辞めろって言ってくれたら、お前のことに興味ないんだってもっと早くに分かりやすく言ってくれたら、こんなに気持ちが大きくなる前に諦めたのに」

 幼い頃の恋心が、あの頃とはまた違った気持ちに成長していた。

 愛されたい。触れ合いたい。

 君だけをわたしのそばに置いて、閉じ込めたい。他の誰にも彼に声をかけないでって、独占欲がどんどん溢れていった。彼女でもなんでもないわたしが出しゃばることはできないから、心に蓋をするように頑張ってきていたけど。


 その想いすら、育てた今はどこにこの感情をぶつければいいの?気持ちが育ってしまったのが悪いの?それとも、気持ちに気が付きながらも何も言ってこなかった薫くんを責めればいいの?

 カタッと階段下から足音が聞こえる。一緒にご飯を食べていたときも、特別誘った訳じゃなかったから、改めて誘いにくくて。

 女の新しい先輩よりも、やっぱりわたしのほうが良いよねって、期待を込めて覗いたら、一個上の先輩のネクタイをしている。

 泣いているわたしと、困っている薫くんを見て、気まずそうに視線を反らす。薫くんは勢いよくその場に立ち上がった。

「ごめん宮本と女子が話す声が聞こえたから。覗くつもりはなかったんだ。マジで悪い。ごゆっくりしてください」


 そう言って立ち去ろうとする薫くんの同級生。薫くんは階段を勢いよく降りて行く。

「悪い!!次の時間移動教室だったから呼びに来てくれたんだよ??」

 友人の肩に手を置き、涙の治まらないわたしのことを見上げる薫くん。

 好きだった瞳。真っすぐと相手の事を見て、話してくれるその姿が好きだった。

 曲がったことが大嫌いで、弱い者の味方をしていたヒーローの君。

 そんな憧れている、大好きな君だったんだよ。


「九条サン、悪い。続きはまた今度話そうな」

「いいんか?」

「いいんだよ。だって次の時間遅刻したほうが不味いだろう」

「確かに」


 わたしの返事を待たずに走り去る薫くん。

 呼び止めたいのに、言葉が続かなくて、伸ばした手は宙を掴む。

「あ、かお……」

 そう言えばわたし達が実は顔見知りだったってことがバレてもいいのか分からなくて、名前も呼べないもどかしさに、唇を噛む。


 気持ちに応えられないのは分かった。

わたしが思っているよりもずっと、加賀美さんのことが好きなんだよね?でもどうしてそこまで彼女のことが好きなのか、理由は教えてもらえなかった。

 わたしのほうがずっと昔から好きで、ポットでの女に負けるはずないのに。

嫌なことがあっても学校に来られたのは、君がいたからなんだよ。

 それなのに君にも見放されたら、私はどうすればいいの??


「じゃ、九条サンまたね」

 わたしのことを真っすぐ見ずに手だけで挨拶をする薫くん。

 好きだった彼の面影は確かに残っているのに、知っている彼とは程遠いような気がしてしまう。


「私のが絶対に好きなのにぃ。加賀美さんのことを好きになったとしても、気持ちに応えてもらえるわけないのにぃ」

加賀美さんは一言もわたしと、友達になると宣言はしてくれなかった。宣言をしてなる者ではないけれど、休みの日に遊ぶこともしなかったし、心の中で何を思って言うのか分からない。どこかに出かけ、お揃いの物を持つとかみんながやっている友達同士の交流はなかった。

一人じゃなくなるなら、わたしは彼女の優しさに付け込むの。もう、一人は嫌なの。彼女ならわたしを受け止めてくれると思ったのは間違いだったかな。

 友情よりも恋愛を選ぶ私の心も受け止めてくれるって、勝手に思い込んでいただけかもしれない。皆離れていく。好きだった人も、友達になりたいって思った人も。


「わたしはどうしたら、いいのぉ……」

お昼休みが終わるチャイムが鳴り響く。

涙は止まらない。その理由がどうしてなのかは、わたしには分からない。

助けて欲しいって心から叫べたらもしかしたら、心が楽になるのかもしれない。

わたしは“何”から助けて欲しいと考えているの?好きな人に振り向いて欲しい?人気者になりたい?

その答えすらわたしは持ち合わせていなかった。



 夏休みが。始まる。長いようで短いようなその期間で、わたしは一つの答えにたどり着くことができるかな。

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