第9話 神様(仮)
公園で九条と話している途中で自分は一体何をしていたのか覚えていなかった。応援をしてあげることが普通だって、自分は人間の心を知りたくて生まれたんだ。
友達の恋を応援してあげるのも、いろんな物語でも読んできた。私は彼女の背中を押してあげるのが最善のことのはずなのに。
「やぁ、藍那」
「神様(仮)こんばんは」
ベッドの上に寝転がっていた気がしたが、気が付けば目の前に神様(仮)が仁王立ちをしている。いつの間に私は眠ってしまったのかな。
「どうかしましたか」
寝転がっている感覚だったので、私はその場に座り直す。何もない白い空間にどこか満足げな顔をしている神様(仮)。呼んでいなくても出てきたが、何か困ったことでもあったのかな。
「どうかしましたかって、困った雰囲気に見えたからな。神でありながらも人間社会を生きて来た俺が何か教えて上げられたらなって思って、わざわざ出てきてやったんだ」
「ありがとうございます」
呼んでないと、言いたかった。言ってしまってもよかったけど要らぬ争いをしたい気分ではなかった。
「俺が思うにお前は友人関係に悩んでいる」
「見てたんですか」
神様特権で人生を覗く事は出来るけど、本当にそれをしているのが意外だった。自信過剰で自分以外のものには興味がなさそうに見えていたので。
「悪いか。人生をチェンジしてもらったから、情けをかけるべきかと思ってたんだ」
「……ありがとうござます」
お礼を一応言いながら、自分の胸に手を当ててみる。
どうして二人のことを守りたいと考えていながら相反する気持ちも芽生えてしまったのかな。
ああ、そうか。答えはずっと前から胸の前にあるじゃない。
「好きな人ができたみたいです、神様(仮)」
生きてみたとしても分かりっこないって頭ごなしに考えていたけど、私って人間らしさを持ち合わせていたみたい。
「お前がか、死を司る神をしていた?」
「はい、そうみたいです」
仲良くする二人を見ていることに対して気持ちが乱れることはない。でも九条が一歩前に進もうとしているのを、キョウリョクシテクレルヨネを思いだすと胸がぎゅうっ、となる。当たり前に明日なんて来ないのを、一番理解している立場にいたから、大切にするこべきことを悩んでしまう。
死神と呼ばれていたとき「死にたくない」「明日からちゃんと生きるから、もう一度チャンスをくれ」と後悔のセリフをよく言われていた。当たり前なんて存在していないのに、崩れ落ちたときに気が付いた者のセリフ。自分が気を付ければ、なにものでもなれるのが世界なのに、なろうとしていなかった人間がたにとって死神は悪者だった。
明日が当たり前に来ないことなんて、ちょっと考えれば分かることなのに。その心理を隠しているわけではないのに。
「神様(仮)、今の私は人間です。恋の一つくらいしますよ。それよりどうしましょう。明日は当たり前に来ないのを一番に知っているからには、気持ちを伝えるのが最善の方法なのかもしれない。そうなると、九条の言っていたことを守れませんね」
相反するものを両立させられない。生きているのは、自分。しかし九条も生きているのであれば、二人の気持ちを優先させるのならばどの答えを導き出すのが最善なんだ?
「よく分からんが、ちょいと顔を覗きに来ただけだったんだが、面白いことになっているな。別にいいんじゃないか。好きも嫌いも相手がいないと成り立たないことだし」
突然顔を出すのが好きな神様(仮)。前世の記憶は引き継いでいないはずなのに、的を得たことを言っている気がする。自分の感情だけでは何も始まらない。
それを私は知りたかった。人の世界を知りたいから、少しだけ変わってもらおうと決めた魂は、つかの間の神様の時間を味わっている。
まぁ、例え神様(仮)の魂が人間の輪廻転生に戻ったとした場合、次の魂に記憶は引き継がれないから大丈夫。
人間が力を持つと壊れてしまう。更に更にと、凶悪になっていく。魂はそれぞれの管理下に置かれていて交わることが無い理由の一つ。
限度を知らない人間に神様を渡したかも、早まったかもと心配になっていたけど、選ばれるだけのことはあったのかもしれない。資質が無ければ神様(仮)とも名乗れるはずがないから。
そうか、私は日々を工夫をすれば充実するんだ。当たり前のことなのに忘れていた。
恋人ができるかどうかは、別だ。ウサギちゃんの恋を応援したい気持ちもある。宮本がどんな人が好きなのか私は分からないから。アタックは、しない方がいいかも。九条に私の恋心がバレたら、めんどうくさくなる気がした。
「人生楽しんでるみたいだな、藍那」
「謳歌しているわ」
嘘ではない。人としての感情はまだしっかりとはわからないけど、私が私としていきたいと思える環境にいる。八十年で私の知り得たい人生を見ることができるかどうかが、一番心配になってきているのだ。
魂は巡る。一度の人生が終わるとその時に学んだことは、一度リセットされてまた新しい人生を歩んでいるから。そう、人は記憶を引き継ぐことができなくて、同じ過ちを犯さなくなるまで勉強しているはずなのに、忘れてしまうの。
「神様((仮)、人は答えがない中で生きているんですよ。楽しくて辛くて心地いいですね」
「元神様だった君がそんなことを言うとは思わなかったよ」
入れ替わりをしたのは、神である私の気まぐれ。
神様(仮)の魂は驕りの色を出し始めている。人間だった頃に押し殺していた物が爆発しているとでも言えばいいだろうか。
魂があるべき所を忘れていないから、言い方を変えればいつでもあの空間に戻ることはできる。それをしてしまえば“交換をした”ということに対する反故がでてしまいそうだから、していないだけ。あと、彼が完全に悪いことに落ちたら変わらないといけないけど。
「大丈夫、秩序を崩すことをしなければ、魂に深い傷は残らないから」
仮の力には限りがある。私が人の身でありながらも、本来魂に刻まれたものを隠しているだけ。世界を創造した神様が私にくれたものは人間の殻を被るだけでは隠しきれないのだ。生と死を司る力は、安易に振るっていいものでもなんでもない。そう、実は神様(仮)が傷を負わせたくてうずうずしていることも、最高神から教えてもらっている。
そうとは知らない、可哀想な、神様(仮)。
一線を越えてしまうか楽しみだ。
超えてしまったら私が戻るのが早くなってしまうから、できるならしばらくの間真面目に仕事をしておいて欲しい。
「恋をしてみたいんだけど、それが叶いました。ありがとうございます」
「人になってみてしたいことだったのか?神様でも恋の一つや二つはないのか?」
「ええ」
明日が来ないと宣言すると、残してきた愛する人の心配をする。何十回も聞いてきた言葉に耳にタコができそうだ。
“もう一目でいいから会いたい”と。
死してなお、焦がれるその気持ちを私は知りたい。何度生まれ変わっても私のことを愛しているという理由を知りたい。
神様の探求心の、一つに過ぎない。
終わりを見てから人は来ない明日を悔やむ。悔やむことと愛することは、どこかで繋がっている気がした。
「貴方だって好きな人いたのではないの?」
私が言ったことを納得していない顔をしている神様(仮)に問いかける。
眉間に皺を寄せた神様(仮)は言葉を吐き捨てた。
「フラれたことしかないよ。悪いか」
「フラれる?」
何が悪いのだろうか。好みはそれぞれで誰かの一番になれることは偶然が重ならないと達成できないものだから。
別に責めているわけではないのに。それとも負ける告白をすることは、人間社会においていけないことなのだろうか。
「藍那は俺のことバカにしてる?好きだった奴に俺は気持ち悪いから嫌だって言われたんだよ」
「馬鹿にしてない。ただ告白したこともされたこともないから、分からなかったの」
「そうだよな、お前みたいな奴が好きな人と付き合えるわけじゃないんだよ。てかさっき好きな奴ができたって言ってたけど、マジか。ウケるんだけど」
神様(仮)は腹を抱えて笑い始めた。
「マジか、お前がそんなこと言うとは思ってなかったよ」
ツボに入ったのか大きな声で、目には涙を浮かべている。そんなに誰かを好きになることはおかしなことなのだろうか。
「想い合えるのって、当たり前じゃないのね」
散々愛しているを言ってきてくれた人はいたけど、やはりあれは稀だったのか。
不思議だ。何億人と人がいて、誰もが誰かに支えられて生きたいって感じているのに、平等に愛されることがないだなんて。
「はー笑った。お前をいじったら少しスッキリしたわ。また何か楽しいことがあったら言ってくれ」
私の言葉を待たずに、神様(仮)は姿を消した。
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