第7話 もうすぐ夏休み。
私の言葉を信じてくれたのか、
前を向くようになり、本来の魅力が滲み出るようになった彼女に対してクラスのみんなの態度も変わってきた。窓際の三人娘は最初こそ睨んでいたが、私がさらに睨み返すようになったら静かになったような気がした。
気がつけば七月になり、日に日に暑くなってきた。最初に廊下で食べてからずっと「屋上への入り口」で私たちは食べている。先輩たちの間を潜り抜けて歩くのにもなれてきたころ、学生時代ならありきたりな提案があがった。
「そう言えば藍那ちゃん、夏休みの予定とか決まってるの?」
九条の話し方は変わり、区切って話すのが治っていた。基本的に私が聞き役でおすすめのドラマなどを教えてもらって配信などで観て、感想を話し合ったりしていた。
「夏休みは多分家族でどこかに出掛けるとは思うけど」
毎年恒例の家族旅行は、その年によって違う。両親の実家に行くこともあれば、それとは別で水族館に行ったり博物館巡りをすることもある。子どもの頃から反応が薄い私のことをめげずに写真に収めているお父さん。和義が生まれてからは更に写真を撮るのに力が入るようになった気がする。
「いいなぁ。ねぇ、もし忙しくなかったら遊ばない?まだ一緒に買い物とかしたこと無いし」
「そうだね。放課後私が真っ直ぐ家に帰っちゃうから時間合わないものね」
寄り道をしても問題ないんだけど、私が落ち着かないのだ。本来の自分を取り戻し始めた九条が私にだけ依存してほしくない。私は彼女に変わるチャンスをあげたいだけだった。三人娘に対しても少し困る呪いを神様((仮)の名義でかけたし、私は用済みになる予定だった。
「
「いや、別にやりたいこと無いし、弟が部活忙しくて家で勉強教えてあげたりするし」
「勉強教えられるの?すごーい」
九条の明るい笑顔。この笑顔が好きだ。
「すごく無いよ、忘れてることを思い出すキッカケにもなれるから」
友達に誘われて入った陸上部に、和義はハマっていた。
体を動かすことが好きだったようで何も考えずに風を感じながら走るのが好きらしい。
「でも、自分の勉強もあるのに教えてあげるなんて」
カタカタカタとリズミカルの足音が聞こえてくる。基本的に誰も来ない場所。二人だけの秘密の時間みたいなお昼の時間。
「君たち毎日ここでご飯食べてるよね?どうしてきょうしつじゃないの?」
ゾワっと背中に何かが走ったと思った。
あぁ、この人か。私の心がずっと落ち着かなかった理由の一つ。
「えっと、そのダメでしたか?」
九条が身を乗り出すように話しかけてきた男の子に声をかける。ネクタイの色が一つ上の緑だった。
「違う、ダメとかじゃなくて女子ってこう言う隠れ家みたいところでご飯食べてる人少ないからさ。気になって話しかけたの」
九条の瞳がいつもと違う熱を帯びる。私と九条どちらも平等に見つめている先輩。
魂だけのときは絶対にわ間違えないのに、生きてるときに会う運命が結ばれてるわけじゃなかったから気がつかないのも当然か。
「楽しそうだなぁって思ったから俺も混ぜてよ」
それが私と九条の友情が壊れて【愛を知った者】だけがたどり着く未来だとはそのときは考えてなかった。
***
七月二十日過ぎに夏休みに入る。不思議な先輩の名前は宮本薫と言って学年違うけど「運動部の助っ人の先輩」で「運動ができるモテ先輩」だと言うことも分かった。そんな人がどうして私たちのお昼タイムに乱入してきたのか。理解ができない。
初めて声をかけられた後、九条の様子が少しおかしかった。恋に落ちた乙女のような表情に見えて、教室に帰ってから普段なら他愛のない話をするんだけど今日はそう言うのが無かった。
「よっ!」
コンビニの袋を下げて二人だけのご飯の時間に宮本がやってきた。混ぜてよと言われて良いも悪いも何も返答をしてなかった。私は冗談だって思いたかった。
――彼なら死神の魂の上に人間の皮を被ったとしても見抜いてくれるって心のどこかで期待をしていた。それも、無意識のうちに。子どもの頃に読んだお姫様と王子様の物語みたくロマンチックな展開を期待していた、愚かな私。現実はそんなこたなくて、話題の少ない私は二人の楽しそうな話を聞いて、時々相槌を打つ流れになっていた。
「で、昨日のテレビみた?」
「見ました!ワンチャン可愛かったですよね」
蕾の花が花開いていくように妖艶になっていく九条。中学時代に告白をしてきた男は見る目があったのかもしれない。蛹が蝶になるの原因が自分だったら自慢したくなるだろう。
犬の話題で盛り上がる二人。私は黙々とご飯を食べる。動物は好かれることがあんまりなくて、むしろ怖がられることがあるから動物園には行かない。行ったとしても私は一歩後ろに下がってないと目の前から逃げてく。
「藍那ちゃんは、何の犬が好きなの?」
二人の視線が私に集中する。
「芝犬かなぁ」
つぶらな瞳が君に似ているんだと、伝えたい。私がそっとしておいて欲しいときはちゃんと距離をとって、ぴょんと耳を立てるその姿は私の心の癒しだった。
宮本は私の顔をじっと見てから、ええーと不満そうな声をあげた。
「加賀美サンは動物とか好きじゃないって言いそうだと思ってた」
宮本のお弁当はだいたいコンビニに売ってるパンかおにぎりで、手作り弁当を持ってきていない。
本質が社交的だったのか、九条は宮本の隣にいつも座っている。まぁ、三人だから丸を描くように座ればどちらも隣になるんだけど、私は宮本に少し距離を置いている。
「失礼ね。何の犬が好きか聞いてきたから答えただけなのに」
「藍那ちゃんはテレビ見なかったの?」
顔を隠すように伸ばしていた前髪はピンで留めて長い髪の毛は日替わりで結び変えている。
私一人じゃこんな顔を作ってあげられなかった。嬉しい反面二人と私が出会ったことで不審なことが起きる予感があった。別々に会っていたら多分影響はなかったんだけど、重ならない方が良かったことが今から起きる気がした。
「テレビはあんまり見ないかな。弟がチャンネル権持ってるのが多いかも」
両親は私が我慢してるのかと誤解して、部屋にテレビを買ってくれる話が出たと、和義から聞いた。「ねぇちゃんは主張しないからこそ、両親が心配してる、もっと主張しないと俺が我儘みたいじゃんか!!」とよく分からない八つ当たりを受けた記憶は新しい。
「加賀美サン、弟いたんだ」
「うん。五つ離れてる」
九条の視線は宮本を見るかお弁当箱を見るかの二択になっていて女の子って恋すると変わるんだなぁって、私も恋したらこうなるのかな、想像つかないなってなってる。
宮本はそんな九条の視線を受けてもあまり気にしている素振りは見せなかった。まるで慣れてるとでも言いたげで……いや、実際モテ先輩とどこかで呼ばれてるのを聞いたから間違ってないんだけど。
今日のご飯はコッペパンだった宮本は二つ目のコッペパンに噛みつきながら喋り始めた?
「弟は可愛い?」
「口に物を入れながら喋っちゃダメって言われなかった?まぁ最近生意気な言葉遣い覚えてきてうるさいときもあるけど、可愛いよ」
犬の発言に驚いたときと同じように宮本が、わざとらしく後ろにのけぞる。
「えぇ!!笑わない加賀美サンが優しそうに笑った」
「藍那ちゃん時々笑うよ?基本的に無表情だけど」
九条がお箸を置き私の頬に手を伸ばして何度かつつき始める。表情筋が硬いのは学校の入学試験のときの面接練習で散々言われた。そんな威圧的な視線を向けていたら面接官に嫌がられるから、何か楽しいことを思い出して笑いなさいと。でも私が面白いと思うことがあんまりなくて、無理に笑うと逆に人を殺していそうな笑顔になるから笑わなくていいって言われたっけ。人を殺してきたのは、間違いがない。先生見る目あるなぁって冷静に考えてしまってたっけ。
「九条さんあまりつつくと、ご飯が食べられません」
「そう、それなの!」
「なに?」
「九条サンいきなり、どうした?」
私と宮本の、声が重なる。九条はぷくぅっと風船のような顔をした。
「藍那ちゃんいつまでも私のこと名前で呼んでくれないんだもん」
「あぁ、そのこと?私今まで友達いたことないからさ。距離感のつめ方分からなくて」
「嘘だろ?」
宮本が持っていたパンを落としそうになり慌てて両手で握る。九条も私の返答を想像してなったのか、今度はパクパクと口を開いたり閉じたりしている。
「友達いなくても、生きられるし。サッパリしてるから皆んな私と関わりたがらないんだ」
「サッパリと言うか、きっぱりと言うか。藍那ちゃんが声かけてきてくれたの、すごく嬉しかったんだよ」
多分、ウサギちゃんの魂じゃなかったら私は声をかけなかった。薄情な人間であることには変わりない。
「静かにしているとね、居たとしても、気が付いて貰えないことの方が多いのよ。仲良くしてみようとしたことはあるわ。先生に変な気遣いをされるから」
一人で移動教室で歩いていたときに担任の先生に何か悩みある?って、聞かれたのを思い出す。特にありませんと答えたとき、先生は言いにくそうに「でも、いつも一人よね?」と私の心を伺うかのような瞳だった。「歩くの、一人が楽じゃないですか?」と答えたのは失敗したと思う。家に帰ってお母さんに「学校で何かあったの?!?大丈夫???」って詰め寄られたっけ。
私は、今の生き方を謳歌しているつもり。周囲が私の行動を気にしすぎなのだ。
だからこの言葉は大切なウサギちゃんに伝えたい。一緒にご飯を食べてるけど宮本はオマケだ。私の魂に気がつかない奴にネタバラシをしてたまるか。
「一度きりの人生で笑顔が少ないのってつまらなくないかなって思ったの。後ろを振り向いたとしても手に入るのは経験だけ。前を向かなければ、誰も貴方を助けてはくれないわ。私は選択権を与えただけだから、九条さんが変わりたくなかったらあのままだったよ」
二人のご飯を食べる手が止まってしまった。これは返す言葉をしっかり間違えたみたいだわ。
人の人生で考えたら私はどれだけの時間神様でいたのかしら?想像がつかない。精神年齢が上なのは仕方ないこと。冷めた心でしれなかったことを知りたくて、今ここにいるのだ。
「ダメだ、九条サン。加賀美サンが名前で呼んでくれるようになるまでは相当な時間を費やすことになる」
「同じ学校の人がいないから一人だと思ってた……。ごめんね、藍那ちゃんのが、辛かったんだ」
二人でコソコソ話して何かを納得してる。別に気にしてなかったわけじゃないけど無邪気になれなかったから仕方ない。
「藍那ちゃん、いっぱい思い出つくろうね!」
「おう!俺も遊びたい!てか、弟見てみたい」
「弟は見せ物じゃないんだけどなぁ」
誤解を招く発言をしてした自分が悪いんだ。どうするべきかと悩んでいたら、ニッコリと九条が笑った。
「期末テストの、勉強藍那ちゃん宅でやろうよ」
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