第6話 無邪気なお昼タイム

 入学式後のホームルームで、屋上は危険ですので行かないでと言われた。でも人間は禁止されたら試したくなるのが心というものだろうと考えている。

 三階建ての教室棟に対して向かい側に特別教室等がある。二階と一階が各棟の連絡通路となっており、一年生が最上階なので、二階に降り連絡通路を歩き始める。

「ちょ、ここ、先輩達が……」

 歩きやすいようにリュックサックを背負った九条は、私に手を引かれているため、弱々しく後で抗議をしている。


「先輩のいる棟と通らないといけないのよねぇ」

 別に私たちは悪いことをしているわけじゃない。すれ違う先輩達は女子はリボン、男子はネクタイで学年を識別する。胸元のリボンの後に顔を見ているのがなんだか面白い。

「あなたが縮こまる必要なんてないんだよ?」

 前を歩いているので顔は見えない。うううと、唸る声が聞こえるがそのまま歩き続け、屋上への扉を開こうとしたら……。


「鍵かかってるじゃん」

「先生の説明聞いてなかったの?」

「うん」

「転落防止のために基本的に屋上への扉は閉じてますって、最初に言ってたよ」

 私がどこに向かおうとしていたのか分かったからか、少しほっとした顔をする九条。

「仕方ない、ここで食べるか」

「えええ!!」

「教室で食べるよりはいいよね?」

「そうだけど、先生に見つかったら怒られないかなぁ」


 二年生の教室棟を横切っていた時は人が多くいたけど、屋上の階段を登っている時には誰にも会わなかった。見つかったとしても、屋上に乗り込もうとしているわけじゃないから怒られる気がしない。

「九条さんは心配?何か言われたら私が先生に言い返してあげるから!」

 屋上に行く扉の前の踊り場はあまり掃除されていないのか、埃っぽい気がした。

「あ、もしかしたら埃っぽいかも?気になるなら少し階段降りる?段差のが食べやすいかも」


 気にせずその場に胡座をかく私に対して、九条くじょうもリュックサックを踊り場に下ろした。

 お母さんが作ってくれたお弁当は高校に入学するときに新しいものを買ってもらった。二段のお弁当箱は黄色ベースでヒヨコが書いてある。私に選べと、これまたお母さんの無茶振り。私に色々選んで欲しいみたくて、生き物の生まれたての姿が可愛いなとこのお弁当箱を選んだ。

内容は下の段が海苔弁になっている。おかずは、卵焼きとミートボール、磯部焼いそべやき。私の好きなメニューだ。リュックサックから水玉の保冷バックを出した九条は一段のお弁当箱。小豆色に近く、お弁当箱の半分くらいがご飯で、ソーセージプチトマトが入っている。彩りがとても綺麗だ。


「九条さんのお弁当箱可愛い」

「ありがとう、加賀美かがみさんのは自分で作ったの?」

「朝起きるのが苦手なんだ。そういう九条さんは自分で作ったの?」

 私の質問に顔を染めて頷いた。

「すごお!」

 初めて料理を作りキッチンで炎の料理をした私に対して慌てないお父さんが「料理は慣れればある程度作れるはずだけど、藍那は無理して作らない方がいいかもしれない」って言われた。高校生にもなるし、休日のご飯を作ってみたいと試みた記憶は新しい。家族みんな私が作るのを楽しみにしてくれて出かけずに過ごしていたのが申し訳なかった。


「そんなに、すごくないよ。まだ簡単なのしか作れないし」

「私キッチン燃やしかけて、料理しちゃダメって言われたんだよね」

「意外、加賀美さんなんでもできそう」

「できないよ。今人間だもん」

「何その返答」


 話をしていて初めて九条が笑顔を見せてくれる。口の端の動きがぎこちなくて、大きな声を出すのが申し訳ないと思っているのか、喉の奥で声を殺して笑っている。

「九条さん、気分を悪くする質問をしたらごめんね。同じクラスの人と何かあったの?」

 分かりやすくビクッと肩を揺らし、顔から表情が一瞬で消えてしまう。

 お昼休みの時間は一時間。移動の時間も含めたら遅くとも予鈴が鳴ったら戻らなくちゃいけない。ご飯に誘えた日に聞くことじゃないかもしれないけど、でも「次」誘ったときにご一緒してくれる自信がなかったから。最初で最後になるかもしれない。少し前に入学して爽やかな気持ちでいたのに、水をさしたかもしれない。でも小さな声で相手のことを考えながら発せられる言葉が、今の笑顔が気になった。ウサギの魂だったからでない、理由があるんじゃないかって感じてしまった。


「加賀美さんはわたしから、離れてく」

 お互いのお弁当箱にはまだ半分くらいおかずが残っている。せめてご飯を食べおわしてから話せばよかったかなと後悔し始めてしまった。

「私は九条さんを知らない。中学校が違ったら。だから知りたいの。どうして自信なさそうにしてるのか、どうしていつも窓際の三人の様子を見てるのか」


 理由の予想はついたけど、本人の口から言わせるのは本当はいけないのかもしれない。

 九条は悪い魂には見えない。差し伸べられる手があるのなら、差し伸べたい。

「中学で、いじめられてたの。高校は遠くのところを選んだんだけどあの子達もいて、びっくりして」

「なんでいじめられてたの?」

 九条の瞳は驚きで見開かれる。そりゃぁ、自分のいじめられていた理由を話さなきゃいけないのは、想像してなかったかも。やばい。家族によく思ったことをすぐに口に出すのをやめなさいと言われているのを思い出した。


「なんだか、自分の好きだった人が、わたしを好きだったみたくて、告白?されたの驚いて断ったらそれから……」

「九条さん可愛いもんね」

 長い髪は艶があるし、眼鏡で目元が少し隠れているけど大きな瞳。清楚系って言うのかな?白いワンピースを着て麦わら帽子を被り向日葵の中にいても魅力が損なわれなさそうな、そんな印象。

「わたしが、可愛いわけない!」

 お弁当箱を投げそうな雰囲気に私は身構える。心からの叫び声。

「わたしは知らない人だったし、付き合うってまだ分からなくて、だから断ったの!そしたろお前が選んでいい立場の人間じゃないって言われ、て」


 ポタポタと雫が伝う頬。泣き顔よりも笑顔が似合うのに。どうして自分で心を閉ざすのかな?

「付き合うつもりなくて断ったのは間違えてないんじゃない?」

「でもでも!そのせいでわたしは……。もう分かんないよ」

 要は好きな男が他の子に告白して、それで振られたから腹いせに九条をいじめたと言うことでいいのかな?


「いじめている人の心が弱くて貴方に八つ当たりをしていただけじゃない??なのにどうして九条さがいつまでも引きずるの?男の心を自分のものにできなかったのは、自分の努力次第じゃないの?」

「そうだ、けど」

 九条の瞳には涙が溜まったままだけど、私が無条件で励ますと思ったのかな。例えばまた同じようなことがあったときに、九条が成長していないと彼女が涙を流すことになる。可愛い子は崖から落とせと言った昔の人はとても人間のことを分かっていると思う。甘やかすだけなら守れたことにはなれない。守るなら、刃の持ち方も教えてあげないと。


 私の可愛いウサギちゃん。無条件で私は貴方を守るよ。ここで会えたのもきっと何かの縁。

「なら、気にせず堂々としていればいいじゃない。ちなみにその後、そのいじめてた子がその男に選ばれたの?」

「聞いてない。振られたって噂で……」

「それなら九条さんが悔やむこともないし、いじめられる理由なんて何一つないじゃない」

 選ばれなかったのが理由だったなら神様特権で、その子たちに少しお灸を据えても大丈夫かしら?何かあったら全部今の神様に罪を被って貰えばいい。

「どうしてそんなに強いの?」

「強くないわよ。近しい人以外に興味がないだけなの」


 他人の痛みに寄り添いなさいと、おばあちゃんは言っていたけど今の距離で間違ってないかな?寄り添ってあげるだけじゃ神様は務まらなかったし、輪廻転生は忘れることに意味があるから。成長するために忘れないといけない。

 なんとも人間って融通がきかないのに、限られた時間しか生きられないのに、無駄をするのかしら。

 私自信も、一度きりの人生を謳歌してみたいと思うのは間違っていたのかもしれない。

人の気持ちの動きを知りたかっただけなのに、簡単には分からない。どうして彼が「愛している」と言ったか知りたいだけだったのに、今九条がいじめられるキッカケだった「告白」イベント自体経験がない。家族への好きとは違うと言うのしか、分からない。

 そう言えば、死後の一瞬しか私に会えないはず記憶を継いでいるはずがないのに、同じ言葉を繰り替えす彼が不思議だった。


 心の底から偽りなく神様(仮)になってくれた哀れな人間に感謝しなくちゃ。

 お弁当を食べるのを諦めたのか、膝の上に力無くお弁当箱を置いている九条。

「わたしは、加賀美さんほど強くないの」

「これから強くなっていけばいいじゃない。だって、告白してきた男はこの学校にいないんでしょ」

「いない」

「ならもう怯える必要は無いと思わない。ムカつくからって言われても自分の魅力を相手に伝えられなかっただけでしょう。縮こまっていていれば王子様が助けに来てくれるのは物語の中だけ。私は九条さんを裏切らないから、絶対に」

「本当?」


 九条さんの瞳に熱が宿る。

「私の初めての友達だもの」

 勝手に友達カテゴリに入れてしまったけど大丈夫かな。初めて会って不躾な質問にも答えてくれたから、多少は心を開いてくれてるのかと思った。


「……今初めての友達って言った」

「ええ。私の性格からか、中々友達ができなくて」

「確かに直球過ぎるかも、ふふふ」


 笑う彼女の笑顔が眩しくて、私もつられて口元が緩んだ。


「やっぱり加賀美さんは美人です、笑った方が、いい」

「なら、私に笑顔の作り方を教えてくれる?」

キーンコーンカーン

 予鈴が鳴り始め私たちお弁当の中身がまだお互いに半分くらいずつ残っているのに顔を見合わせて笑った。

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