第5話 友達になれるのかな??

 入学式はつつがなく終了した。中学校の卒業式だと、保護者の席や自分たちの場所から鼻をすする音が聞こえて来たけど、入学式は華々しい雰囲気が漂っている。

 出席番号が私の前のウサギちゃんを見ていたらずっと下を向いていた。話しかけようとしてもそれを拒否しているかのようで、さっきの三人組以外の子たちは特に彼女のことをのけ者にしようとか考えている風には見えない。


 見えないのに縮こまる。自分がそうしていないといけないとでも思いこんでいる気がしてしまう。

 ザワザワと胸のあたりが騒がしいのはまだ消えない。もしかしたらと、期待をしている。もう一つ会いたい魂が近くにあるようなそんな気がする。神様だったアンテナが騒いでいる。

 翌日から授業が始まり、新しい環境に順応するのに一苦労だった。人間社会の不思議な所。年数を区切って生活する場所を変えていく。変えることによって同じ場所にいなければならない苦痛から解き放たれる、希望を持てることもあるのかなと、分析をしてみた。大人になったらなりたい夢ってある日突然できて、それを目標に行動をするのが一般的だけど、区切られた後に夢が定まったらどうするのかな。目指していく中で自分には合わないと思ったら辛くはないのかな。身動きが取れなくなってしまうことがあるんじゃって考えた。


 おお。自分は少しは人間らしくなれたのかもしれない。不思議なシステムだ。生きている時間なんてほんの一瞬で、少しの選択肢を間違えてしまえば自分の人生全部詰んでしまいそれ以上の行動がとれなくなる、それが良いのかどうかは分からない。分からないからこそ、区切り期間があるのは「一度決めた方向性に行けなかったらそれは終わり」という自分の首を絞める行為をしたがる人間。

 俗に言うMというやつなのかな。生きている実感を苦しむことでしか感じられないのだとしたらどれほど人間は悲しい生き物なのかな。


 と、人間社会ではこの考えを中二病というらしいことを、和義に教えて貰った。家に帰り学校の感想を熱く語ったがために、両親には心配そうな顔をされ、弟には「やっぱり、ねぇちゃんって変だよ。大人っぽいなって思うときもあれば全く考えが予想できない時もある」と。十数年一緒に居たら私のことを分析されはじめて、でもそれを個性と受け取ってくれる家族は好きだ。


 そう、家族に対しては“好きだ”と言葉に表せられる感情を持ち合わせているのだ。人生全てをここに記してしまうと長くなってしまうが、愛情を注いでくれる両親。変わった子ねと言われても愛していると言ってくれる母親。

 無理をさせていないか実は心配だったけど、大丈夫そうなので嬉しかった。

 私は自分らしく生きる。人間社会は自分らしく生きにくいけど、自分以外の存在には

なれっこないんだ。誰に何かを言われたとしても例え「中二病」と弟に呆れ眼で言われるお姉ちゃんだとしても。

 藍那あいなとして生きている今は、それしか私には無いのだ。


 もう一つのザワザワを見つけるよりも先に私は目の前にいるウサギちゃんこと九条くじょう彩音あやねと仲良くなりたい。見間違えるわけがない。今まで魂を分別する仕事をしていたのだから、ウサギから人間に生まれ変わった私の可愛い子とまたお近づきになりたい。


 お昼休みのチャイムが鳴ると同時に同じ中学生活を過ごしてきた者たちとお昼を取る人たちもいれば、席が近く話しかけるキッカケが多かった者同士でお昼を取る者もいる。自然な雰囲気を装って声をかけるタイミングとしては今を逃すというか難しい。

 私は椅子に座ったままクルっと体の向きを変える。


「一緒にごはん、食べない?」

 チャイムと同時に声をかけないと直ぐに移動してしまう九条は、逃げ足が速いウサギのままのような気がした。そこがまた可愛くて、もっと構いたくなってしまうのだけど。

 私自身一人でご飯を食べるのに抵抗はないけど、一緒にご飯を食べて仲良くなるのが学生時代の基礎のように感じている。

 九条を誘うのが失敗していた日々は一人で教室で食べていたりした。こちらをチラチラ見る視線を無視していたら、二人組の女の子に声をかけられ一緒に食事をとった。普通の子ども、私とは違う存在を観察するのは楽しいけど、私の興味は九条に向いている。ウサギだった頃の彼女は私が嫌がっても気にせず死神の空間に居続けた。今は逃げる彼女を追いかけるのが新鮮でたまらなかった。

 逃げる前に声をかけられのは初めてで、机の横にかけていたリュックサックを握り締めていた九条は目をまんまるにする。挨拶をすれば返してもらえる仲ではあるけど、基本的に本に隠れるような動きをしている彼女だった。


「今まで、挨拶していなかったじゃない?折角席も近いんだし仲良くなりたいなって」

「そう、だね」


 九条はキョロキョロと周囲を見回す。教室にはあの三人組がいる。同じ中学校出身というところまでは自己紹介のときに知った。何を怯えるほどのことなのかな理解ができなかった。同じ年数しか生きてきていないのだから、そこまで心配になる必要はない気もするんだけど。


「わたしと、あんまり話さない方がいいよ」

「どうして?私は九条さんと話をしたいの。誰かに許可を取らないと話ちゃいけないの?」


 できるだけ無邪気を装う。ウサギちゃんだった頃の名残があるなかオドオドした雰囲気に頭を撫で回したくなる。何もない空間で私に懐いてくれた貴重な魂。死神も神様なので、情をかけてもおかしくないのだと人間社会に降りて神様という概念を近くに感じて知ることができた。


「どうしてって、わたし、暗いし一緒にいても楽しくないから……それに……」

 消え入りそうな小さな声。

 怯える視線の先には窓際の三人組が集まっているあたりの席。二つの机を占領して大きな声で話している。まるで自分の縄張りだと主張したげに見えて、そのせいで九条が怯える必要は何もないのに。


「私が九条さんと仲良くしたいの、他に理由が必要なか?」

 和義かずよしに姉ちゃんの友達みたいと実は言われていたりする。弟の友達とゲームをよくしていて強くなったのはとても誇らしいのだが、弟からしたらそうでもないらしい。友達が遊びに来ているときに、姉ちゃんの友達と鉢合わせて「俺のねぇちゃんすごいだろう」と言いたいとかなんとか言っていた。

 男の子の気持ちは複雑だ。一度きりの人生で何か掴めるかなとか淡い考えを抱いたけど、これは二回目の人生は男子で過ごしてみるのがいいのかと密かに考えていた。


「違う、加賀美かがみさんを否定したいわけじゃなくて。その、わたしが弱いから」

「弱い?十分に強いよ九条さんは。ご飯食べるの否定しないんだったら、行こう。ここは息苦しいから、空気のいいところに行こう」

 私はリュックサックを握りしてめている手を掴み、チラッと窓際を睨みつける。中学時代に何があったのか私には分からない。一人も気にならなかったから余計に。

「あぁぁ……」

 アワアワと立ち上がる九条さんの手を引きながら私は屋上へと足を進めた。

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