第4話 高校生活の始まり
偶然見つけた気になる魂は二か月前の入学式のときにこれまで生きて来て感じたことが無い「ぞわぞわ」とした、何か不安があるような、そんな感覚に苛まれた。
それまでは新しい環境に入るときは、春の空気が清々しいものだと感じ、ワクワクする時間を過ごしていたはずなのに。
心の枯れているところが、水を欲している気がしてしまうの。
校庭にはちらほら家族で来ている。今年は校庭に桜が残っていて、春の訪れを匂いで感じられた。ピンクの花びらがヒラヒラと舞うのが、とても不思議だ。
「藍那も、もう、高校生かぁ」
「どうしたの?」
新入生の花を制服に付けて貰って、自分の教室の貼り紙を眺めながらお母さんの声を聞いていた。入学式が始まる前から泣き出しそうなお母さん。ホワイトのスーツに肩で切りそろえられた髪は、少しずつ白髪が増えてきて目元の皺も深く刻まれてきている。
よく笑う人だと娘をしていて分かった。家族の幸せを考えてくれている、人。
「少し前まではあんなに小さかったのに」
横に立つお母さんに視線を移すと、私の方が視線が若干高かった。中学生の頃成長期を迎えて伸びた私の身長は百六十を超えて、まだまだ伸びている感じがした。
「お母さん、和義だって十一歳になったんだよ」
弟もスクスク育っている。姉弟仲は良好だと思う。勉強で分からない所があると、夜教科書を抱えて私の部屋に来るのが可愛いと思う。
「藍那は自分の主張をあんまり言わないから……。和義に遠慮していたりしない?」
「しないよ。私はあんまり好き嫌いがないだけ」
「……じゃぁ今日の夕飯は藍那の入学式のお祝いで何か食べに行くとしたら、どこが良い?」
「……」
「何でもいいは、無しよ」
普段は推しが弱いお母さんも時折、譲らない時があるのだ。特に和義に譲る機会が多いご飯のメニューに関しては、無理やり私の食べたい物を聞き出そうとするときがある。
「じゃぁファミレスでいいよ」
パッと浮かんだのは色んなメニューがあるお店。
「それは、藍那が本当に食べたいの?」
いつも以上に念を押してくるお母さん。他にも教室わけを見ている家族が来始めているのに、入学式がそんなに大切なのかな。
「美味しいご飯も食べたいし、デザートも食べられるでしょ?チョコのパフェが食べたいんだ」
これは嘘じゃない。甘い食べ物を食べるのは数少ない私の趣味の一つだ。
「分かったわ。お父さんに連絡入れておくから。そろそろ保護者席に行くわね」
「うん」
小さく手を振るお母さんと別れて私は、一年三組に向かって歩き始めた。
成長期を中学で迎えたけどまだ身長が伸びるかもと期待をして、二回り大き目の制服を買ってもらった。昨日までは少し寸足らずの制服に身を包んでいたのに。真新しい制服の生地のテカリ具合に心躍る。
廊下を歩いていても、ワクワクと、ドキドキの雰囲気を感じ取る。自分の希望する将来の夢に通じる学校を選んで入学してきた。私は特に勉強したいことはなかった。将来の夢と言われてもピンと来なくて、県内の普通科に進学した。三年間で夢を見つけてと卒業する前に先生に言われたけど、人間の心を知るという夢は人間世界にいることで叶えられるから、どんな仕事でもいいと言ってしまえばそれまでかもしれない。 教室には人の気配が複数あるように感じた。後ろの空いている扉の前で深呼吸をした。
心のざわめきが変わらず自分の胸をしめている。初めての感覚に、どうすることが最善なのか分からなかった。
「おはよう」
私が一歩踏み出しながら発した声に、反応はなかった。視線だけが私の方に向き、十人の瞳には警戒心が宿っている気がした。
元気に声を出して挨拶をするのは、人間関係の基本と本で読んだ気がした。小学校の低学年の頃の通信簿には「挨拶が一番元気にできていていい子です」と言われたのを思いだす。
自分の指定された席に座っている人が大半で、同じ中学校だったのか、二グループくらいが集まって話をしていた。
集合時間は八時。人がそろうまではまだ時間がある。
出席番号順に机に名前が貼ってあり、私は真ん中位の自分の席に向かう。後ろに座っている女の子は、腰に届きそうなほど髪の毛が長く、前髪で顔が隠れそうになっている。眼鏡をかけて本を開いていた。
「おはよう」
私は席に座る前にもう一度挨拶をした。しばらくの間席が近いと色々お世話になると思ったから。
私の声に反応して顔をあげたその表情は、目を真ん丸にして私の事を見つめてくる。
無理に話を続けるつもりは無かった。本を読んでいるのを邪魔するつもりはなかったし。
中学時代までは同年代の子に怖がられることが多くて「友達」と呼べる子がいなくて休みの日も家で一人で遊んでいることが多かった。両親に心配されるわ、和義の友達とゲーム大戦をするときは人数合わせで呼ばれるのは楽しかった。
真ん丸の瞳が、見覚えがある気がしたのは、なんで?私の勘違いではないよね。死神だった本能が告げている。
“私のぞわぞわしていた気持ちの正体の一つは、コレだ”と言っている。パチクリと音がしそうな瞬きをして、徐々に頬が少し赤くなってきた。私はカバンを机の上に置いて、彼女の瞳を見つめている。
仲のいいグループの会話、校庭から嬉しそうな声などが聞こえてくる。
「おはよう、ございます」
小さな声は、消えてしまいそう。どうしてそんなに自信が無いの。私が死神だった頃にどこからか迷い込んできたウサギの魂があった。動物は管轄外だったから直ぐに正規の魂処理場に案内しようとしたのに、居ついた子。
最後は輪廻転生の数を数え直していた時に発見されて無理やり連れて行かれたのを覚えている。可愛い可愛い、私の相棒。
「なんの本読んでいるの?」
読書は気が向くとしているくらいなので、知らない気がする。少しでも会話を続けて行きたかった。私の手を離れた魂がどういう成長をしていたのか、気になった。
「知らないと思うんですけど、明治時代の作品を読むのが、好き、何です」
小さな声。ウサギさんだった時はぶうぶう言って可愛かったのに。
「面白い?」
「その時代の感性を知れることが好きなんです」
眼鏡の奥の瞳がふわっと優しい色をまといながら細められる。
「そうなんだ。後で図書館にあるか探してみよう」
「あの、嫌じゃなかったら貸します、が」
「いいの?」
おどおどしている姿が知っている姿に重なる。
「はい。この本何回も読んでいるので、内容結構覚えているんです」
「すごいね!」
「中学校の頃、本を読むくらいしか、無くて」
続々と教室に人が流れてくる。入って来た三人組の女の子を見て、彼女はヒュッと息をのんだ。
「あ、の、わたしとあんまり話さないほう、が良いです」
「なんで」
私の質問に答えるよりも先に女の子は本に集中してしまい、その詳しい理由を教えては貰えなかった。
この子の様子がおかしくなったのは、先ほどの子たちが教室に入って来てから。入って来た三人組は、身長は三人同じくらい。私よりは低いと思う。スカート丈は短くお揃いにしていて、髪の毛は少し明るめの茶色のロングの子は、細身で目元が鋭い印象を受ける。黒髪ショートヘアの子の雰囲気はスポーツをしていそうな太ももをしている。しなやかな筋肉が付いていて、美しい造形だ。もう一人はセミロングくらいの長さの子は、軽くパーマをかけているのか、髪の毛がふわっ、としている。クッキリとした顔立ちで、蛇のような粘着質そうな雰囲気が醸しだされている。髪の毛の長い子の腕に絡みつくような立ち位置で窓際の列の一番前にいた。
あの子たちが私の可愛いウサギちゃんを攻撃しているってことかな?聞いたことがあるのは「いじめ」という、誰か悪者を作り出して敵意を集中させて、自分たちが強いと錯覚させる人間の悪い行動。ウサギちゃんは私には怯えてなかった。むしろ話しかけられたことが嬉しそうに見えたのは気のせいじゃないと思う。人間の心はまだしっかり理解出来てないけど、観察はしてきた。子どもだからって油断している人たちは面白かった。
続々と新しい制服に身を包んだ同い年の子どもたちが入ってくる。一クラス三十人ほどで、学年としては五クラスほどある。
私は本に隠れるように背中を丸めた本能が告げる“ウサギちゃん”の魂を持つ彼女が気になって仕方がなかった。でも私の前の席に座っているし、何かあれば話すことができるだろう。
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