第2話 死神様の新しい人生
どう生きたい?
輪廻転生が始まる時に私が言う言葉を、自分が聞く側になるとは思わなかった。
生まれ変わると前世の記憶を引き継げないはずなのに、毎回私の前に現れては愛を囁く変な奴もいた。変な奴を仮に“彼”と呼ぶことにしよう。
彼は間違いなく生まれ変わっているから、人間として生きている時の様子をみたいと思う事はある。
興味があったから、この男の子はもしかしたら神様がくれたチャンスなのかもしれない。だってそうでしょう?
永遠にここで番人をしていろと、産み出された存在なのだから。ここから離れること許されていない。輪廻転生から切り離された魂なのだから。
私がここに居ない間に、例の彼が来てしまったらどうしましょう。私が戻るまでの間例の彼の魂を足止めしてくれるかしら?
この世界の主になれば望めばなんでも作り出せるのを男の子は気が付くかしら?
ちゃんとお茶を出して私が戻ってくるのを足止めしてくれるかしら。人の寿命は私達からしたら瞬くほどの時間しかないから問題はきっと無いわね。
彼は記憶が無いはずなのに、私を見つけると毎回初めの言葉は「美しい」と言ってくる。その後に続くのはとても甘い言葉の数々だってことを他の死神が教えてくれた。
「自分の傍にいて欲しい」
「まるで女神のようだ」
「キミに会うために生まれて来た」
と。一応“死”とは付くが神である私になんの遠慮も無く「愛」と言うものを囁いてくる。はじめは信じていなかったんだけど、だんだん私の心も揺さぶられてしまったは。
気難しい神様だってじゃなかったハズなのに。
だから、本当は嬉しかったの。気まぐれで“人間”になれる時間が貰えた。
ゴーンゴーン
あら、そろそろ巡りの順番が回ってきたようね。私がどこに生まれるか分からないし、死神だった頃の記憶を持ったままだと人間らしく振舞える自信が無いわ。
私がそこに戻るまで精々、神様として精一杯過ごしてくださいね。
代理の神様。
☆
私は死神だった頃の記憶を持ったまま人間の世界に生まれ落ちることになった。
どこにでもいる普通の両親。
私のような異物の魂なのにどうしてこの家に生まれたのか謎だったけどもしかしたら代わってくれた男の子の魂が産まれる場所だったのかもしれないと考えたら納得ができた。
共働きの家庭だったから早い段階から社会を見ることができたのは嬉しい誤算だったかもしれない。
「本当に
迎えに来たお母さんと女性の保育士の先生が今日あったことの情報共有をするのを見るのは結構好きだった。
お母さんは午後五時頃に迎えに来てくれる。一歳からこの保育園に通って三年が経ち、同い年の子と生き方が合わないのは熟知してきた所だった。
「保育園でもですか?家でも泣かないからどうしてかなっていつも不思議なんです」
お母さんの足元にしがみつくように立っていたら頭を軽く撫でられる。その優しい撫で方が私は好きだった。
「気になるとしたら笑ったりも少ないきがするんですよね、他の子よりも」
「やっぱりそうですか?家でもあまり笑わなくて。今度この子お姉ちゃんになるけど大丈夫かしら……」
「本当ですか‼おめでとうございます」
「まだ分かったばっかりだから大変なのはこれからなんですけど」
先生に言われて嬉しそうにお腹をさするお母さんの姿に私は口元が緩んだ。
「あ、今笑った⁉」
「ええええ、見られなかったぁ」
お母さんは眉毛をハの字にして私の顔を覗きこもうとしゃがむけれど、私はそんなお母さんの肩に顔を埋める。
「家族が増えるのはやっぱり嬉しいんですね」
先生が楽しそうに笑っている声がする。何がそんなに楽しいのか私には分からなかった。
私は人間のフリをするのは難しいのかもしれない。
そんな感じで人間五年目にして「弟」と呼ばれる生き物が家族に増えた。
お母さんのお腹が大きくなって、少しの間病院に入院する話をしていた。保育園でも「お母さんに会えなくなって寂しいね」と言われたけど、「会えないことが寂しい」という事なんだと他人ごとのように考えてしまった。
私が「彼」に会えない時も無意識に寂しかったということなのかな。会えないのが寂しくて自分から会いに来ているようなもの。
何億人もの人が生きる世界で必ず会える保障なんてないけれど、もし会えるのだとしたら会ってみたい。
今の姿の私を見ても「彼」は私のことに気が付くのか知りたい。
保育園が休みだった今日はお母さんと一緒に家にいた。
「ほぉら、藍那見てごらん」
小さい生き物を連れて来てからお母さんは基本的に付きっきりで面倒を見ている。赤子の頃の記憶は流石の私もうろ覚えだけど、こんなに小さかったのかな。
そして定期に「ご飯をくれぇぇぇ」「オムツぅぅぅ」と泣き叫んでいたのだろうか。
生まれて直ぐに言葉が操れないというのは思っているよりも不自由なのかもしれない。
「ちっちゃいね」
ベビーベッドに寝ている弟は名を和義と言うらしい。歪な姉と優しい両親の元に生まれて来た和義にはできる限り優しくしようと心に決めている。
私が紛れ込んでしまっただけで、本来だったら普通の家庭で生きるはずだった魂たちだから。
「藍那もね、ちっちゃかったんだよ。でも今はこんなに大きくなってくれて……」
私を抱っこするお母さんの力が強くなる。もしやこの体は生まれる前に魂の拒絶でもしていたんのだろうか。
「藍那はまだ意味が分からないかもしれないけど、一度止まった心臓が動いたときは神様に感謝したんだから」
「わたしは一回止まってたの?」
子どもらしい質問の仕方が難しい。保育園にいるときは周囲を見回して真似をするようにしている。泣き叫ぶ必要が無いときは拙い言葉を操って意志を伝えることもあるけれど。
お母さんは私を床の上に下ろすと、同じ視線になるようにしゃがんで私の頭を撫でた。
「そう。止まったって聞いたときどうしようってなったんだけどね、藍那を連れて行かないで、幸せにするからまだ私たちの側にいさせてくださいってお願いしたの。そしたら藍那の心臓がまた動きだしてくれたんだよ」
「フーン?」
私は自分の胸のあたりをぺちぺちと触ってみる。心臓が動いているからこの体は生きていて、止まれば私が慣れ親しんだ場所へと戻ることになる。体の方が魂に拒否反応を示したけど、神様は生きると言う選択肢を残してくれたのかもしれない。
「藍那にはまだ難しかったかな」
「……うん」
ここで「理解しました」と発言をしようものならば、お母さんはどんな反応をするのか見てみたい欲求にもかられた。
「ふぎゃぁぁふぎゃぁぁぁ」
ベッドの上で和義
「あらあら、ごめんなさいね」
お母さんはベッドの方に意識を向ける。
「あらあら、どうしましたぁ」
私に向けるものよりも数段優しい声。全力で甘えて甘えを求めているかのような安心感をあたえるもののように感じる。
「ごめんね、藍那」
「だいじょうぶ」
私は普通の子どもと同じかと言われたら違うとしか言いようがなくて、もしかしたらもっと悲しむべきなのかもしれない。
悲しむほど両親に愛着を持っていないくて、甘やかしたい程まだ弟の事を知らない。
だって家族として接し始めてまだ一か月くらいだ。
「お父さんと一緒にお買い物に行った方が楽しかったかな……」
「私がお母さんと一緒にいたかったの」
嘘ではない。母親の愛情というものは何にも変えられないもので、欲しくても手に入れられない人がいることは“何度も見て来た”。死して愛情をやっと自覚する人もいれば、自分が子どもを愛していないことを悔いる人もいる。
自分がどうして愛されていなかったのか改めて考えてしまう人もいて、同じ性別年齢でも十人十色の世界だなって改めてしまっている。
知りたかったものは一度きりの人生では学習しきれないかもしれない。人間は一生を生きて勉強して来たものを輪廻転生で忘れてしまう不完全な生き物だ。
忘れてしまうのであれば、何度も何度も時間を過ごしたところでゼロになってしまう。これまでの経験が無になる人生しか歩めないなんて、生きている意味があるのだろうか。
「それにかずよしと、仲良くなりたい」
弟の存在を家族が一番愛してくれるようにしたいと思っている。そうすれば私がいつ居なくなっても誰も悲しむ人は居ないから。
人の順表の一生まで時間をくれるかどうかは神様次第だ。
私の代わりに神様になってくれている男がへまをしたら多分私はこの体が生まれ落ちたときに一度心臓が止まりかけたのと同じような過ちを受けるかもしれない。
「そうね、もう少し和義が大きくなったら遊んであげてね」
「うん」
「ただいまぁ」
少し高めの声のお父さんだ。フワフワの髪の毛は少し茶色がかっていて眼鏡の奥の瞳は優しそうだけど、本当は怖い人だって私は知っている。
私が前公園で遊んでいた時に一生懸命作った砂山を壊していった壊した男の子を捕まえて、私に謝らせたんだ。砂浜いっぱいを私が占領していた訳じゃなくて、隅っこで遊んでいただけだった。
一緒に遊びに来ていた男の子のお母さんが慌てていたのが印象的だった。私のお父さんは見た目によらず熱い人間なんだって理解した瞬間だった。
「おかえりなさぁぁぁい」
無邪気な子どもって、どんな風にお迎えをしているのかな?保育園でお迎えを待っている子の様子を真似てみるんだけど可愛げがあるのか自分だと自身が無い。ベッドの上ではまだ動けない“弟”がきゃきゃと声をあげているのが聞こえる。異質な姉に対してこれからどんな行動を取っていくのか、弟が人間らしい子どもの姿を教えてくれると期待している。私は弟を大切にするし、家族仲は良くしていきたい。
私が知りたい愛は簡単に全部を理解することができないことだけは五年間人間として生きてきて理解した。それならば輪廻転生のときにしか私に会えない「彼」が前世の記憶を忘れているはずなのに毎回「愛している」と私に言うのは一体何なのだろう。
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