愛を知りたい死神

綾瀬 りょう

第1話 神様と少年の出会い

「ようこそ、死の世界に。歓迎するよ。君には明日が来ないって事はちゃんと分かっているかな。当たり前に明日がいつも来るって勘違いしていた人にはやり残したことが沢山あるだろう。でも後悔してからじゃぁ、もう遅い。だって君はもう死んじゃったから。裏を返せば、やり残したことも辛くて苦しくて見向きもしないことを見なくていいんだ。幸せだと思わないかい?」

 見たことのある“制服”を着た男の子が私の事を見て固まっている。

 それもそうか。

 死人を出迎えるときの作法として私より上位の神様に教えて貰ったのは、白く何もない空間にするということだった。そのほうが神秘的だろう?と言われたけど、私にはよく理解ができなかった。

 私自身の見た目も自由自在であり髪も肌も服も全部白くしている。いや、顔だけは人間に近い肌色をしていないと怯えるよと教えてもらったのでそこだけ少し人間味を帯びているかもしれない。自分で自分の顔を見たことが無いので詳しくは分からないが。


 中々目覚めない男の子の周囲を私はクルクルと踊るようにステップを踏んでいた。だから本来は、最初の出迎えの言葉も威厳をもって伝えるべきなのに私は不用意に動き回っていた。絶えず動き回る私の事を目で追いながら男の子は起き上がりその場に座り込みながら私を睨みつけてきた。固まっていた思考回路が動き出した証拠なのか、自分の現状を飲み込んだからの行動なのかは私には分からなかった。


「僕は明日学校に行かなきゃいけないんだ。家に帰してくれ」


 明日の事を皆口にする。

 だから私は残酷だと分かりながら現実を突きつける。


「君は明日を迎えることなく人生を終了されました。ええと、君は確か、恋人もできず、童貞のままだったかな?親の期待で大学に進学するために高校生の頃にしか味わえない甘酸っぱい青春も味わえず、塾と学校だけを行き来ている毎日だった……と」


 別に必要と感じたことのない特殊能力。目の前にいる人間の今までを見ることができても私になんの得も無い。

 この能力の使い方は相手の神経を逆なでするか、生前の後悔を早いうちに消させてこの場から退場してもらえるようにするのに役立てるくらいしかない。

 いつもと同じように目の前にいる人間は両手で頭をかきむしり始める。


「僕はまだ何も成し遂げてないのに、どうして‼女の子にチヤホヤされたいのを我慢して勉強して、成績も維持してるのに。僕は何にも悪いことはしていないのに、どうして死なないといけないんだ」

「何を言っているの?」


 私はちょうど男の子の前で回り終えたのでひらりとスカートの裾を膨らませながら止まる。綺麗な弧を描けたことに満足している私とは反対に、男の子は私を睨みつけている。


「将来を夢見て頑張ってたんだ、どうして何もできてないうちに死ななきゃいけないんだよ」

「死とは誰にでも平等にあるもので、そのゴールを知っていたら人間はちゃんと生きられません。だからそのタイミングを知ることはできないのですぅ」


 未来を知っていたら何かが変わるかもしれないと、助言を試みたことはないわけではない。観察してみて分かったのは「知らないからこそ全力で生きられる」と言う事だった。明日はいつも当たり前に来ると思っていた方が、楽しそうな人間が多い。

 ま、時を終えた時に私達死神の前で暴言を吐く人間が多いのがたまに癪だが、全力で生きた魂程いい輝きを放っている。

 そう考えると男の子は全力で生きていた訳ではないのかもしれない。

 輪廻転生を終えて私の前にやってくるあの少年の魂は、毎回楽しそうで羨ましい。

 偶然私の箱庭に迷い込んできたウサギの魂は元気にしているだろうか。私の知る限り、二つの魂はとても楽しそうにしている。


「人間はいつ死ぬか分からないのに明日が絶対にやって来るって信じて生きている。そこが尊いだよぉ?」

「僕は元の世界に戻れないの?女の子とキスだってしてないし、僕を馬鹿にした人間を言い負かすために頑張っていたのに」


 男の子は今度は泣きだしてしまった。大きな声で誰かに助けを求めるかのように。


「それが死ぬということです。人間界で習わなかったんですか?」


 又は自然の摂理と言うのかもしれない。

 始まれば終わりが来るのは当然で、私がここで死神をやっているのももしかしたら終わりがあるのかもしれない。逆に気が付かないうちに終わっていて、始まっているのかもしれない。

 神と名の付くだけで、真理を管理している訳ではないのだ。


「そんなの知らないよ。ねぇ、僕はどうすればいいんだよぉ」

「どうもこうも、輪廻転生に乗ってまた生まれるしか道は残されていません」


 終わったことに執着しても別に何も良い事はないと思ってしまうのに人はどうしてか、過去にこだわる。誰かがいなくなってもそれなりに世界は回る。

 生きるものが生活するところと、死者の場所が分かれているのは明確な答えだと気が付く人は少ないのに。

 男の子は泣いていた目を袖で拭いながら、私の事を見上げてくる。鼻水が垂れない様にずびびび、っと一生懸命すすっていた。


「……君はずっとここにいるの?」


何もないだだっ広い空間の事を差しているのかな。私は男の子越しにこの場所全体に意識を向ける。


「私がここにいなきゃ秩序が崩れるの。知っている?人間にも生まれた意味があるように。私として存在している理由もそんざいしているの。まぁ、他の誰かが代わりでもしたら離れられるのかもしれないけど」


 厳密に言えば少しの時間であれば離れることも許される場所なので、別の場所で死神をしている人は時折人間界を除きに行くと話していた。輪廻転生に導いた魂の行方が気になる者もいればただ、色のついた世界を覗き刺激を受けたいとか、縛られる存在ではあるが、ある意味自由な側面も持っている。

 なんとも不思議な立場だと思う。私の所にはまだ来たことが無いけれど、違う神様が死神の所にやってくることもあるらしい。


「違う世界を見たくはないのか?」


 先ほどまで泣いていたはずの男の子の瞳に生気が満ちていくのを感じる。今の会話で何か彼の興味をそそるものがあったかしら?


「違う景色かぁ。そうねぇ……」


 知りたいとすれば数百年に一度私の元に来ては記憶が残っているはずがないのに愛を囁いてゆく魂の生きざまとか、唯一心を許したウサギがどうしているかは、見てみたいと思う。

 そして毎度私の目の前で生きることを懇願する人間達。

 後悔をしないように生きようとしているはずなのに、いざ死を迎えてから未来を夢見て手を伸ばす原理が見れたら多分、私はココで魂を裁く意義が見出せるのかもしれない。


「取引しないか」


 立ち上がる男の子は思っていたよりも身長が高かった。私に握手を求めて居るのか手を差し出してきた。


「何を言い出すのぉ?別に違う景色は見なくても大丈夫よ。何よりここから離れられないし、離れなくても私は満足しているから」

「僕が君の代わりにここにいれば秩序は崩れないだろう?代わりの存在がいればいいんだろう?」


 男の子は一体何を考えているのかな。人の魂が神の場所に居座っても何も良い事はないだろうに。


「崩れないけど、君がここにいるうまみ何て何もないわよぉ。君みたいに流れ着いた人に罵られてでも、神様を名乗るからには役目を全うしないといけないし」

「人として生きることに興味が無いのか?」


 興味が無いわけではないかもしれない。自分でもその辺りは明確に考えたことはない。

 だって自分という存在が産まれた時からこの世界にいて、誰かが来ている時は白い世界になるけれど自分一人の時は好きなように変えられる。

 自由に変えることができる世界の主でいて、時折来る人間の心を覗き見て楽しんで、「後悔」という言葉を飽きる程聞いて、人間は進化をして、言葉を後世に残せるはずなのに勉強を一切していいない気がする。

 神様としては特別苦労をしているわけではないから、変わる必要性はない理由を口に出してみる。


「私の魂は人間のものではないは。それにあなたはどうするの?ここの番人がいなくなるじゃない?だから私は離れられないわ」

「僕の輪廻転生と一瞬交換しないかって言っているんだ」

「魂の天秤を動かさずに、私を一時人間にして、貴方がここで番人をするということになるのかしら?そうなるとあなたの記憶は生きていた時のまま維持されることになるけれど大丈夫?」


 人間としての感覚を残したままだと苦痛にしかならないと思う。それに魂の交換なんてそんな「因果律」を刺激することをしたらどうなる事やら。私の魂は人間と違うからその因果の反動を受け継ぐのは私じゃなくて男の子なのだけれど?


「それでい。寧ろその方が都合がいい」


 男の子は私が今まで見た人の中で一番強い瞳をした気がする。

 死を目前にしたら自分のやる気が無くなってしまい、段々力が無くなってしまうのだけれど、生気が宿っている。

 何かが男の子のやる気をあげて生きる希望を見つけ出したみたいだ。


「取引、するの?」


 都合がいいとは、因果律の事を知っているのかな?反動は私は受けない。そうなるとこの人が全面的に反動を受けることになるんだけど大丈夫かな。

 交換して時間を過ごしたとしても魂の区分の変更まではされない。

 人間が神を欺いたとして裁かれる可能性のが高いと言うのに。


「ああ」


 彼の声は力強く、多分自分のこれからの事しか考えていないだろうなと思ってしまった。

 話したところで相手に本当の事が伝わるかは分からない。

 それなら、終わる時に伝えればいいか。人間の寿命を長く見積もっても百年位だし、その間にもしかしたら友達が遊びに来てくれて、彼に何かを話してくれるかもしれない。


「分かったわぁ。貴方が神になって何を望んでいるかは私には分からないけど、答えを得られなかったとしても文句は言わない約束をしてくれるぅ?」

「文句何て言うわけないだろう。僕は今から神様になれるんだから。これで僕を笑った人間とか全員ここに来てみろ。そしたら僕はその時の恨みを返してやる……」


 彼の体から黒い靄のようなものが出ているように見えてしまう。

 その靄の正体を知っているけど、彼には見えていない様子だから、言わないでおこう。

 知らぬが仏と言う諺があると、私に向かって言い放った人間がいた。

 知らなければ幸せの気持ちのまま死ねたのに、と。

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