#9 エピローグ

 気がつくと、街の広場はボロボロになっていて、サブナックがいくつもの肉片となって、辺りに散らばっていた。


 一体、何が起きたのだろう。私は『魂喰らい』の攻撃を受けて……そこから、記憶が無い。


「最初に思っていた通り、お前は器として、かなり優秀ね」


 頭の中に、フローレンスの声が響いた


 直後、私の身体から、幼女姿のフローレンスが抜け出てきた。


「うわっ! いつの間に私に入っていたんですか⁉」


「相変わらずまったく覚えていないのね。お前の意識が飛んだあとよ」


「サブナックはあなたが?」


「ええ。お前の魔力を借りたお陰で久しぶりに本気で魔法を撃てて、すっきりしたわ」


 フローレンスが、気分良さそうなほほ笑みを浮かべる。出会ってから初めて見るフローレンスの柔らかい表情だった。


 とりあえず、何が起きたのかはなんとなく理解した。


『魂喰らい』への恐怖で気を失った私の身体に、フローレンスが憑依して、サブナックを仕留めてくれた。多分、そんなところだろう。


 しかし、魔王軍幹部を倒してしまうなんて……。最初に私を戦わせたことについて、文句の一つでも言いたいところだったけれど、それを口にしたら、自分もサブナックと同じようにバラバラにされるのではないかという懸念から断念した。


「さて、勝利に浸っている時間はないわよ。さっさとあの子からポーションを貰って、この街を出ないと」


「そんなに急がなくても……私、あなたに魔力を使われたせいか、身体がちょっとだるくて……少し休憩していきましょうよ」


 私の提案に、フローレンスは大きくため息をついた。


「いい? 私には四十九日しか……いや、あの契約から二日経ったから、正確には四十七日しかないの。それまでに私は自分の目的を果たさなきゃいけないわけ」


「それはそうかもしれませんけど」


「それに、サブナックは街の人間が気づく間もなく呪いをかけた。つまり、街の人間は下手をすれば自分達が危機に陥っていたこともわかっていないかもしれない。その状態で気がついたら、自分が街の隅っこにいて、しかも、街の広場が崩壊している。街の人間たちはどう思う?」


「それは……何があったんだってなるんじゃないですか?」


「その通りよ。そうなったら次は原因を探るでしょう。そんな時、街の人間ではない怪しい女の二人組がいたら、どう思う?」


「もしかして、私たちが疑われるってことですか?」


「可能性はあるわよね」


 フローレンスが首肯する。


「もちろん、そうならない可能性だってあるけれど、これでもし、街を破壊した罪人として行く先々で追われてみなさい? 鬱陶しいことこの上ないわよ? ただでさえ時間が無いっていうのに」


「なるほど……わかりました。でも、この街を出たら、どこかで少し休憩は取らせてくださいね」


「……お前、休憩とかいるのね。死神なのに」


「死神にだって、休息は大事なんです。疲労で死んだりはしないですけど、心はそうもいかないんですから」


 ということで、私たちはすぐに魔道具屋へと向かった。


「ところで、あの子がまだ気を失っていたらどうするんです?」


「決まっているでしょう。目覚めの魔法をかけて起こすわ」


「私、やっぱり、あなたの人間性を疑います」


「なんとでも言いなさい。こっちは急いでいるのだから」


 そんな話をしている間に、魔道具屋にたどり着く。女の子(姉)は目を覚ましていて、店の前で私たちを探しているようだった。


「あ、お姉さんたち! 良かった、まだいて。私、気がついたら、お店で倒れてて……お姉さんたちにお礼もしなきゃいけなかったのに」


「ええ。知っているわ。その原因は、さっき私たちが解決してきたばかりだもの。そんなことより、ポーションを」


 女の子の話を遮り、ポーションを要求するフローレンス。子供の話くらい最後まで聞きなさいよ……。


 と、女の子(妹)に寄り添われ、魔道具屋の店主が店から出てきた。顔色はまだ悪いけれど、朝見た時と違って透けてはいなかった。ヒヤクヨモギを飲んだのだろう。


「あなた達が薬草を取ってきてくださったのですね」


「そうよ。だから、ポーションを」


「本当になんとお礼を言ったらいいか」


「お礼ならポーションでいいわ。だから、ポーションを」


 急かすな。急かすな。ここは謝辞を最後まで聞くのが、マナーってものじゃないの?


 さっきから、フローレンスの言動に突っ込みを入れたくてしょうがない。そんなことをしたら、消し炭にされそうな気がして、実際には出来ないけど。


「話は娘から聞いています。こちらを」


 魔道具屋の店主が袋をフローレンスに手渡した。


「ウチの店にあった魔力回復のポーションすべてと、僅かばかりの気持ちです」


 フローレンスが中身を確認する。それから、中に入っていたお金を取りだした。


「これはいらないわ。私にくれるくらいなら、お前の娘たちに美味しいモノでも食べさせてあげなさい。病気で寝込んでいて、何もしてあげられてないんでしょ?」


 と、店主の手を無理やり開かせて、その上にお金を握らせた。


 正直、以外だった。


 てっきり、フローレンスは、こういうものを貰った上で「思ったより少ないわね」とか言っちゃうタイプの人間だと思っていたからだ。


 やっぱり、この人はいい人ではないにせよ、嫌な人では無いんだろう。


 今、私たちは無一文だから、本当なら、当面の活動資金として貰っておいた方がいいような気もしたけれど、ここで反対するほど私も野暮ではない。


「……本当にありがとうございます」


 魔道具屋の店主が深々と頭を下げた。女の子たちもそれに倣うように頭を下げる。


「じゃあ、約束のモノは貰ったし、私たちはもう行くわね。せいぜい健康に気をつけなさい」


 それだけ言うと、フローレンスはさっさとその場を動き出した。


「何をしているの、死神。早く来なさい」


「はいはい。わかりましたよ」


 魔道具屋の親子に会釈をした後、私はフローレンスを追いかけた。


 残り四十七日間。私とフローレンスの旅は始まったばかりだ。

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死神と大魔導士(霊体)の四十九日冒険譚 風使いオリリン@風折リンゼ @kazetukai142

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