#8 2日目:vsサブナック

 サブナックの大剣が地面に倒れているヴィータに振り下ろされる。


 しかし、その刃はヴィータの身体に触れる事はなかった。


 ヴィータは大鎌の柄でそれを受け止めると、軽々と押し返しながら立ち上がった。


 予想外のヴィータの動きに、サブナックが驚きの声をあげる。


「馬鹿な……あれほどの傷を負わせたというのに……」


 サブナックは、獣のような目つきでヴィータを睨む。


「それにこの力、さっきとは別人ではないか……」


 狼狽するサブナックに、姿を隠したままのフローレンスが声をかける。


「限界まで追い詰められたそいつは、おそらく万全な状態の私でも手を焼くでしょうね。今までと同じだと思ってたら、痛い目見るわよ?」


「フローレンス! オマエ、どこにいる⁉︎」


「私に構ってる場合?」


 ヴィータが、狂気的な笑い声を上げながらサブナックに斬りかかる。


 それらの斬撃を大剣で捌きつつ、サブナックが怒声を上げた。


「くっ……所詮は死神のやぶれかぶれ。調子に乗るな!」


 サブナックの大剣がヴィータの首を狙う。


 ヴィータは上体を後方に反らして回避しつつ、その勢いを利用して、大鎌でサブナックを掬いあげるように斬りつけた。


「ぐっ……!」


 サブナックは僅かに苦悶の声を漏らしたが、動きを鈍らせることなく、大剣の斬撃をヴィータに浴びせる。何発かはヴィータの身体に傷をつけたが、動きの速さに変化はなく、猛攻を仕掛けていく。


「オレは魔王軍幹部が一人、サブナック。こんな死神の小娘ごときに負けるはずが無い!」


 一度攻撃を止めて、地面に突き立てていた大盾の元に下がったサブナック。


 ヴィータの攻撃を大盾で防ぎつつカウンターを仕掛けるという戦法を取ろうとしたのだ。


 しかし、サブナックの目論見は一瞬にして崩れ去った。


 ヴィータの大鎌が、まるで紙を引き裂くかのようにあっさりと、大盾を真っ二つにしたのだ。


「くそっ……このオレがここまで追い詰められるとは……。仕方がない。そろそろ真の姿を解き放つとするか……」


 そう呟いた瞬間、サブナックの身体から赤黒いオーラが溢れ出す。


「グオオオオオッ!」


 咆哮をあげると、腹部から巨大な獣のような腕が四本突き出てきた。その腕が腹を引き裂くと、中から出てきたのは――。


 頭部を覆う金色のたてがみ。爛々と凶暴に輝く瞳。裂けた口から覗く牙。筋骨隆々なたてがみと同じ金色の巨躯。太く強靭な四つの腕。その手に生えた鋭い爪。先端が毛で覆われた長い尻尾……。


 それを一言で言うならば、金色の獅子の上半身を持った四つ腕の魔物。サブナックはそんな魔物に姿を変化させたのだ。


「この姿になったオレと戦い、生き残ったモノはこれまで誰もいない! オマエはどこまで耐えられるかな?」


 言うなり、サブナックは四本の腕全てを振り上げ、ヴィータに向かって飛び掛かかる。


 ヴィータは身体を素早く後転させ、サブナックの攻撃を回避した。


 と、同時に、先程同様、その勢いを利用した掬いあげるような斬撃を放った。


 だが、今回、サブナックはダメージを受けた様子はなかった。


「今のオレの身体は、人間の英雄たちですら一切傷をつけられなかったのだぞ。オマエ如きの攻撃など効かぬわ」


 サブナックは勝ち誇ったように叫びながら、巨大な四本腕での連撃をヴィータに浴びせる。爪での引き裂き、腕による薙ぎ払い、拳、『魂喰らい』の斬撃……その多くはヴィータに命中することはなかったが、いくつかの攻撃がヴィータの身体を捕えた。


 ヴィータの身体から、大量の血が吹き出す。


 しかし、ヴィータは狂った笑みと壊れたような笑い声をあげながら、なおもサブナックに攻撃を仕掛け続ける。


「ちっ……『魂喰らい』でも何度か斬りつけているというのに……いい加減、鬱陶しい!」


 襲い来るヴィータを『魂喰らい』の横薙ぎで牽制したのち、サブナックは距離を取った。


 逃がさないとばかりに、ヴィータはサブナックに攻撃を仕掛けようとした。


 しかし、ヴィータは急に脱力したように、その場に膝をついた。


 突然の事にサブナックは驚いたものの、理由が思い当たり、再び勝ち誇るように目を細めた。


「そうか。オマエ、痛みを感じていなかっただけで、ダメージ自体は蓄積されていたのか。殺す前に良いことを教えてやる。痛みというのは、戦いにおいて肉体の限界を伝えるシグナルになるのだ。それを読み取れず、身体の限界以上の動きをした。それがオマエの敗因だ!」


 言い終わると同時に、サブナックが激しい音を立てて、両足で地を蹴った。一瞬の内に、サブナックは動けなくなったヴィータの目前まで接近する。二本の腕で『魂喰らい』をしっかりと振りかぶり、ヴィータを真っ二つにしようとした。


 けれど、それは叶わなかった。


 ヴィータの前に、どこからともなくフローレンスが現れ、防御魔法で『魂喰らい』の斬撃を弾いたからだ。


「死神の小娘が敗北したのを理解して、ようやく姿を見せたか!」


「いや、お前を倒す準備ができたから、出てきてあげたのよ」


 言うなり、フローレンスは自分の姿を小さな光の球に変えた。そして、動けなくなったヴィータの身体の中へと宿る。


 すると、ヴィータの身体から眩い光が放たれた。その光に、サブナックの目が眩む。


「なっ……⁉ 一体、何が……」


 瞳を擦った後、サブナックは再びヴィータを見据えた。


 直前まで動けなくなっていたはずのヴィータが立ち上がっていた。


「オマエ、なぜ……いや、この気配。オマエ、フローレンスだな! 小娘の身体を勝手に乗っ取ったのか⁉」


「半分正解で、半分不正解。これはちゃんと同意の上よ」


 ヴィータの身体に乗り移ったフローレンスは、その手元に自分の杖を召喚する。


「お前のような大物を倒すには、どうしても私の身体を維持する以上の魔力が必要だからね。この子には私が必要な時、魔力を供給する器になってもらうって約束しているのよ」


 フローレンス・ヴィータの杖の先に眩い光が収束していく。


「魔力の使用制限がないなら、私にとって、お前も森の虫モンスターとそんなに差が無いの。それを教えてあげる」


「ほざけ!」


 もう一度、『魂喰らい』を両手持ちし、フローレンス・ヴィータに斬りかかるサブナック。


「喰らいなさい!」


 そんなサブナックに向けて、フローレンス・ヴィータは杖から閃光を放つ。


 その光に貫かれたサブナックは、その瞬間、固まったようにその場に制止した。


 直後、光に射抜かれた箇所から激しく輝き出し――。


 つんざくような轟音とともに、大爆発したのだった。

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