第8話 ザルツ士爵の懸念と、綿密な建設計画
と、そこで家臣の一人――――ザルツ士爵がやや訝しげな表情で訊ねてきた。彼は父ゴットフリートに推挙されて先王より
ゆえに表立って俺を批判することはない。が、彼の忠義は俺ではなくリントブルム家、もっと言えば父ゴットフリートに向いているのだ。だからこそ俺のともすれば現実離れした壮大な築城計画を聞き、懐疑の念を覚え、そしてリントブルム家への忠誠心からあえてこの計画の妥当性を問うた。
それはザルツ士爵の表情を一目見ればすぐにわかる。彼に謀反の心は無い。真にリントブルム家のことを思えばこそ、粛清されるリスクを冒してまで俺を信じきってしまうことの危険性を表明しているのだ。
「よくぞ申した、ザルツ士爵。……ザルツの懸念ももっともだ。確かに一晩でこれをすべて造り上げるのは流石の俺でも難しい」
「では、どのように」
ザルツ士爵は築城自体に反対というわけではない。計画は現実を見据えてきちんと練られているのか、そしてこの計画に従ってきちんと戦術目標は達せられるかの二点が何より大事と考えているだけである。
ゆえに俺は真正面から、はぐらかすことなくその二点を意識して答える。
「一晩で四つの小天守をすべて築くのが難しいならば、工程に優先順位を設ければいい」
俺の魔力は無限じゃないし、何よりそこまで俺の体力が持たない。俺は長い時間を掛ければ城の一つや二つ、一人で築き上げてしまえるだけの力を持っているが、短期間での施工ということであればせいぜい人足にして数十人分の働き程度しかできないだろう。
だからこそ二万という数が活きてくる。
「まずはカスパー砦を囲う正方形の内堀と土塁を築くことだ。これを最優先とする。……この部分に掛けられる時間は明日の夜明けまでだ。ここだけは多少無理をしてでも何とか完成させる」
不可能な話ではない。大きな戦いを経ていない我がリントブルム軍主力は、戦場にいるにしては珍しいほど体力が有り余っている状態だ。ただひたすら待ちぼうけというのも士気に関わるし、何かしらの作業に没頭させたほうが兵達のやる気維持にも繋がる。
「交代で見張りを立てつつ、二万の数を活かして堀と土塁を形成する。魔法を使えない者が地面を掘り起こし、俺のように土属性の土木魔法を使える者が率先して土塁を固めていくんだ。そのやり方なら通常は数日掛かるような作業が計算上は数時間で終わる。夜明けにはギリギリ間に合う算段だ」
「……」
ごくり、とザルツ士爵が息を呑む音が聞こえた。
「次いで、ここで発生した大量の土を活かして正方形の頂点部分に簡単な砦を設ける。その上に乗せる
校倉造とは角材を井桁状に組み上げて造る工法の名前で、釘や支柱を必要としないという特徴がある。前線ゆえに気軽に釘を調達できない状況では、これ以上ないほどふさわしい建築法といえるだろう。
「この作業は、木々の切り出しから組み上げまでにおよそ二日を要する。今夜中に堀と土塁を築き、明日以降に分担して築城に取り掛かれば――――内堀と四連一夜城の建設に三日、外堀の成形作業を含めても四日で全工程が完了する見込みだ。残った時間で物資の運搬と休息などを行うとして、イゼルローン伯爵率いる本軍がこちらにやってくるだろう一週間後までには余裕で間に合う計算だ。…………まだ足りないか?」
「い、いえ! 実に入念かつお見事な計画かと存じまする。このザルツ、
跪き、先ほどまでとは打って変わって感服したような顔で俺を見上げてくるザルツ士爵。図らずも彼のおかげでこの作戦への説得力が増す形となったようだ。他の家臣らを見回すも、もはや疑わしく思っている様子の者は誰一人としていない。
「この戦、勝ったぞ」
もちろん最後まで気を抜くことはできない。だが
現に本陣に詰める面々を見回せば、皆やる気と自信に満ちた良い顔をしている。この様子ならば、今回が初陣の若造たる俺を信じきれない部下連中もしっかりと着いてきてくれそうだ。今回の四連一夜城建設事業は、我がリントブルム勢へのデモンストレーションの意味合いも兼ねているのである。
そんな俺の裏の意図に気付いたのか、目が合ったマリアが小さく頷いてくる。今回のプレゼンはどうやらしっかりと機能したようだ。
「早速、築城に取り掛かる! 明日の夜明けまでに内堀と土塁を完成させるぞ!」
「「「おおおっ!」」」
城の設計図はここにいるメンバーの頭数と同じ分だけある。さほど複雑な機構も無いので、機密が漏れる心配はしなくても問題ない。あとは実際に施工に取り掛かるだけだ。
「お見事な話術でしたよ」
「言ってくれるな。こう見えてずっと緊張しっぱなしだ」
こっそりと耳打ちしてきたマリアにそう本心をこぼす。ああ、胃がキリキリと痛んでしょうがない。俺は別に図太い神経の持ち主ではないのだ。
「父上。俺はあなたのように、周囲に自分を認めさせることができていますか」
病床に伏す我が父ゴットフリートを思い、一人呟く。優しくも勇猛果敢な稀代の名将たるゴットフリート・フォン・リントブルムは、今やかつての壮健さを失って久しい。巷では余命いくばくも無いなどという不敬な噂を口にする者もいる。
「せめて小康状態を得られれば良いのですが」
俺を気遣ってくれるマリアの優しさが沁みる、初秋の夜だった。
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