第7話 四連一夜城

 カスパー砦を包囲したその日の夜。砦からやや離れた山中にある本陣で、俺は軍議を開いていた。議題は当然カスパー砦の処遇と今後の作戦である。話す内容は枚挙にいとまがない。


「敵方は我が方の軍勢五〇〇〇に囲まれて、すっかり臆したようでございます。こちらをうかがう様子は見られますが、城から出る気配は一切ございません」


 家臣の一人が現状を報告してくる。いささか楽観論に偏っている気がしなくもないが、明らかにこちらが有利な状況を思えばあながち楽観しすぎということもない。彼の言うことは間違いなく事実である。


「リントブルム領からの報せはどうだ?」

「ザクセン方面の領境付近でやや不穏な動きが見られたそうですが、あくまで突如動いたこちらの状況を探るための威力偵察という見方が大勢です」

「オストへーエン城か。あそこの守りは万全だ。たとえ触発された敵がいきなり侵攻してきても問題なく凌げるだろう」


 オストへーエン城に詰めているのは、守りの戦に定評のあるアレクサンダー・メルケルである。実際に俺がその様子を見たわけではないが、かつて父とともにイゼルローン方面へ行軍した際、なかなかの活躍を見せたそうだ。

 加えてオストへーエン城は俺の造った城の中でも特に籠城戦に特化した城の一つ。物資の貯蓄も充分にあるし、半年以上は落ちるようなこともあるまい。


「もうじきカスパー砦からの伝令がイゼルローン伯爵の下に到着する頃かと思います。あれ以降カスパー砦を出た者はおりませんし、そろそろこちらも全軍を動かして問題ないのではありませんか?」


 今度は別の家臣がそんな進言してきた。言われてみれば、もうそんな時刻である。早馬の脚を考えれば、今頃イゼルローン伯爵は部下を怒鳴り散らかしているかもしれないくらいの時間だ。


「そうだな。イゼルローン伯爵はこちらの兵力が五〇〇〇だと思い込んでいるはずだ。今なら二万の兵を総動員しても、その情報が敵方に伝わることはない。――――よし、来たる決戦のための下準備を始めるとするか」

「下準備でございますか」


 家臣らが次の言葉を聞き落とすことがないよう、一斉に静まって俺のほうを注目してくる。


「そうだ。せっかくこれだけの兵がこちらにはいるんだし、数を活かして防衛陣地を整備しようと思う」

「ジーク様の本領発揮ですね」


 マリアがまた俺を持ち上げてくるが、今回に限っては味方の士気向上に寄与するのであえて乗ってやることにした。


「そうだな。俺が今まで培ってきた城造りの技術を、家臣であるお前達に直に見せる良い機会だろう。当直を輪番制で決め、他の者は俺とともに築城作業へと掛かれ」

「「「はっ」」」


 二万の大軍ともなれば、細部までを俺が一人で管理するのは不可能に近い。ゆえに俺の理念をしっかりと理解した上で、末端にまで指示を伝えることのできる中間管理職げんばしきかんが何より重要になってくる。

 築城作業を手伝わせるのは、俺の仕事を実際に目で見て肌で理解する良い機会になるだろう。


「今回俺が造るのは、四連一夜城だ」

「四連一夜城、でごさいますか」

「ああ」


 一夜城とは、数ある城の中でもとりわけ簡素な造りをしている臨設の野戦城郭だ。有名な例だと「スノーム一夜城」なるものがある。今から数百年ほど前に国境付近を流れるスノーム川の中州に建てられた木組みの城で、事前に仮組みしておいた木材を上流からいかだ状に組んで流し、下流でそれらを解体したのち城の形に組み上げるというプレハブ工法を用いた伝説的な城だ。

 俺の敬愛する往年の大兵法家、リデル=ハルトの著書にも細かな説明付きで登場し、俺が城を好きになるきっかけになった城の一つでもある。

 ただ今回造る城は、一夜城は一夜城でも川沿いに設けられる城ではない。カスパー砦を堀でぐるりと囲ってしまうことで敵を三六〇度から包囲する、封じ込め専用の城郭だ。


「さっき描いた設計図だ。皆、これを見てほしい。」


 机いっぱいに広がるサイズの紙を広げ、俺は説明を始める。


「カスパー砦は比較的規模の小さな城で、かつこちら側には二万の人足が整っている。ゆえにこうして堀で全周を囲うなどという無茶が可能になってくるわけだが……ポイントは周りを囲う堀だけじゃない。この東西南北に設けられた四つの小天守で敵の観測と閉塞とを同時に行う点にある」

「通常であれば城は外側に対して防衛力を発揮しますが……今回は連結された四つの小天守を有機的に運用することで、内と外の両側に防衛力を発揮するわけですね」


 いち早くこの城のポイントを理解したマリアが、皆にも伝わるように噛み砕いて説明してみせる。俺は「そうだ」と首肯しつつ、補足の説明を続けた。


「堀と土塁は内と外の二重に用意する。その二重堀の間、カスパー砦を囲う正方形の辺部分にあたる細長い陣地が我々リントブルム軍の領域だ。これにより少人数での封じ込めと外敵からの防衛が可能となり、城攻めに必要な人員を大幅に削減することができる」

「……!」


 目を見開いて驚く家臣達。その驚きも無理はない。

 普通、城攻めというのは敵の数倍近い戦力があって初めて成り立つものなのだ。それは言い換えれば、敵はただ籠城するだけで自軍の数倍の敵兵力を一ヶ所に釘付けにすることができるということでもある。

 彼我の戦力差が何倍も離れていればそれで問題ない。だが俺達の敵はイゼルローンだけではなく、ベルリ、ザクセンとまだまだ後が続いているのだ。そんな状況にあって、たかだかカスパー砦の攻略ごときに五〇〇〇も兵を取られるわけにはいかないのである。


「カスパー砦に詰める敵兵の数は多くて一〇〇〇。向こうがこちらの四連一夜城を攻略するとして、攻撃三倍の法則に従えば俺達がカスパー砦の封じ込めに割く人員はわずか五〇〇程度で良いことになる」


 俺達の勝利条件は、敵をカスパー砦内に拘束し続けること。それに対して敵方の勝利条件は、四連一夜城の守備部隊を撃ち破って北からの増援と連合し、我らがリントブルム軍の主力を挟み撃ちにすることである。

 しかもそこまでしてなお、リントブルム軍を撃ち破れるとは限らないのだ。良くて五分五分、もしかすれば負ける確率のほうが高い危険な賭けである。

 だがその賭けに乗ることでしか延命の道が無いのが、イゼルローン側の置かれた現在の状況なのだ。悲惨にもほどがある。何しろイゼルローン伯爵が信じている敵兵の数は五〇〇〇。実際にはその四倍の二万の兵が彼を待ち構えているのである。


「これだけの城……たったの一晩で完成するのでしょうか?」


 と、そこで家臣の一人――――ザルツ士爵がやや訝しげな表情で訊ねてきた。 








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