第9話 土木魔法
「掘って出た土砂は穴の外側に積み上げていけー! 充分に土砂が集まったところから順次、『成形』を掛けていく!」
「おい、ここ地盤が緩いぞ! 崩れるかもしれないから『
「地下水だ! もしかしたら堀を水で満たせるかもしれないぞ!」
「何⁉︎ すぐに報告だ!」
もう真夜中だというのに、ここカスパー砦の周りは篝火で煌々と照らされ、まるで昼間のような明るさである。包囲の兵を除いても、一万と数千の兵が労働力として動いているのだ。工事の進捗具合は俺の想定を若干超えるペースで進んでいた。
「この分では夜明け前に小天守の建設に取り掛かれるかもしれないですね」
「思ったよりも地盤が緩かったのは僥倖だったな。作業が素早く終わるのは良いことだ」
重要拠点であるこの地域に、なぜカスパー砦くらいしか主だった防衛拠点が無かったのかもこれではっきりとした。地盤が軟弱なこの地域では、巨大な天守を持つ城はせっかく建てても自重に耐えきれず崩れてしまう。攻めるに易く、守るに難い、守る側からすれば最悪の地域というわけだ。つくづく攻める側で良かったと思う俺である。
「どれ、作業に余裕があるなら俺も少し手伝っておこう。もう少し色々と見て回って手を加えたいと思ってたところだ」
「お供します」
「ああ」
地盤が緩いということは、たとえ小天守であっても崩落の危険を完全には排除できないということだ。であるならば俺の土木魔法でしっかりと基礎部分の調査を行い、必要であれば補強して回ってやるべきだろう。
「久々の築城だな。ふふ、腕が鳴るぜ。……これがすべての仕事の中で一番楽しいんだ」
「ジーク様の圧倒的な土木魔法の腕を見れば、より兵の忠誠心も高まることでしょう」
心なしか自慢げな表情でそう語るマリア。まあ、主君が広く認められるというのは家臣的には嬉しいことなんだろう。その気持ちはわからないでもないので、特に突っ込むことまではしない。
現場から少し離れた指揮所を離れ、マリアを伴って作業現場へと赴く。土木作業がしやすいように、戦時に着る貴族用の軍服ではなく、汚れても構わない作業着姿だ。おかげで俺がやってきたことにしばらく兵達は気付いていなかった。
「……わ、若!」
「若様だっ」
「作業やめーっ、若様の御成なるぞ!」
現場指揮官が声を張り上げて作業を中止させようとするが、それを手を振って止めさせる。
「構わん、作業を続けろ。俺も混ざる」
「は、しかし若にこのような泥に塗れる仕事など……」
「お前、俺が何と呼ばれているか知らないのか?」
「は、いえ、それは、その」
面白いくらいに狼狽する現場指揮官。こいつも俺が何と呼ばれていたか、知っているのだろう。
城好きのうつけ貴公子。三度の飯より城が好き。いつもそばに女の従者を侍らせているが、その実それはカモフラージュで、本当は城にしか興味が無い云々。ここ最近は軍を率いる場面が多くあったせいで俺を悪し様に言う評判は鳴りを潜めているが、父が元気だった少し前までは散々言われたい放題だったのだ。
だからといって今さらそいつらを粛清しようとかは思わないが、まあ実際にそう言われるくらいには城のことしか考えていなかったのも事実。その趣味が高じてこうして実戦に役立っているんだから、人生何があるかわかったもんじゃない。
「そういうことだ。領主代理の権限で好きにさせてもらうぞ」
「は、はぁ」
俺の強い態度に押され、そのまま引き下がる現場指揮官。彼には申し訳ないが、俺はこのために戦をしていると言っても過言ではない(いや、過言だが)。やるべきこととやりたいことが一致しているなら、それはすなわち「やれ」という神々の思し召しなのだ!
「こうして間近でお言葉を交わすのはこれが初めてですが……自由な御方ですなぁ」
「おや、不敬発言ですか?」
「いえ、とんでもない。このくらい型破りな方のほうが、戦にも勝てるというものでございます。きっと若様はこの大陸に覇を唱える立派な御方へとおなりになるでしょう。その最初の一歩がこれなのだと思うと、年甲斐もなく気が昂ってきてしまうのです」
「……そうですか。であれば先ほどの発言は不問といたしましょう」
「恩に着ます」
背後で何やらマリアと現場指揮官が話しているのが聞こえてきたが、あえて細かくは気にしない。風属性魔法で聞き耳を立てれば聞こえなくもないが、それは無粋というものだ。本当に報告しなければいけないことならば、後で必ずマリアが報告してくれる。家臣らのプライベートな会話にいちいち耳をそばだてるのは、主君として少し違うだろう。
「よし、お前達! 今からここを一気に『成形』していく! それが終わったら小天守を乗せる地盤の改良工事だ!」
「「「はッ」」」
「いくぞ、――――『成形』っ」
土属性土木魔法『成形』。土中に魔力を流すことで、意のままに土を操作する魔法だ。原理は実に単純。だが単純だからこそ、小細工や誤魔化しの利かない魔法でもある。
「「おおお……っ」」
「凄い、あんだけ広い範囲をこんなに綺麗に……」
「さすが若様だ。城好きってのは本当だったんだな」
「おれも同じ土属性の魔法士として、あれくらい達者になりてぇなぁ」
「お前だって充分すげえだろ」
「いやいや、おれなんてまだまだだぁ」
幅で言うなら四、五メートル。それを長さ二〇メートル分ほど『成形』し、堀と土塁を形成したまでだ。同じ作業は一般的な魔法士が数人いれば簡単にできてしまうほどのことでしかない。
だがそれを一人でやるのはなかなかインパクトがあるのだろう。規格外というほどではないが、わかりやすく凄さが伝わる光景だ。しかもこれは自慢だが、『成形』の精度が並の魔法士と比べて段違いに高いので、見る者が見れば一目で完成度が高いとわかるのだ。
「これなら水も染み込まねぇ……。そうか、脆い地盤の『成形』はこうやるのか……」
俺の造り上げた土塁を手のひらでざらりと撫で、そんなことを呟く工兵が一人。どうやら俺は職人の卵を孵化させてしまったようだ。同じ城職人として歓迎すべき出来事である。
「さて、次は『締固め』だな」
緩い地盤には、高い圧力を掛けて土壌を踏み固めてやらねばならない。それを人力でやるのは一苦労なので、今回は魔法で代用してしまうのだ。
設計図にある小天守より一回り広い範囲に盛られた土へ、崩さないように気を付けつつ上から巨大な透明の
しっかりと踏み固められた基礎は、遠目にはさながら岩のように見える立派な土台となる。これも美しい城を構成する要素の一つだ。最近は石垣にご執心の俺であるが、こういった昔ながらの土塁もまた良いものである。
「く、
空隙、とは土壌内の砂同士の間に存在するわずかな隙間のことである。これが少ないとそれだけ密度の高い立派な地盤になるわけだが、素人が成形した基礎は空隙まみれで見ていられないのだ。しかも素人は無自覚にそれをやる。それがまずいと知ってからが一流の土木屋と言っても言い過ぎではあるまい。
その点、先ほどの土魔法を使う工兵君は結構な知識の持ち主であるらしい。これは次回以降の築城作業でも、積極的に登用してもいいかもしれないな。そうして少しずつ俺の技術を吸収して、いつしか俺を支えられるだけの立派な工兵に成長してもらいたいものだ。
「おい、そこのお前」
「は、おれですか⁉︎」
まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったのだろう彼が、飛び上がって敬礼する。流石に畏まりすぎな気はするが、貴族と何の縁もない一般家庭育ちの士族階級なら当たり前の反応なんだろう。
「名前は何という」
「……げ、ゲルハルト・モーツァルトですっ」
「そうか。覚えておこう」
それだけ言い残して、俺は次の現場へと向かう。つい先ほどどこかから地下水が湧出したという報告を受けている。俺には全軍の指揮官として、その現場を見ておく必要があるのだ。
「お、おれなんかまずいことしたかな⁉︎」
「い、いや、むしろ逆じゃねーか? お前の技術が凄かったからきっと若様の目に留まったんだよ」
「そうかなぁ」
「そうだよ! きっと!」
何やら後ろが騒がしいが、今はそんなことに構っている暇はない。四連一夜城の築城責任者にして全軍の指揮官たる俺に、無駄な時間を過ごす余裕などこれっぽっちも無いのだ。
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