第3話 ジークフリートのあくどい策略
リントブルム伯爵家。領民六〇万を擁する中堅どころの在地貴族で、先祖はロムルス王家に連なる名門貴族であったという。現在の当主、ゴットフリート・フォン・リントブルムは病床に伏しており、嫡男の
そんなリントブルム伯爵家が抱える常備兵の数は約一万。これだけ聞くと少ないように思えるかもしれないが、あくまでこれは常備兵の数である。言い換えるなら職業軍人。プロの兵士。農閑期に徴兵される農民兵ではなく、一年中ひたすら戦闘訓練と憲兵としての仕事のみに明け暮れているゴリゴリの武闘派集団である。
当然、その実力は折り紙付きだ。比較的恵まれた食生活を送り、弓術、槍術、魔法、剣術、薙刀、盾、馬術など多岐にわたる武の道に習熟した戦士達。しかも彼らは一定の学問も修めているから、戦場における合理的な兵の動かし方や騎士道精神、神学にまである程度は通じているのだ。
そんな兵達一万に加え、農閑期の今は農民兵も徴集できるため、現在我がリントブルム伯爵軍の総数は三万ほどに膨れ上がっていた。
一介の伯爵家にしては分不相応なほどに充実した、侯爵家並みの兵力。これもリントブルム領が豊かな土地に恵まれた幸運ゆえだろう。
一万ほどは領内の守備に残してあるが、それでも二万の大軍がこうして北へ向けて進軍している様子は壮観の一言に尽きる。馬上から隊列を眺めるたび、俺は初陣の緊張とともに味方の頼もしさを実感するのだ。
「しかし凄えなぁ、若は。これだけの兵をよく集めたもんだぜ。いくら刈り取りが終わってるからって、なかなか大変だったろ?」
近くにいたヨーゼフが馬上から話しかけてきたので、暇潰しがてら俺も話に乗ってやることにする。
「軍資金がたんまりとあったからな」
「ジーク様の商人後押し戦略が見事に功を奏しましたね」
俺が北隣のイゼルローン家と事を構えると決定してから、家臣達は見事に己の職責を全うしてくれた。おかげで兵の動員は滞りなく完了したし、糧食の備蓄も、武器の整備も、城郭の修繕と改築までもが予定通りに済んでいる。
むろん俺も領主代理としてできることをやったつもりだ。その最たるものはやはり城郭の整備と侵攻作戦の立案だが、他にも商人を活用した軍事費の調達もこなしていた。
具体的に何を
これにはいくつかの理由があるが、まず大前提として他領地からの商人の流入があると密偵が紛れ込む可能性も膨れ上がる。なので、そうならないように受け身の姿勢からへ積極的な姿勢へと方針へと転換したのだ。
相手側からしたらやりにくいことこの上ないだろう。何しろリントブルム領からは
そんな敵に塩を贈るような真似をして大丈夫なのかという意見も当然出たが、そこは心配ない。俺達は戦争前の特需で物価を吊り上げて儲けることができる。その儲けた金で軍事費を調達し、こちらから先制攻撃を仕掛けることで周囲に対する軍事的優位を確保。短期決戦で北と東の敵を排除して東部を平定したら、あとはまだ消費されきっていない元リントブルム領産の物資をこれでもかとばかりに安く買い叩いてそっくりそのまま回収するのだ。
物資を
この一見無茶な作戦を取ることができるのも、今年のリントブルム領の税収が比較的安定していることに加えて、今が収穫直後のおかげで財政に余裕があるからだ。戦を起こすにはタイミングこそが最も重要だが、今はまさしくその好機というわけである。
「ジーク様。もうじき領境に差しかかります。警戒をお促しください」
「ああ、わかった」
マリアの忠告を受けて、俺は兵士らに響くよう風属性の拡声魔法を使って軍全体に注意を促す。ちなみに俺は土木系以外の魔法はてんで駄目で、特に戦闘系魔法に至っては雑兵の足下にすら及ばないが、こういった指揮系の魔法だけは死に物狂いの努力の果てに習得していたりする。いくら魔法が苦手といっても、流石に軍を率いる者が拡声魔法を使えないというのは致命的だ。
まあ、そのおかげで今では音量だけでなく声の届く範囲までもを指定できるようになっているので、全軍に響く声で話しても敵に悟られることはないという我ながら大した魔法になったと自負している。
「皆の者! これより我が軍は敵領地へと踏み入ることになる。越境しての作戦行動は先代以来、実に十数年ぶりだ! 各々、覚悟して参られよ!」
ザザ、と
「さてと、ヨーゼフ」
「何だ? 若」
軍が前進を再開したのを眺めながら、俺は腹心の一人である騎馬弓兵隊長のヨーゼフに命令を下す。
「これより騎馬弓兵部隊は所定の位置に散らばり、敵の奇襲に備えよ。お前には最先鋒の栄誉を与える」
「ははーっ! っしゃあ、絶対に敵幹部の首級を挙げてみせるぜ!」
そう言ってやる気に満ちた笑顔で力こぶを作ってみせるヨーゼフ。領内一の弓の名手たるこいつなら、間違いなく大きな軍功を上げてくれるだろう。
「いいか、ヨーゼフ。特に指揮官らしい相手を狙うんだ。雑兵は後でどうとでもなる。まずは頭だ。頭を刈り取られた軍隊は脆いぞ」
「任せとけよ! そのために色々と勉強してきたんだ。……
甲冑。まあ確かにそうだ。金属製の甲冑は重いし、値段も家一軒建つ程度には高いので、全兵士に行き渡らせるのは限りなく難しい。ゆえに板金鎧を着ている人間が指揮官という認識は誤ってはいない。ただ……。
「もちろん鎧の騎士も指揮官で間違いないが、全身が金属で覆われたような敵を弓で射抜くのは難しいだろ。戦闘に参加していない、指示を出している人間を探すんだ」
「オレなら甲冑越しでも射抜けるぜ!」
「そ、そうか」
まあ、確かにヨーゼフならそのくらいやってのけるかもしれない。筋肉凄いし。脳筋のくせに弓魔法だけならなぜか使えるらしいし。
「私はいかがいたしましょう?」
「マリアは俺のそばにいてくれ。戦の状況次第では、総指揮官の俺自ら敵に突っ込まなくちゃならん展開も出てくるだろう。その時にマリアがいてくれたら心強い」
「かしこまりました」
珍しく少しだけニヨっと表情を崩したマリアが、小さく一礼して引き下がった。どうやら頼りにされて嬉しいみたいだ。まったく、実に可愛げのある奴である。
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