Day31 またね

「ねぇ、見て! スゴイでしょ! これが本当のボクだよ!」

 ふわり、と桃色に輝く羽が舞う。広げた掌よりも大きくて、羽ばたくたびに光の粉を振りまくそれは、思わず息を止めてしまう程に美しい。羽の主たる妖精は、 ちっぽけな体で堂々と胸を張る。

「今までありがとう! じゃあ、ボクはもう帰るね!」

 あっ、と声を上げる暇すらなく、妖精はふわりと飛翔する。猫よりもずっと鈍い僕は、軽々と空へ昇る妖精を捕まえることはできない。桃色の光はもうずっと彼方に。待って、という声すら届かない――


 ……そんな夢を見たせいか、ひどく気分が悪かった。

「何してんのー? かき氷ってヤツにやられた?」

「……頭が痛いわけじゃないから」

 ムスッとしたまま呟く。うちの妖精――羽をなくした、マヌケなヤツ――は、僕の顔をしげしげと覗き込んでいたが、やがてクスクスと笑い出した。

「お昼寝しよーよ! 寝れば治るよー」

 妖精は、いつも元気だ。それに勝手だ。笑いながら小さな手脚を投げ出して、僕の腕に座る彼を見ながら、今朝見た夢をふと思い出して、奇妙な気持ちになった。

「どうしたの?」

 デリカシーのデの字も知らない彼にさえ、心配されてしまうような顔をしているのだろうか、今の僕は?

「……君はさ、羽を取り戻したら、どこかへ行っちゃうの?」

 ああ、ついに訊いてしまった。返事は聞きたくない、だってわかってるから。彼には戻るべき場所があるって、それも当然だって……。

「え、なんで?」

「……え?」

 妖精は、きょとんとしている。いや、それは僕の方。

「羽が戻ったらー、そりゃまずはキミに自慢するでしょ。すごいでしょ、かっこいいでしょって! それはとーぜん! で、一応兄弟達にも挨拶くらいしとくかな。最近全然顔見せてなかったからね! ついでに、お土産ももらってくるよ! 気になるでしょ、妖精界のお土産」

 そんなご当地土産みたいな。

「……君は妖精で、僕は人間だ。いつか、離れるのが、普通じゃないの」

「友達と離れるのが、普通なの?」

「…………」

「心配しないでよ! ボクはボク、キミはキミだよ。だから、何かあってもそれは、さよならじゃなくて、またね、だよ!」

 だから、泣かないでよー。妖精は背伸びして、僕の頬を撫でている。泣いてない、いらない、ほっといて。そんな言葉を絞り出そうとしても、喉の奥が嗚咽で詰まって、何も言葉にならなかった。

 夏の終わり、暮れていく宵。蝉時雨が、薄紫色の空を揺らしている。


【終わり】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒトと人外 ~近くて遠い隣人~ 鳥ヰヤキ @toriy_yaki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ