Day24 朝凪
瞬間、風が完全に止んだ。夜はすっかり明けて、朝の光が差し込んでいた。
「これでもう、お前を縛るものは何もない」
男が漁船の生簀を開けると、おずおずと暗闇から出てくるものがあった。それは蛸のような、魚のような、蟹のような姿をしていた。しかし粘ついた触手の裡からそっと縁を掴む掌は、幼子のようにも見えた。
『彼』は怯えた様に震えながら、一言も物を言わずに生簀に満ちた生ぬるい海水から身を乗り出した。震えるあまり滑る体を、男が槍を持たぬ腕でそっと支えた。
二人の他に、甲板に動くものは何もない。船長、乗組員、以下全ての人は物言わぬ屍となっている。男の持つ血濡れの槍が、その死の証人だった。
「行こう」
男は『彼』を優しく抱き上げると、海へと身を翻した。男の逞しい尾鰭が朝日に濡れながら跳ねたかと思うと、もう二人の姿はどこにも見えなかった。
凪いだ鏡面のような海に、一艘の朱色の船だけが残されていた。
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