Day22 雨女

 大雨の中、傘も差さずに歩いていた。どうでもよかった、何もかもが。

 寒くはない。夏の雨に打たれていると、水の膜に包まれているようで、ぬくもりさえ感じる。原始的な爽快感、肌を叩くリズム。立ち止まって、叫んでみた。天に向かって開けた口の中にも喉にも雨が飛び込んできて笑えてきた。

 笑いながらフッと前を向くと、女が立っていた。さっきまでは誰もいなかった筈。まあ、ここまで雨が強いと、人が来てもわからないか。

「…………」

 黒い髪、黒いワンピース、黒い靴。まるで喪服みたいな格好で、傘も差さずに。お揃いですね、と頭の中で思ったら、向こうも笑った。

「…………」

 手招きされる。何となくついて行く。女はこちら向いたまま、水の上を滑るように移動する。きっとこの世のものじゃないんだって、わかり始めていた。

 轟々と、流れる川。その橋の上で、女は静止した。そして、両腕を広げて、ニコリと笑う。

 呼んでいる。

「…………」

 そうだな。行ってもいいな。だって、俺は大事な人に捨てられた。フラれたんだ。

 愛していた。何でもしてあげたかった。何がいけなかった、何が足りなかった。彼女は決然と怒っていた。でも、少し申し訳なさそうだった。たれるくらいでよかったのに、そんな惨めそうな顔をさせた事が、何よりも不甲斐なくて。

「……ダメだ」

 ダメだ。そっちには行けない。ぐしゃりと、その場に座り込む。

 俺、まだ彼女が好きだ。

「…………」

 ……あんなにうるさかった雨の音が止んでいた。顔を上げると、もうあの黒い女はいなかった。ずぶ濡れの体で起き上がって、橋の欄干を掴みながら、轟々と流れる川の流れを見下ろす。

 花束を一つ買おう、と思った。その花束をここに投げて、それから、今後のことを考えよう。頭の中は、不思議と静まり返っている。雨に洗われたかのように。

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