Day20 摩天楼

「私が生きていた頃も、こんな建物があったよ」

 へぇ、と話半分に聞く。この幽霊はいつも夢みたいなことばかり言うから。白い布みたいな服を翻し、白銀色の体を浮かせながら、彼は高層ビルを見上げてニコニコと笑い、歌う様に語る。

「それこそ、天に届かんばかりの塔だったよ。土台もそれはそれは大きかった。それ自体が一つの街、いや国だった。ぐるりと円を描くように塔の中心を伸ばしていってね、大勢が一生涯を奴隷に費やしようともまだ完成しなかった。誰も壊そうだなんて思わなかった、金と時間をいくら掛けてでも、目指したのは完成だけだった。何が我々をあそこまで惹きつけたのだろう。文字通りの死力を尽くして、最後の一人になっても石を積み上げて、そして……」

 僕らの間を、強いビル風が通り抜ける。乾いた土埃のように冷酷に。

「……そして?」

 沈黙に耐えられなくなって、僕は訊いた。彼は何でもないように「うん?」と笑いながら振り返る。

「君たちもよく知ってる話じゃないか? 神様がその塔を打ち壊した。もう跡形もない」

 見上げる目は、何を見ているのだろう。決して、ビル街を見ているわけではない。

「それでよかった。終わってくれてよかった。見果てぬ夢程豊かで芳醇な言語はない。人生を希望で満たして輝かせてくれる、死の間際まで。けれど叶わぬ夢に熱狂しているだけじゃ、腹は膨れないからね」

「……よく分からないな」

 そしてきっと、分からなくていいのだろう。幽霊は宙に浮いたまま、彼方を見ている。それは彼の過去なのだろうか。蜃気楼のように浮かぶ遥かな摩天楼なのだろうか。

 彼はまだ、その夢を見ているのだろうか。

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