Day10 散った

 桜の花がはらりと散った。既に薄桃の色よりも新緑の方が余程多い。霞みがちな空も、やがて湿り気を帯びた梅雨模様になり、そして晴れ渡る夏へと変わってゆくだろう。

 季節が移り変わることは素敵なことだ。しかし、桜が散るこの時期だけは、少し胸が痛くなる。

「…………」

 桜の古木の下に、いつも同じように佇む幽霊がいた。俺が子供の頃から彼はそうしている。透き通った体は風が吹いただけで煙の様に揺らめき、そのまま消えてしまいそうな程に儚い。

 そんな彼が、桜の季節だけは、淡く色づく。仄かに頬に生気が灯る、眼差しに光が差す。体の中に、花びらを通しながら。

「……また来年も、咲くよ」

 だから俺は、毎年そう声を掛ける。きっと、少しも聞こえてはいないだろうし、俺も彼が何者かすら知らないけれど。

 そうするとほんの少しだけ、彼が微笑んでくれるような気がするから。

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