Day04 アクアリウム

 海で生きる彼女の姿があまりにも美しかったので、持ち帰って永遠にしようと思った。大量の海水、珊瑚礁、海藻、砂と岩石――海をパックリと切り取ったかのようなアクアリウム。

 魚の尾を翻して泳ぎ、鱗で覆われた腕でガラスを撫でる。抵抗せず、悲鳴も上げない。人魚は歌うという伝説もあったが、彼女は水中でただ口を噤んでいる。

 こちら側から手を振ると、滑らかに揺れる髪と共に振り返る。何も知らないような青い目、女神のように美しい肢体。

 永遠にこのままにしよう。最上の美の刹那がここにあるのだから――しかし、そんな願いも儚いもの。

 永遠であるのはお前だけ。私は永遠ではない。どこからか、人魚が捕らえられているという噂が漏れたのだろう。私は撃たれた腹を押さえながら、この部屋に戻った。死ぬならば最後に、この美を胸に納めながらと――。

 血濡れの掌でガラスに寄り掛かる。人魚が振り向き、私の方へ泳ぎ来る……いや、違う。

 やっと気づいた。

 ガラス越しに掌が触れる。彼女の青い目が見ているのはもっと遠く。遥かな海――ずっとずっと、そうだったのだ。

 アクアリウムを破壊する。大量の水と共に飛び出した人魚を抱き留める。死ぬ前の最後の仕事が見つかった。急いで車に走らなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る