第4話




「さぁお手をどうぞ、我が婚約者殿」




馬車を降り歩いて国境門をくぐると、ソレイユは仰々しく紳士の礼をとった後リーリエに手を差し出した。


その手を取り、導かれるままに進んだ先は国境門の向こう、ゾンヌ王国。




入国者向けに作られた小さな町は、そこで暮らす以上の民が大挙し歓声をあげている。




「まぁ…!」


「麗しい姫君の訪れを民もこのように歓迎しています。さ、馬車はあちらですよ」




お道化たように笑うソレイユが馬車を指さす。しかしそれは門から随分と離れており、普通に歩く分には問題ない距離だがこうも民に囲まれていては満足に進めない事がわかる。




どうするのか、とリーリエが疑問を視線に乗せてソレイユに向けると彼は微笑を深め頷いた。




「何も問題はありませんよ。


 ゾンヌは民との距離が近い国ですが節度を弁えていますので…一歩踏み出せばわかります」




こうしてね、と手を取り合ったままソレイユが一歩進めば、民は波が引くように後退り問題なく歩けるほどの幅を空けて跪く。


それはけして権力で抑えつけられるようなものではなく、礼を重んじる者達特有の心強い敬意が感じられる姿勢だった。




「皆の温かな出迎え感謝する。


 後日王宮から正式に発布されるが、此度私ソレイユ・レーヴェ・ゾンヌの婚約者としてブラン王国よりリーリエ・エトワイレ・ド・ブラン王女をお迎えした」




ソレイユの堂々とした言葉に民は再び沸き立つ。


ソレイユの名、リーリエの名に万歳を付けた歓声が幾重にも重なっていく。




「折角の機会です、一声いただいても?難しいなら手を振るだけだって構いません」




大歓声は未だ止まず。




リーリエにとって歓声はそう珍しいものではない。


王家の末娘として家族は元より多くの民に愛されてきた自覚はあるが、ここはゾンヌ王国であり生まれ育った国ではない。


ブラン王国王女としてだけではなく、王太子ソレイユの婚約者として歓迎されているのだ。




そう考えた瞬間、まるで炎を纏ったようにリーリエの身体の中を熱い何かがこみ上げてくる。




傍らのソレイユに微笑みかけ、その手から離れ一人で立つ。


背筋を伸ばし胸を張り…けれど傲慢にならないよう細心の注意を払いながら。




前を向きまっすぐに立つリーリエの姿に歓声をあげていた民は静まり返り、その場にいる全員の視線が未来の王太子妃へと注がれる。




「この度、ソレイユ王太子殿下の婚約者として参りましたリーリエ・エトワイレ・ド・ブランと申します。


 温かい歓迎に、心からの感謝を」




そう言ってカーテシーをとるリーリエの姿に民は再度大きな盛り上がりを見せた。




いずれ王太子妃として、王妃としてこの民達の暮らし、笑顔を背負っていく…その自覚がリーリエの中にある熱を膨らませていく。


まるで、自分はこの為に生まれてきたのだと考えてしまいそうなほど満たされていくその感覚を噛みしめ、リーリエはそっとソレイユの隣へと戻る。




「ソレイユ様」


「なんでしょう」


「私、良き王妃となれるよう頑張りますので…どうか貴方の隣でたくさん学ばせてください」


「えぇ…共に学んでいきましょう。


 この先も私たちは同じ世界で隣り合って生きていくのですから」




























「さて、不法入国者君の話を聞こうか」




カツン、




ソレイユが持つ魔石がついた杖の先端が硬い石造りの床を突き、音を立てた。


周囲に立つ警備兵や騎士は皆ソレイユと、その正面に跪き対峙する男に背を向け不干渉の姿勢を貫いている。




劣悪とまではいかないが快適とも言えない牢の中に置かれていた男は滞在時間が短いためか薄く髭が浮かんでいるものの特に憔悴した様子はない。




「君は昨夜、我がゾンヌ王国とブラン王国を分かつ国境を許可証なく越え、不法に入国した。それに間違いないね?」




紙一枚で収まった簡素な罪状を読み上げるソレイユに、男は訝し気に眉を寄せる。


罪を罪と思っていない、困惑ともとれる表情だ。




「罪とは何の話でしょう、私は王から賜った命を遂行する為貴国へ参ったに過ぎません」


「ならば許可証を持っている筈だろう?」


「そのようなものが必要だなど聞いたことがありません」


「あぁ、殆どの場合は許可証など必要ない。


 ブランとゾンヌは極めて良好な関係を築いているから、念のため国境門で検分する必要はあるが殆どの者は何もなく行き来できる」


「ならば不法など言われる筋合いはないはずです」


「許可証は次の項目に該当する者にのみ必要となる」




「ひとつ、王族または王位継承権を持つ貴族。


これはその身を守る為に居所をある程度把握する目的がある。


お忍びで他国に、なんて物語でよく聞く話だが実際の所そんな事は不可能だね」




「ふたつ、前科を持つ者。


友好国に迷惑を掛けるわけにはいかない。


これに該当する入国者には監視役がついたりするから気持ちのいい滞在は望めないだろう。


そもそも罪の重さによっては許可書が発行されない事もあるくらいだ」




「みっつ、武器を所持する者


 理由は前科持ちと同じで、迷惑をかけることがないように。


 ただし武器をその場で捨てれば許可証無しで入国可能だし、許可書がなくても現地で申請をすれば滞在先で新たな武器を持つ事もできる。


 主に傭兵や冒険者が引っ掛かるから入国門には武器専用の捨て場を用意している」




指を折ってゆっくりと一つずつ説明を重ねていくが、男は理解できていないのか最初から理解するつもりがないのか反応は薄い。


目の前にいるソレイユが王太子であることも気付いてはいないのだろう、鬱陶しさを隠す事もしていない。




「…君が引っ掛かったのはみっつめ。


 この立派な剣を持って入国しようとしたそうじゃないか」




目線を向けると侍従は心得た動きでその剣をソレイユに手渡す。


それはブラン王国では珍しい、魔法付与がない両手剣だった。


鞘から抜けば手入れが行き届き研ぎ澄まされた刀身が全容を表し、魔力に頼らずともその役目を果たすとわかる…ある種の美しさを感じられるものだ。




「…いい剣だ」


「我がデュラン侯爵家に伝わる宝剣を軽々しく抜かないでいただきたいっ」




取り戻そうと勢いよく立ち上がりかけ、拘束用の魔道具によって逆に尻餅をつく形になった男がソレイユを射殺さんばかりに睨みつける。


しかし友好国より輸入した防御用魔道具の性能は勿論、自身の護衛騎士を信頼するソレイユにとって男の睨みなど微風にもならないものだった。




「君がいうところの宝剣とやらを持っている以上、許可証なくゾンヌに入る事はできない。


 これはブランとゾンヌ両王家が定めた決まりだ、互いの国の平和を守る為覆る事はない」




その許可を認める王自身であろうと他国へ武器を持ち込む時は許可証代わりの誓約書が必要となる。


騎士団は個人ではなく団体許可となるが、それでも武器の数など細かく確認してやっと国境門を通る事ができるのだ。


そしてその決まりがあるからこそ、民は安心して迎え入れるし渡る事が出来る。




「無礼な…!家宝を捨てろと言うのかっ!」


「たとえどんな名剣、宝剣、いや聖剣であろうと武器は武器だ。


 そもそも先程君が言った王命とやらが本当なら事前に許可証を渡されている筈。何故持っていない?」




許可証さえあれば持ち込んでも構わないと言っているのだ。


もし本当に王命を下されているのなら、下した王が許可証を準備し持たせるだろう。




「…まぁ、今回は許可証の有無よりも大きな問題がある。


 それより君は許可証のない武器の所持を咎められた際に王命だと吠え力任せに突破、侵入し我が国の勤勉な警備兵を傷つけたそうじゃないか」


「王から賜った命を妨害する方が問題だと判断し動いたまでだ!」




不法侵入者…ビゴット・デュランの目は何の濁りもない。


嘘やその場を繕う言葉で逃げようとする浅ましさなど欠片も見られない、場所さえ違えば美しいとさえ感じる真っすぐ過ぎる目をしている。


ソレイユはかつて見た同じ目の持ち主を思い出し、腹の底から嫌悪感に似た怒りが湧きたつのを感じた。




「ほう…王命を果たす為なら何をしてもいいと?」




冷え切った声に、ビゴットを除いた周囲の者達は息を呑む。


優秀かつ真摯な努力家でありながら太陽のように明るく温和な性格のソレイユからは想像できない、夜の砂漠の空気よりもずっと鋭く冷たい温度だった。




「貴様が傷つけた警備兵は三人、いずれも親や妻子がいる有望な若者たちだ。


 二人は擦り傷や打撲程度で済んだが一人は骨を砕かれ立つこともできないでいる。治るまで長い時間を要し、治っても後遺症が残れば同じ任務に就く事はできないだろう」


「しかし私は」


「王命を背負っているのだ、と?


 馬鹿らしい、先程ブラン国王から書簡が届いたよ…他国へ侵入するような王命など下してはいない、とね。


 これで貴様は正真正銘の不法侵入者、いや傷害事件まで起こした犯罪者だ。ゾンヌでの裁きが下るのをここで大人しく待つがいい」




ビゴットは国境門からここまで、一貫して自身の身分を偽る事はなかった。


王命を授かりしブラン王国騎士団所属のビゴット・デュラン。そう名乗ればいくら国が違うとしても侯爵家の嫡男であり次期騎士団長だとすぐに判明する。


ブラン国の王城へ繋がる転移陣を介して詳細全てを書き記した質疑書を飛ばせば一刻も過ぎぬ内に王と、父親であるデュラン侯爵のサイン入りで返答が返ってきたのだ。


曰く、ビゴット・デュランは現在無申請での欠勤中であり居所は把握していないが、戴冠から今日まで一騎士に王命を授けた事はなくゾンヌへの不法入国に王家は関与していない、とのことだ。


加えて、デュラン侯爵家からも除籍する旨が添えられていた。




文面だけ見ればゾンヌに全て丸投げしているようにも思えるが、捕縛された内容を考えれば当然ともいえる。


王命を偽るという事は王を名乗るも同然であり、国家に反逆する重罪となる。ましてやそれが侯爵家という高位貴族の生まれであれば、より重い罪となるだろう。


デュラン侯爵にとっても、擁護すれば一族や交流のある家々にも飛び火する恐れがある。


たとえどれだけ手塩にかけた息子であろうと正常な天秤を持つ者であればどちらを取るかは明らかだった。




そんな大罪人が友好国に不法に入国し傷害事件を起こしたともなれば、貴族子息だからと下手に返還を求め複雑にするよりは切り捨てて任せた方が国交的に影響が少ない。




(…リーリエ姫の父親としての私怨が混ざっていると思うのは邪推だろうか)




記憶にある玉璽よりも濃く、強く捺された印を見た後、ソレイユは親書を懐にしまい牢を後にする。




「あの男は今後貴族ではなく平民ビゴットとして扱い、捕縛から処罰まで全て内々に行う。


 くれぐれもリーリエ姫の耳には入らぬよう箝口令を敷け」


「かしこまりました…しかし、王命を偽るとは命知らずというか、なんというか…」




警備隊長の言葉にソレイユは眉間に寄せた皺を解き、微笑んで見せる。


「偽っているつもりはないのだろうね。


 アレが王命と思っているものがなんなのか、見当はついている」


「と言いますと?」


「何といえばいいのか…あぁそうだ。


 君の娘は去年王都の大店へ嫁いだそうだね?次男坊だったかな」


「え?えぇ。体が丈夫ではなく心配しておりましたがなんとか良縁に恵まれました」


「婚約式でも結婚式でもいいが、義理の息子に声を掛けた?」


「勿論です。娘を大切に守ってやってくれと」


「そう言う事だよ」




ハッとした顔をする警備隊長の肩を叩きソレイユは地下牢から地上に続く階段を上る。




ビゴットはリーリエだけではなく、王の事もその立場でしか見ていなかった。


下級の騎士であれば国王の顔以外碌に知らないまま忠誠を誓い任務にあたる事もあるだろうが、ビゴットはいずれ騎士団の要となり、本来であれば騎士としてだけではなく貴族として…人として関わり親交を深めていく必要がある。


しかしビゴットにはそれができない。




父親が娘を託す男に掛けた声すら王の言葉であり王命となる。


だからビゴットはリーリエを守った。初夜となる筈だった夜からずっと王命の為にその身の守りを固め続けた。


一般的な貴族である以上婚姻の意味を知らないとは考えられないが、それよりも王命が優先されたのだろう。




「さて、狂人の事は忘れて戻ろうか」




ソレイユと共にゾンヌへ入国したリーリエは王城の中で行われる婚約披露パーティーに備え身支度を整えている。


女性に比べて身支度にかかる時間が短い故、空いた時間に国境門から護送されてきたビゴットを見に王城の地下に足を運んだだけの事。




「リーリエ姫のドレスに不備はなかったかな」


「朝方ご試着なされましたがサイズなど問題はないとのことです。


 侍女達がまるで女神か天使を見ているかのように盛り上がっていましたよ」


「それはよかった。リーリエ姫はきっと我がゾンヌの新たな偶像になるだろう…くれぐれも身辺には気を付けてやってくれ」


「勿論でございます。


 王妃殿下のご指示によりブラン王国からの供を除いた全ての侍女は戦闘訓練を修めた者で固めていますのでご安心を」


「母上は相変わらずだな…今回に関しては助かるが」




ソレイユの母、ゾンヌ国王妃ジャネットは褐色肌に赤毛の大輪の花のような美貌の持ち主だが、幼い頃に見たブラン国のお姫様(実際は公爵家の令嬢だったらしい)に心を奪われ、以降ブラン王国らしい要素を持った女性を愛でる傾向にある。




その中でもリーリエはその色彩も顔立ちも、ブラン王国の女性らしさをこれでもかと詰め込んだような外見だ。


かつてブラン王国に身を置いていたソレイユが帰国する際、王に代わって迎えにきたジャネットがブラン王族の中に並ぶ幼いリーリエの姿を見た瞬間その身に電流が走ったとこれまでに何度も熱弁されている。




リーリエの一度目の結婚前にソレイユの釣書きを送ったのも政治的な意味を含んではいたがジャネットの強い希望あっての事だった。


しかし、その結果ソレイユが選ばれず国内貴族との縁談が選ばれたという事に関しては「あれほど可愛らしい姫ならば手元に置きたい気持ちはわかる」と潔く諦めていた。




ここに今回の離縁、二度目の縁談の可能性である。




ジャネットはどんな手を使ってでもリーリエをゾンヌに迎え、幸せにするのだとソレイユに熱く申し付けた。


ソレイユ自身も国内で縁談相手を探してはいたがあまり乗り気になれず、友人の妹であるリーリエならばこの上ない相手だと何の異存もなく母の意見に同意し善は急げと転移陣まで使いブランへ渡ったのだ。
















「この度我が息子、ソレイユの婚約者としてブラン王国よりリーリエ・エトワイレ・ド・ブラン王女を迎えた。


 ゾンヌ国はこの縁談を新たな風とし、更なる繁栄を迎えるだろう」




ヘリオス・ゾンヌ国王陛下の宣言に、パーティー会場中が歓喜の声で埋め尽くされる。


ソレイユ様と並び立ちカーテシーを披露し顔を上げれば貴族達は皆微笑んでいた。


少しだけ顔を曇らせている令嬢方はもしかしたらソレイユ様の婚約者候補だった皆様かもしれない。




『さ、リーリエさん。


 こちらに座って果物でも召し上がってちょうだい』


『王妃殿下、ありがとうございます』




ジャネット王妃殿下は他国の人間であるにも関わらず私に優しく接してくださり、その温かな表情は心から喜んでくれているように見える、


国王陛下は大柄でどこか大きな獣のような強さを伺わせたが、最初の謁見の際ゾンヌ入りした私の姿にどこか安心したような表情を浮かべていたし少なくとも悪く思われてはいないだろう。




『ゾンヌは果物の種類が多いから、きっと気に入るものがあるでしょう』


『ゾンヌの果物は色とりどりで可愛らしいですね。


 ブランはベリーばかりなせいか、どうしても似たような色ばかりで…』


『まぁ、ベリーはお肌にいいと言うわ。


 ブランの女性が皆色白なのは柑橘を多く食べているからなのね』


『私は王妃殿下のように健康的なゾンヌらしい肌色に憧れますわ。


 幼い頃から日焼けをしても赤くなるばかりで…』




私を気遣ってか、王妃殿下はブラン語で話しかけてくれる。


けれどここはゾンヌで、私はいずれこの国の王の横にたつ身…ゾンヌ語へ切替えなければいけないと思うが、王妃殿下のあまりに楽しそうな顔になかなか言い出せない。




「母上、婚約者殿をお借りしても?」


「あら…もう挨拶に行くの?まだ座ったばかりよ?」


「貴族を待たせると彼女の立場が悪くなりますからね」


「そんな事あるわけないでしょうに…まぁいいわ」




お手をどうぞ、そう言われて差し出された手を取ると、王妃殿下は残念そうにご自身も王の隣へと進んでいく。


もう既に貴族達は挨拶の為に並んでいて、ソレイユ様と共に並ぶ私の姿を見定めるような好奇と疑惑の入り混じった視線で溢れかえっている。


両国の友好は重要視していても、国内貴族の令嬢ではなく離縁の経歴もある王女が選ばれた事に対し何かしら思う人間もいるのだろう。




「私はこれよりブラン語を控えますので、おかしな所があれば教えてくださいませ」


「そんな完璧な発音で何を仰いますか」




ソレイユ様の隣に立ち、次々とやってくる貴族と言葉を交わせばだれが味方か、誰が敵かは自ずと見えてくる。


敵意を持つ者は思っていたよりもずっと少なく、ソレイユ様にこっそり聞いた限り娘を王太子妃に据えて権力を持とうとした単純な方達らしい。


貴族間の派閥争いや厄介な外戚の存在というものは皆無で、王族と貴族はブランと同じく平和な関係を築けているそうだ。




「両親の婚姻前はそれなりにあったそうですが、母が王家入りした事でかなり減りましたよ。


 母は国自体が後ろ盾みたいなものですから」


「国自体が後ろ盾…ですか?」


「貴族の在り方も違いますので他国には知られないよう対策をしていますが、母は下位貴族の生まれで元舞台女優なんです。


 一世風靡どころか伝説とも言われる大人気女優で、母が一声かければ民の半分…いえ、それ以上の数が領地や派閥関係なく母の元に集うでしょうね」


「は、半分…!?」


「そうことですから、父も母には弱いんです。勿論惚れた弱みもあるんでしょうが。


 先程挨拶の前に母が貴方と座り貴族を待たせて談笑したのはこの縁談を母が認めているというパフォーマンスというわけです」




挨拶を終え、一曲を踊る間に聞かされた衝撃に事実にはしたなくも開いた口が塞がらない。


確かに王妃殿下と話した際気さくな印象は受けたが、王妃として何も過不足がない品格も感じた。


下位貴族の出身、ましてや舞台女優をしていたとは到底思えない立ち振る舞い…いえ、もしかしたら舞台女優だったから?


それに一声で民の半分以上が動くだなんて、王家そのものよりも求心力があるのでは?


祖国の常識では考えられない感覚をなんとか呑み込もうとしている私の手を、ソレイユ様はより強く握った。




「そんな母に認められた以上、貴方を害する者はいない筈です。


 王女として生きてきた貴方の強さ、そしてゾンヌにはない清廉な色彩が数多の人々を魅了していき…婚姻を結ぶ頃には母の人気を食ってしまうかもしれませんね」


「…それは、過大評価が過ぎるかと」


「正当な評価ですよ。そしてその美しい貴方と婚姻を結ぶ私は次期王に相応しい、と祝福されるでしょう」




…話がひっくり返ってしまっている気がする。


王太子に相応しいから王太子妃になるのであって、けして逆ではない。


言い返そうとするものの、あまりに屈託なく笑うソレイユ様がまぶしくて…つられて笑ってしまった。


まだ脚に馴染まないゾンヌのダンスステップが、まるで羽でも生えているかのように軽くなる。




きっとこれからもこの人が私を踊らせてくれるのだろう、この国で。










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