第6話 思い? 重い?

 目を覚ました、リリアさんが俺の腕にしがみついてきたのは、完全に予想外の展開だった。


 催眠をかけたことで、彼女が少しでも楽になればと思っていたが……これは違う。


「ありがとう、サイトさん……あなたがいてくれて……本当に……良かったです……」


 リリアさんの顔が近い。いや、近すぎる。


 ドストライクの美人の顔が近いのは嬉しいんだけど、思っていた様子と違いすぎる。


 俺の腕にしっかりとしがみつきながら、彼女の目はまだどこか催眠の影響を受けているようだ。とろんとした瞳で俺を見つめ、その唇が少しずつ近づいてくる。


「えっ、ちょっと待ってくれ……」


 内心では焦りまくっているが、リリアさんはそんな俺の言葉を無視して、さらに距離を詰めてくる。


「サイトさん……あなたって、本当に素敵な人ですね。私の心を解放してくれて……今なら何でもできそうな気がするのです……」


 彼女の声が甘く響く。なんだか危険な香りが漂ってくるぞ……。


 リリアさんはゆっくりと体を押しつけてきて、やわからな胸があたり、甘い香りが俺の鼻腔を刺激する。さらに、リリアさんのしがみつく力が強くなった。


 先ほどまでの落ち込んでいた様子は完全になくなって、まるで、獲物を狙う肉食獣のような瞳の中にハートマークが見える気がする。


「私……あなたにもっと近づきたいのです……」


 その言葉に、俺は甘い誘惑を覚えた。彼女の顔は美しい。いや、間違いなく美しいんだけど……これは俺が思い描いていた「ワンチャン」とは全然違う。


 捕まったら逃げられない。そんなへびが絡みつくような感覚を覚える。


「リリアさん……あの、ちょっと……落ち着こうか?」


 なんとか冷静に対処しようとするが、彼女はますます俺に近づいてくる。


「私……ずっと自分の思いに縛られてきたの。誰にも愛されることなく、ただ自分の信仰に従って……でも、今なら違う。あなたが私を解き放ってくれたから、私は自由よ……」


 リリアさんは甘い囁きとともに、俺の肩に顔を寄せてきた。今にもキスされそうな勢いだ。


 えっ、これはヤバイ。完全に想定外の展開だ。


 確かに、彼女を少しリラックスさせてあげようと思って催眠をかけたけど、まさかこうなるとは思っていなかった。


 これは俺が思い描いていた軽い「癒し」とはまったく違う。


「リリアさん……俺は、君にもっと素敵な未来が待ってると思うんだ。だから、その……焦らなくてもいいんじゃないかな?」


 彼女の目をじっと見つめながら、なんとか受け流そうとする。だが、彼女の瞳はますます輝きを増し、笑みがゆっくりと広がっていく。


「素敵な未来……それは、あなたと一緒に過ごす未来のことかしら?」


 うわ、違う、違う! そうじゃないんだ! 俺は完全に言葉を失いそうになりながら、必死に耐える。リリアの顔が再び近づいてきて、俺はぎりぎりで顔をそらす。


「いや、あの、ちょっと待ってくれ! 俺たち、出会ったばかりだし、焦らなくても……」

「でも、私……今が一番自由なのです。だから、あなたと一緒に……」


 彼女は俺の手をしっかりと握りしめ、逃さないように離さない。それでも、俺はなんとか冷静を保とうと必死だった。これは受け入れてはいけない。


 絶対に軽くない!


「えっと、リリアさん……君はすごく魅力的だし、本当に綺麗だと思う。でも、今はもっと大事なことがあるんじゃないか?」

「もっと大事なこと?」

「俺がどうこうっていうより、君がまず、自分自身を大切にすることだ……」

「ふふ……やっぱりあなたって優しいのね。私のことを大切に思ってくれてるわ」


 彼女は柔らかく微笑んでそう言うが、明らかに俺の言葉を違う方向に解釈している。


「いやいや、そうじゃなくて! 俺が言いたいのは……」

「わかってるわ、サイトさん。私もちゃんと自分のことを大切にする。でも……あなたも私を大切にしてくれるんでしょ?」


 リリアさんはそう言って、さらに俺に寄り添ってくる。その顔があまりにも近くて、俺は思わず反射的に後ずさりしてしまった。


「リリアさん……本当に落ち着こう。これ、ちょっと違う方向にいってる気がするんだ」

「違う方向? いいえ、私はあなたと同じ気持ちよ」


 彼女の言葉に、俺はもう何も言えなくなってしまった。どうにかしてこの状況をやり過ごすしかない……。


 俺が望んでいたのはこんなことじゃない……!


 結局、俺は何とかリリアさんを落ち着かせ、どうにかしてこの場を乗り切ることができた。


 しかし、これからも彼女がこんな感じで迫ってきたら、俺の平穏はどうなるんだろう……。


 ちょっと怖いぞ、この展開!!!



 二人の女性が目の前で火花を散らしている。片方は、俺のドストライクな美人ハイエルフ、シスターのリリアさん。出会った時は銀色の長い髪に透き通るような白い肌、まさに異世界で出会った最高の美人だと思った。


 もう一方は、冒険者カンナ。小柄で可愛らしく、金髪の髪に発育のいい胸元。一見無邪気そうに見えるが、実は催眠の効果が聞きすぎて最強の冒険者になってしまったという、なんともやっかいな存在。


 美人と可愛いが、俺の前で睨み合っている。


「サイトさんは、私を助けてくれたから、当然そばにいるべき人です!」


 リリアさんが柔らかい微笑みを浮かべながら、静かにそう言った。だが、その微笑みの奥には、何か必死さというか、重いものが感じられる。


「でも、私はサイトさんと冒険してるんです! 私が強くなれたのも、全部サイトさんのおかげなんですよ!」


 カンナも負けじと笑顔を崩さずに、俺のそばいることを主張してくる。


 最近、カンナと旅を始めてから下着がなくなるのはなぜだろう。新しいの買い足さないとな。


 この二人、なんでこんなに俺に固執してるんだ……? 催眠をした際には、そんな暗示はかけていないはずだよな?


「信仰に従い、結婚するまで男性と肉体的な関係を持たない」


 リリアはそう言って貞操観念が強かったはずなのに、催眠をかけてからというもの、明らかに態度が変わってしまって、距離感が異常に近い。隙があれば、俺の腕を抱きしめようとしてくる。


 チラチラとキスしそうなほど近かったり、シスターがしては行けない妖艶な瞳を向けてくる。


 彼女は確かに美人で、エルフらしい高貴な雰囲気も持っているけど、年齢のこともあってか、行き遅れ気味な空気を感じる。


「今まで男性と距離を置いてきたことがダメだったのです。これからは積極的に行きます!」


 そんな宣言を俺にされても困る。俺は結婚をする気が今のところはないので、ちょっと「重く」感じてしまう。


「サイトさん、私たち、これからどうしましょうか? これから先も、私が支えますからね。次の旅に出てしまいませんか?」


 カンナの提案は本当に好ましい。


 リリアさんの目には尋常じゃないほどの執着が見え隠れしている。しかも、俺に対して執着心が物凄く強くなっているように感じる。


 なんかプレッシャーがかかるんだよ……。


「そうです! サイトさん、私がもっと強くなって、あなたを守ります!」


 カンナはカンナで、俺を「守る」とか言い出して、献身的に人助けを後押ししていた。


 リリアさんとカンナは顔を合わせてから、時折お互いを睨み合いをするようになった。


 表面上は微笑を浮かべているけど、明らかにバチバチと火花が散っているのが分かる。俺の存在を巡って、二人は暗黙の戦いを繰り広げている。


「あの……二人とも、そんなに張り合わなくても……」


 俺がなんとかして場を和ませようとするが、リリアは優雅に微笑みながらも、静かに言い放った。


「ふふ、サイトさんは私のためにいるべき人なのです。私たちは、特別な絆で結ばれているですから」


 重い……。特別な絆って何だよ? ちょっと催眠をかけただけじゃないか?


「でも、サイトさんと一緒に冒険してるのは私ですよ。サイトさんが、私を選んでくれたんです!」


 いやいや、俺は誰も「選んでない」んだけど? 困っていたから催眠をかけただけだよね?


「あなたのような子供には、サイトさんの本当の価値は分からないわ。彼は……もっと特別な存在なのよ」


 うわ、来たよ。リリアさんのこの「私だけが彼を理解している」ってやつ。


 確かにリリアさんは美人だけど、こんな感じで重く絡んでこられると、ちょっと引いてしまうんだよな。


 カンナは負けじと笑顔を崩さずに言い返す。


「そんなことないです! サイトさんは、私を強くしてくれたんです! それに、サイトさんがいれば、私は誰にも負けません!」


 うーん、この状況、どうすればいいんだろ……?


 俺は二人の間に立ちながら、なんとかこの場を収めようとするが、明らかに俺がこの状況の原因だということを実感していた。


 助けてくれ……俺に平穏を……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2024年10月12日 12:00
2024年10月12日 17:00

クラス転移で得たスキルは催眠だったので、異世界の女の子に催眠をかけまくってみた。 イコ @fhail

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ