第3話 ちょっと催眠効きすぎじゃない?

《Side金城才人》


 カンナと一緒に冒険を始めてから数日が経った。


 催眠をした日から、彼女は、俺が思っていた以上に強くなってしまった。いや、強すぎると言ってもいいくらいだ。


 俺が催眠で彼女をちょっとだけ、自信を持って戦えるようにしたはずだったが、今の彼女はまるで別人のようだ。


「サイトさん! あのデカい魔物、もう少しで倒せそうです!」


 カンナは俺のすぐ前で、片手に剣を握り、目の前の一つ目の巨人鬼に挑んでいる。


 俺は支援するつもりで彼女を後ろから見守っていたが……正直、俺が支援なんて必要なかった。


 初心者が相手にできるような相手ではないはずだが、彼女の剣さばきは驚くほど鋭く、次々と魔物を倒していく。


 元々実力があったのだろう。怯えていた心を開花させただけで、こんなに強くなるなんてことがあるのか?


 俺が追放されたときの、あのしょぼい自分とは全く違う光景だった。


 いや、待てよ……。これ、ちょっとやりすぎじゃないか?


 カンナは魔物の山の上に立ち、まるで征服者のように高らかに笑っていた。


「あはははハハ! やりました! 私の勝ちです!」


 彼女の顔は、かつての恐れに満ちた冒険者ではなく、完全に狂戦士のそれだ。


「ははは! サイトさん、見てください! この魔物たち、全然怖くないですよ! 私の方が強いです!」


 カンナは笑いながら、剣を空高く振り上げる。血飛沫が舞い、魔物の山がさらに大きくなっていく。その光景を目の当たりにした俺は、思わず一歩後ずさった。


 こ、怖い……。


 確かに、彼女を強くするつもりで催眠をかけたけど、ここまでやりすぎるなんて思ってなかった。


 カンナはもはや、最強の美少女冒険者じゃないか? うん。見た目は可愛い系なのに、中身がヤバい人だ。


「サイトさん、見ててくださいね! 私、もっと強くなりますから!」


 カンナはにっこりと笑いながら、再び剣を振り下ろした。その目は燃え上がるような闘志に満ちていて、俺はその笑顔にぞくりとしたものを感じた。


「そ、そうだね……すごいね、カンナ……頑張って」


 ドン引きした俺は、どうにかして彼女を落ち着かせようとしたが、彼女はますます距離を詰めてくる。


 しかも、俺に対してなぜか誘惑めいた視線を送ってくるのだ。


「サイトさん……」


 魔物討伐が一段落して、魔石を集め(俺にできるのはそれだけだった)を終えて、冒険者ギルドに戻った俺たちは換金を待っている間、酒場で食事をすることにしたのだが、彼女は俺のすぐ隣に座り、距離が近い。


「あなたが私を強くしてくれたから、今の私があるんです。だから……もっとサイトさんにお礼をしたいなって思って」


 チラチラと上目遣いで見上げてくるが、先ほどの魔物討伐あるからね。可愛くなんてないからね。いや、可愛いけど。


 待て待て待て……。


 カンナの手が俺の腕に触れ、目がキラキラと輝いている。ギャップ凄い! でも、それダメな方のギャップ!


 彼女は以前の頼りなさげな冒険者とは違い、完全に自信に満ちている。


 その眼差しが、上目遣いでキラキラとしていても、どこか危険な獲物を狙うような瞳に見えちゃってるよ!


 彼女の顔が近づいてくるたびに、俺の心拍数が恐怖と、可愛いで上がっていく。


「お、おい、カンナ、それはちょっと……」


 彼女の視線はまっすぐ俺を捉えていて、まるで俺を見逃さないようにしているようだ。


 ここで手を出したら……楽になれるのでは? いや、手を出してはやばい。


 彼女は今、完全に何かが狂っている。


 俺は心の中で警告が鳴り響いた。このままじゃ、やばいことになる!


 なんとか換金してもらうタイミングまで耐えて、魔石の買取をしてもらったが、ヤバい。金貨の袋が五つも渡されてしまった。


「えっと、サイトさん。半分ずつでいいですか?」

「いや、俺は何もしてないよ!」

「何を言っているんですか、私の支援と魔石を集めてくれたじゃないですか」

「えっ? 支援?」


 俺、ただ見ていただけだよ。それに一人で旅ができるように護身術は習ったけど、支援魔法とかできないよ。


「はい! サイトさんが見つめてくれているだけで、私はなんだか体がゾクゾクして、いつもよりも力が発揮できたんです! だから、半分ずつで、あっもしかしてもっと欲しいですか? なら金貨の袋を私は一つでいいので、四つどうぞ」

「いやいやいや、半分でも多いぐらいだよ?!」

「そうですか? なら半分にしましょう。サイトさんと共有ってなんだかいいですね」


 カンナが嬉しそうに金貨の袋を俺に三つ渡してくるので、冒険者ギルドに預けた。冒険者ギルドは身分証に銀行のキャッシュカードのような機能をつけてくれているので、預け入れることができる。 


「カンナ、色々とありがとう……でも、そろそろ俺、街を出ようと思うんだ」


 換金も終わったので、咄嗟にそう言って、俺は彼女から距離を取った。カンナは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「そうですよね。サイトさんは旅人だと言ってましたもんね。今度はどこにいくんですか?」


 その言葉に俺は微かに背筋が凍るような感覚を覚えた。


 俺がうっかり催眠で作ってしまった最強の冒険者。


 いや、これ以上深い関係になったら、確実に危険だ。


「う、うん。決めてないんだ……カンナと冒険ができてよかった! 君が覚醒したのは君自身の潜在能力が高かったからだよ。自信を持って」

「ふふ、ありがとうございます。でも、この自信をくれたのは、サイトさんです」

「いや、俺はちょっと催眠をしただけで……」

「ちゃんとお礼をしますからね」

「えっ?」


 冒険を終えて、宿に戻った俺はかんなに最後に言われた言葉を考えながら、身支度を整え街を出ることにした。


 俺には、あまりにも強力すぎるカンナを置いて、ここから去るしか選択肢がなかった。


 これ以上、関わっていたら俺の身が危ない! そう思いながら、俺は辺境の街を後にしたのだった。


 辺境の街を出てから数日が経った。旅を続ける中で、俺は野営をすることに慣れていた。


 この世界では、街から街へと移動する間に野営をしなければならないことが多い。


 それ自体は特に問題ではないが、カンナとのやり取りが少し脳裏に残っていた。


「ちゃんとお礼をしますからね」


 彼女のその言葉がずっと頭にこびりついて離れなかった。


 

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