第1話 駆け出し冒険者と催眠の力

 あれから俺にも色々あった。


 城を追い出されて、クラスメイトたちが活躍する話を、遠くの世界の話だと思いながら聞いている。


 リュミュエール王国での人権は結局獲得することができなかった。だけど、それはどうでもいいと思う。あの場では絶望を感じたが、あんなクソみたいな王国からはおさらばするのが一番だ。


 今、俺がいるのはメストローネ帝国と呼ばれる国の、辺境も辺境の片田舎だ。


 メストローネ帝国は大小様々な国々を吸収して作られた国なので、帝国といっても、種族も違えば、人種も様々な人々が暮らしている。


 また、どこかのギルドに所属すれば、人権と呼べる身分証を発行してもらえるので、それだけで帝国の民であると認められるのだ。


 帝国の度量が大きいことに感謝だね。


 王国がいかに閉鎖的でクソみたいな国なのか、外に出て理解できた。


「す、すみません、私……もう冒険者なんて辞めたほうがいいですよね……」


 俺が考え事をしている横で、本日の反省会をしている新人冒険者のカンナが落ち込んでいる。


 彼女は駆け出しの冒険者で、小柄な見た目に俺と同じ10代半ばくらいのため、声をかけて一緒に冒険をすることにした。


 だが、彼女は、大きな問題を抱えていた。


 肩にかかる金髪の髪が、少し揺れるたびに、どうしても目が引かれてしまう。可愛い。そう思うのも無理はない。


 異世界に来てから初めてこんなに近くで話をする美少女が目の前にいるのだから。


「魔物が……怖いんです。いざ戦おうと思うと、体が固まって……それで……このままじゃ、足手まといになってしまうって……」


 彼女の声は震えている。なるほど、冒険者としてやっていく自信がないという悩みか。内心で俺は少しだけ、ニヤリとした。


 実は、俺はこの世界に来た際に、戦闘スキルではないからと言われ、追放されてしまった。


 今となって平和にあの王国を出られたので、幸福だと思っている。

 

 何が言いたいかというとだな。


 催眠は、前よりも多少はマシなスキルにレベルアップしていた。


 異世界の可愛い子に催眠術をかけて、ちょっとしたイタズラくらいならいいよねと思う程度には。


「まあまあ、そんなに自分を責めることないって。俺に任せてみなよ。ちょっと楽になるからさ」


 そう言いながら、俺はいつもの五円玉を取り出し、糸に通して振り始める。


「なんですかそれ?」

「おまじないみたいなもんだよ。いいかいいから、少しだけ付き合ってよ」

「おまじないですか?」

「そうだよ。催眠って言ってね。少しだけ君の心に暗示をかけて気持ちを強くしてあげるんだ」

「そんなことできるんですか?! お願いします」

「了解、まずはこの5円玉を見つめてね」


 俺は嘘をついていないが、この世界では催眠はあまり知られていないので、相手はすんなりと受け入れてくれる。


「だんだん、あなたはリラックスしていく……心が軽くなる……体も軽くなる……そして、勇気が溢れ出てくる……」


 目の前のカンナは、どんどん催眠にかかっていくようだ。目が少しとろんとして、呼吸も落ち着いている。


 俺の言葉に合わせて、彼女の心に潜り込みながら、少しずつ自信を植え付けるつもりだった。


「私の体が軽くなって、心も軽くなって、勇気が湧いてくる」

「そうだよ。あなたは……そう、魔物に恐れずに立ち向かうことができる。どんな魔物でも怖くない。むしろ、あなたは……強くなる……魔物を相手にしたら最強の冒険者に早変わりだ。どんな魔物でもすぐに弱点を見抜いて、そのための勉強を怠らず、強くなるんだ……」


 可愛い子にちょっと自信をつけさせて、あわよくば何かお礼でももらえたらラッキー。


 そんな軽い気持ちで言葉を続けていたが、まさかその結果が後に大きな騒ぎを巻き起こすとは、この時の俺はまだ気づいていなかった。


「……強くなる……」


 カンナが小さく呟いたその瞬間、彼女の体に何かが宿ったかのように、ふっと目が覚めた。


「はい。催眠終わり」

「ふぅ……なんだか、すごく力が湧いてくる気がします!」


 カンナはぱっと立ち上がり、目に見えるほどに活力に満ちた表情をしていた。


 俺は少し驚いたが、内心では「上手くいったな」とほくそ笑む。まあ、これくらいは予想通りだ。


 だが、次の瞬間、彼女の行動が予想を超えるものだった。


「ちょっと試してみますね!」


 カンナは外へ飛び出していってしまった。


 お礼のイチャイチャを期待していた俺としてはガッカリだ。


「あっ、ちょっ!」


 あっという間に冒険者ギルドを飛び出していくカンナを見送って、残っていたカンナのコップに口をつける。


 キモいかもしれないが、間接キスぐらいのお礼は欲しい。


 一人寂しく宿に戻って眠りについた翌日、俺が冒険者ギルドに行くと少し騒ぎになっていた。


「何かあったの?」

「あっ! サイトさん!」


 そう言って彼女が俺に歩み寄ってくる。


 彼女は飛び出して行ったかと思うと、その足で魔物討伐をしていたようだ。まさかと思いながら、彼女は驚くほどの快進撃を果たしていた。


 彼女は一瞬の躊躇もなく、大きな魔物を次々と打ち倒していったそうだ。まるで、今までの不安が嘘のように。強くなりすぎじゃないか……?


「嘘だろ……」

「これも全てサイトさんのおかげです! 受付さんに聞きました。それはきっと支援職のバフ効果であなたを強化してくれたのよって、ありがとうございます!」


 物凄く勘違いをされている。俺はカンナとムフフな展開を期待して催眠をかけただけなのに、彼女はアマゾネス級に強くなってしまった。


 あっという間に周りの冒険者たちの注目の的となり、カンナはいつの間にか「強い新人冒険者」としての名を馳せていた。


「改めてありがとうございました! サイトさんのおかげで、私はこんなに強くなれました! 本当にすごい方ですね……! これからも、どうか私を導いてください!」

「え……?」


 俺は思わず硬直してしまった。まさか、こんなことになるなんて予想もしなかった。

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