第30話
『遅くなってしまったし、雨だから送って行くよ。もう少しで終わるから待っていてくれ』
『いえ、大丈夫です。置き傘を使います』
『だが』
『いつも送っていただいて本当に感謝しています。これ以上迷惑を掛けてしまうのは申し訳ないので、今日くらいは一人で帰ります』
何か言いかけようとしていたが、葉山さんがスタッフに声を掛けられるのを見計らって素早く頭を下げて店を出た。
土砂降りの中を傘を差して歩いところで、一瞬でずぶ濡れになってしまった。
帰り道の路地裏に人だかりができている。
無意識の内にヒソヒソと話し込むわりには動こうとしない通行人の目線の先を辿ると、そこには汚れ切った灰色の病院服のようなものを着て、壁に背凭れ掛かっている男がいた。
訳ありなのは一目瞭然だ。
生死も定かではなく、ボロ雑巾のように傷だらけの男に『大丈夫ですか』の一言も声を掛けるものはいない。
無理もない。
皆、一日を生きるだけで精一杯なのに、他人を気遣う余裕なんてない。
生きることすらままならない腐った世界に、救いを求める方が愚かだ。
『ぅう‥‥あ゛ぁ』
呻き声と共に男が動くと、悲鳴が上がり人だかりが消えた。
人が逃げた先に助けを求めるようにして手を伸ばすと、やがてうつ伏せになって地面を這うようにしてもがくように前へと進む。
しかし、力尽きたのかすぐに動かなくなった。
ーーもういい。
もう、こんな人生なんてどうでもいい。
いつか朽ちる日を待ちながらただ息をしているだけの日々に、何の意味があるのか。
同じだ。
今の私は、腐敗臭を漂わせながら腐っていった父親と大差ない。
ーーなら、いっそ終わらせてやる。
こんなくだらない人生に終止符を打ってやる。
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