第29話

『怖かっただろう。辛かっただろう』




母の働いていたレストランのオーナーにツテがあったのが不幸中の幸いだった。



同情する様に抱き締めて慰められたが、やはり涙は出なかった。



強盗に入られたことは恐ろしかったと思うが、父親が殺されたことには何の悲しみの感情が湧いてこない。



呆然としたまま後始末を全て葉山はやまさんにやってもらい、流されるままにレストランに居候させてもらうことになった。



腐敗臭が鼻に染み付いていること以外は、依然となりも変わらないように感じる。



やはり私は何かが欠落した人間なのかもしれないと改めて思った。



レストランで働かせてもらいながら貯金をして、あくまで他人の葉山さんにこれ以上迷惑を掛けるのは悪いと思い一人暮らしを始めた。



葉山さんは凄くいい人だ。



凄く反対されたけれど、店の近くに住み一人では絶対に出歩かないことを約束させられた。



そして、天涯孤独となってしまった私を心配して、必ず送り迎えをしてくれている。



必要ないとは思いながらも、恩があるので邪険にすることは出来なかった。



一人暮らしを始めた日に、私はナイフで自分の体に大きな傷痕を付けた。



あの日、父親が殺されても泣くこともできなかったことで、一人で生きていくことを決めたのだ。



自分の身は自分の身で守るしかない。

 


こんな欠落した人間だ。今更殺されたところで未練はないが、体まで好きにされるのはごめんだ。



その一心で、自分の身を切り付けた私は異常にすら思えた。

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