第4話

そして、まるでそれが合図とでもいうように、ビルから一瞬にして人影が消える。





「おいっ!どこに行きやがった!」


「早く探せ!」




途端に我に返ると焦ったように、次々と銃を構え出す男達。



だが、電灯もない暗闇の中で音も無く消えた人物を探すのは安易ではない。






ーー逃げるなら、今しかない。



固唾を呑み込んだ少女が、意を決して逃亡を試みると、突如視界が闇に包まれた。



周囲から音が止む。



声が、出ない。



得体の知れない、人かも分からない生き物から視界と口を塞れている状況があまりに恐ろしかった。顎は震え、歯と歯が噛み合わずにヒュッと喉が鳴るだけだ。



布越しに伝わる何者かの陶器のように冷たい手の感触に恐怖という感情に支配される。 








『危害を加えるつもりはない』





機械的な声が、耳元で鳴る。



人の声にしてはあまりに無機質だ。変声機のようなものを使っているのか。



喋り方も人物像を特定させないようにわざと淡白にしているらしい。




ーー浮遊感がする。



固く瞑っていた目を開くと、何者かの肩に担がれていた。







『大丈夫。掴まって』



そんな心情を察したのか機械的ではありながらもその声は少し和らいで聞こえた。



だが氷のように硬直した体は、未だに動かず。



冷たいながらも気遣うような手つきで声の主の背中へと腕を回される。







「‥‥ジャンヌ、ダルク?」




近くの建物の屋上に着地すれば、建物同士の間を飛び越えながら駆け出した。


頬に突き刺さすような冷たい風を受けながら、衝動に耐えるようにその体にしがみ付いた。






『‥‥確かに、そう呼ばれている』





噂には聞いていた。



近頃、ジャンヌダルクという正体不明の何者かが〝あるじ〟の縄張りを荒らしていると。



都市伝説のようなものだと思っていた。



あの男達が言うように、このどうしようもなく腐り切った世界に救いを求めた人々が作り出した空想上の人物だと。







『自分から名乗ったことは一度もない。いつの間にかそう呼ばれていた』


「わたしを、どこにつれていくの?」




仮にジャンヌダルクが実在していたとして、こうも都合良く救いの手を伸ばされるものか。




この世界は甘くない。



それを身をもって知っている。



自分がこんな目にあったのも、ただ助けを求めてきた人に手を貸しただけ。



今にして思えば、その行動はあまりにも浅はかだった。



結局助けようとした人はその場で殺され、結果的に無関係な母を巻き込んだだけの愚か者を一体、誰が好き好んで助けるとーー。

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