第66話 いいことあるといいなあ



【はぁ……クソ共が。なんでここには俺以外のまともな奴がいないんだよ。もう滅びろ、魔王軍】


 魔王城の庭を歩きながら、俺は思わずつぶやいていた。

 もう誰が聞いていたとしても知らん。


 というか、これをスキャンダルにして退職させてくれ。

 マジで死ぬかと思ったわ。


 全身鎧の男をサウナに突っ込むとか、あいつら正気じゃない。

 フラウは分かっていて俺を苦しめるために温度を上げていたけど。


 あいつ、マジで許さん。

 すべてを押し付けてやる。


【……ん?】


 硬い決意をしている俺の足が止まる。

 ふと気になったのだ。


 足元には、クローバーの群生がある。

 普段なら見向きもしない。


 植物とかを見て、いやされるほど俺はピュアではないからだ。

 しかし、疲弊していたからだろうか。


 思わずしゃがみ込んでしまう。


【四葉のクローバーか。確か、これ見つけられたら幸運になるんだったよな?】


 見つけたのは、四葉のクローバー。

 幸運を呼び込むらしい。


 こんな信ぴょう性のかけらもないうわさにすがるほど、俺は弱っていた。


【いいことありそうだな……】


 思わずメルヘンチックなことを呟き、空を見上げるのであった。











 ◆



「はああああああ!!」


 気合の声に比例するように、鋭い斬撃が魔物を襲う。

 彼女よりもはるかに巨大な魔物だが、その一撃で血を噴き出して命を落とす。


 巨体が地面に倒れれば、ズシン! と地鳴りが起きる。

 凶悪な魔物であり、すでに人を何百人と食らっていた。


 それを、彼女……勇者テレシアが討伐したのであった。

 本来であれば、大隊規模の軍隊が動いて討伐するような、特級危険生物である。


 しかし、進化を続けるテレシアは、ほぼ単体での討伐に成功したのであった。


「はぁ、はぁ……!」


 とはいえ、さすがのテレシアでも疲労は隠せない。

 銀色の美しい髪は、汗で額にへばりついている。


 小さな身体を曲げて、息を整える。

 それだけ、この魔物が手ごわかったということもある。


 だが、それ以上に、彼女はほとんど休息をとっていなかった。

 寝る時間も惜しみ、このような巨大なパーティーを組むべき危険度の高い討伐依頼を受け続けている。


 その疲労が蓄積しているのだ。


「お、おい、テレシア。もうここまでにしようぜ」

「そ、そうよ。鍛錬も限度を超えたら、逆効果でしかないわよ?」


 そんなテレシアに付き従う仲間たちからも、自重する声が発せられる。

 ここ最近のテレシアの過密なスケジュールは、目に余る。


 自分たちを置いてまで、彼女は進もうとするのだ。

 それゆえに、彼女を想った忠告をするのだが……。


「……いえ、お二人は休んでいてください。私はまだ続けます」


 テレシアはそれをすげなく退ける。

 そのような提案や忠告など、求めていない。


 求めるのは、強さだけだ。

 鍛錬を続ければ……いや、実戦を何度も潜り抜ければ、確実にあの男の背中が近づいてくる。


 ならば、休んでいる暇なんてないのだ。


「だから、そんなに一気に詰め込んでも逆効果にしか……!」

「そんなことはありません。私は着実に力をつけています。あなたたちも分かっているはずですが」


 常人なら、そうなのだろう。

 オーバーワークをすれば、身体がついてこれず、どれほど鍛錬を重ねても力がつかず、むしろ身体を壊すことにつながる。


 だが、自分は違う。

 勇者として選ばれた自分は、特別なのだ。


 実際、テレシアの力はみるみる成長していっている。

 今日が10なら、明日は20に。


 その次の日は40に。

 目を見張るほどの、ありえないほどの成長速度だ。


 身体を休ませずとも、これほどの力がついてきている。

 ならば、休む道理なんてどこにもない。


「だ、だとしてもだ。ここまでやることねえだろ……」

「いえ、まだです。あれは……暗黒騎士は、こんなものではありませんでした。この程度では、また返り討ちに会うだけです。もっと……もっと強くならなければ……」


 これほど成長を遂げていても、まだ暗黒騎士には届かない。

 テレシアは確信していた。


 あの男は、こんなものではなかった。

 勇者である自分に絶望を与え……初めて土をつけたあの男。


 この程度で倒せるはずもない。

 また、鍛錬を重ねているのが自分だけとは限らない。


 暗黒騎士も、日々成長しているかもしれない。

 なら、一日……いや、一分でも休んで時間を無駄にすれば、それだけ暗黒騎士の背中も遠ざかる。


 もっと……もっと強さを。

 その渇望だけが、テレシアを突き動かしていた。


「ねえ! もうあいつのことを考えるのは止めましょうよ!」

「え……?」


 だから、仲間からそんな言葉をかけられたとき、テレシアは呆然とした。

 意味が分からなかった。


 仲間は、いったい何を言っているのか?


「……まあ、こいつの言う通りだ。最近のお前は、どうにも暗黒騎士に執着しすぎているんじゃないか?」

「そんな、ことは……」


 そんなことはない。

 暗黒騎士に執着しているというわけではない。


「魔王を倒し、人類を救うためには……」


 そう、そうだ。

 暗黒騎士は、魔王軍の最高戦力。


 魔王を倒すためには、その前に必ず立ちはだかる障害だ。

 なら、その障害を倒そうとして、何が悪い?


「ああ、お前の言う通りだ。いずれは暗黒騎士ともやり合わなければならねえ。だがな、それは今すぐじゃねえんだ。順序ってもんがある。いきなり魔王軍の最高戦力とぶつかる必要が、どこにある?」


 ルーカスの言葉に、言葉を返せない。


「それに、その時に俺たちだけで戦う必要もねえ。なんだったら、人類の各国からトップ戦力の精鋭を集めて、袋叩きにすれば……」

「ダメです」


 しかし、ルーカスの次の言葉を、テレシアは明確に否定した。

 暗黒騎士を袋叩きにする。


 そんなことを……そんなことをすれば、他人が暗黒騎士を倒してしまうことになる。


 ――――――ソンナコト、ユルセルモノカ。


「……なんでだ?」

「それは……暗黒騎士の力が強大だからです。大勢で一斉に叩こうとすれば、その分犠牲者も膨れ上がります。だから、私が倒さないと……」


 取ってつけた言葉を話す。

 ……自分は、一瞬何を考えていた?


 今話したことがすべてだ。

 他人の犠牲を少なくするために、自分が暗黒騎士と戦う。


 それだけで、他にはなにもない。


「そんなこと……! あんな化物と、また戦わないといけないの……? そんなのって……!」

「……このパーティーのリーダーはお前だ、テレシア。だから、好きにすればいいさ。だが、悪いが俺たちは体力の限界だ。少し休ませてもらうぜ」


 さらに言いつのろうとする魔法使いの言葉を、ルーカスがさえぎる。

 勇者パーティーは、勇者であるテレシアがリーダーだ。


 そう伝える。


「ありがとうございます」


 テレシアは感謝し、去っていく二人を見送った。

 理解を得られた彼女は、さらに突き進んでいく。


 それもすべて……。


「暗黒騎士……」


 自身に初めての敗北を味わわせたあの男を、殺すために。



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