第65話 やめろ



「サウナって気持ちいいですわね。全身から発汗して、悪いものが全部抜けそうな気がしますわ。暗黒騎士様も、そう思いますわよね?」

【…………】


 こいつ、正気か……?

 俺は目の前で呑気な言葉を発しているルーナを見て、戦慄する。


 魔王ルーナ。

 魔都騒乱事件で大きく疲弊した魔族は、劇的に成長していっていた。


 すべて、こいつの仕業である。

 今では、多くの破壊がもたらされた魔都は、活気あふれる絢爛な首都へと変貌していた。


 いや、それはいいんだ。

 俺も魔族。


 ここで暮らすのだから、裕福な方がいい。

 だが、俺たちの今いる場所が問題である。


 サウナ。

 そう、サウナである。


 あの何がいいのかさっぱり分からない、ただただ蒸し暑い地獄である。

 いや、ルーナはいいんだ。


 バスタオルで身体を巻いて、薄着だからな。

 褐色の肩も見えているし、なんだったら豊満な谷間も見えている。


 珠のような汗が浮かび上がっているが、涼しい顔だ。

 だがなあ……こんな蒸し暑く、無理をすれば命を落としかねない危険地帯に、全身鎧の男を引きずり込むだと……?


 鉄だぞ。密閉しているんだぞ。脱げないんだぞ。

 死ぬわ! 殺す気か!


 テメエ……誰のおかげで魔王まで上り詰めたと思っていやがる……!

 辞めさせるどころか大将軍とか訳の分からんものまで押し付けやがって……!


 どんどんと不満が出てくる。


「でも、眼福だろう?」


 うん。目に焼き付けます。

 フラウのちょっかいに、思わずうなずいてしまう。


 確かに、触れて快感を味わうことはできない。

 とはいえ、見ることで楽しむのはできるのだ!


 まあ、余計に欲望が掻き立てられてつらいだけなんだがな!

 このクソ鎧め!


 フラウもサウナということもあって、ルーナと同じく薄着のバスタオル状態だ。

 ルーナとの胸部の戦力差が浮き彫りになってとても悲しい。


 憐憫のまなざしを送ってしまう。

 ギロリと睨み返してくる金銀のオッドアイが怖い。


 なんで俺が考えていることが分かるの?

 脳内を覗き見るのはダメだろ。


 俺を睨んでいたフラウは、何かいいことを思い付いたとばかりに顔を輝かせると、なぜか自分の身体を庇うように抱きしめる。

 残念、それでも乳は寄っていない。


「くっ……! こんな悍ましい奴に身体を舐めるように見られるのは屈辱だ……! 殺せ!」

【そうか。死ね】

「ジョークジョーク。本気にするなよ、脚舐めるぞ?」


 どんな脅し文句だ。媚び媚びじゃないか。

 フラウも薄着だが、普段が普段なので何とも思わない。


 いくら見た目がよくても、中身があれだとまったく性的な感情を催さない。

 安心して裸体をさらしてくれていいぞ。


【それで、私をこんなところにまで連れてきた理由はなんだ。仕事があるのだがな】

「ふんぞり返っているだけだろ」


 フラウのツッコミに嘲笑する。

 それが大将軍の大事な仕事なんだよなあ。


 あまりにも地位が高くなると、功績を上げるのではなく、ただそこにいるということが重要になってくるのだ。

 大将軍はクソな立場だと今でも思っているが、明確な仕事がないことだけは評価している。


「裸の付き合い、というものがありますわ。最近、わたくしたちはあまり時間をとってお話しできませんでしたもの。ぜひ、今までのことを教えあいたいと思っておりまして」


 そんなの、こんな蒸し暑い場所に引きずり込む必要はなかったんじゃないですかね……?

 俺は無表情の冷たいルーナを見て、戦慄していた。


 マジで拷問だぞ。

 てか、普通全身鎧の奴をサウナなんて高温多湿な場所に引きずり込んだら、死ぬからね。


 鎧さんはなぜかそこまで苦しくはないけど、しんどいのはしんどい。

 頭おかしいだろ。


 絶対会話するべき場所じゃないぞ、ここ……。


「あれだろ。お前が支配下に入れたドラゴンのことを聞きたいんだろ。私兵にしては戦力が大きすぎるからな。下克上されるのではないかと危惧するのは当然のことだ」


 フラウが身体を寄せて来て、コソコソと話しかけてくる。

 当たっているんですけどね。いろいろと。


 でも、何も感じないんですよね。

 だって、当たっているの鎧だもん。


 感じるわけないよね。

 とてつもない悲しみに打ちひしがれながら、フラウの言葉に頷く。


 まあ、それしかないよな。

 部下が、今まで自分に恭順してこなかった強大な戦力を一気に抱え込む。


 警戒しない上司はいないだろう。

 もちろん、それは余計な心配だ。


 大将軍でも嘔吐するくらい嫌なのに、それよりも上の魔王になんてなるはずもない。

 っていうか、早くクビにしてくれ。


「ああ、わたくしは暗黒騎士様が反乱を起こし、わたくしを殺して魔王を簒奪することを恐れているのではありませんの。むしろ、それはおすすめしますわ。わたくしよりも、暗黒騎士様が魔王になった方が、魔族は繁栄しそうですしね」

「聞こえていた……」


 絶望しているフラウ。

 縛り首ですね、これは……。


 しかし、俺が魔王だと?

 絶対嫌だぞ。


「それに、そのことなら直接傘下に入った人に聞けばいいですしね」


 そう言ってルーナが向いた先には……。


「……熱い。面倒くさい。帰りたい」


 じゃあ、帰れよ。

 ルーナの視線の先には、メビウスがいた。


 涼し気な顔のルーナと異なり、メビウスは今にも溶けてしまいそうなほど大量の汗をかいていた。

 顔もげんなりしている。


 奇遇だな、俺もだ。

 しかし、ブレスなんて超高火力の攻撃をするくせに、暑いの苦手なのかよ。


 例にもれずバスタオルのみの薄着で、この場の誰よりも破壊力のある肢体を目に焼き付ける。

 でかい。


「私はご主人のだから。乗られるためにいるから、とりあえず一緒にいておこうかなって」

【言葉に気をつけろよ。殺されたくなかったらな】


 ご主人。乗られる。

 ……ツーアウトってところか。


「鬼畜鉄鎧変態仮面……!」


 どこから出てきた、その罵倒の羅列は……!

 しかも、それをフラウが言うっていうところがね。


 テメエ、ふざけんなよ……!


「ドラゴンは受けた恩を忘れず、返すだけ。魔王軍に思うことも、魔王様に逆らおうとも思っていない。まあ、従おうとも思っていないけど」


 恩返しが仇返しになっているんですけど、それは……?

 誰がお前らに下についてほしいってお願いしたの?


「……そうですか。いえ、別にわたくしは暗黒騎士様が反乱を起こすなんてことは考えていませんのよ? ただ、ドラゴンの力を使うことができれば、もっと魔族を繁栄させられると思っただけですわ」


 知ってた。


「そう。姫様には悪いけど、それは期待しない方がいいかも」

「そうみたいですわね。では、より暗黒騎士様の重要性が増したということですね。暗黒騎士様にそのような考えはなくても、担ぎ上げようとする者は大勢いるでしょうね」


 二人して俺を見てくる。

 こっち見んな。


 っていうか、どういう感情を俺に向けているんだお前ら?

 さっぱり分からん。


【安心しろ。興味がない】


 興味があるのは、退職方法だけである。

 魔王とか絶対嫌だし、いらない。


「それだけでは、暗黒騎士様にメリットがありませんわ。では、わたくしの身体で……」

【やめろ】


 バスタオルを少しはだけさせるルーナに絶望する。


「まずはペットのしつけからだと思う」

【やめろ】


 ルーナどころではなく、メビウスは男らしく(?)バスタオルを脱ぎ捨てる。

 手を出せないから生殺しなんだよぉ!


「もうちょっと暑くしてもいいか? ダメと言ってもやるんだが」

【やめろぉ!!】


 熱した石に水をぶっかけるフラウ。

 このクソ野郎! 暑さをこれ以上上げたら全身鎧の俺が死ぬだろうが!!



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