第3章 血みどろ勇者編

第64話 怖いわ!



 ガン、ガンと、重たい音が響き渡る。

 それと同時に、俺の身体に伝わってくるとてつもなく強烈な衝撃。


 俺の身体を操っているのは、案の定鎧さんである。

 だというのに、その鎧さんを通して攻撃を受けている。


 舐めプをしている可能性も捨てきれないが……いや、今の相手と相対し、余裕も油断もないだろう。

 単純に、相手が強い。


 鎧さんと互角……いや、信じられないことだが、多少相手の方が優位に立っている。

 バカな……。この世界に、鎧さんを圧倒できる者が存在するなんて……。


 そして、その存在が、俺もよく知る者であれば、驚愕にさらに拍車がかかる。


「暗黒騎士いいいい!!」


 俺の名前を叫びながら、縦横無尽に身体を動かし、剣を振るってくる女。

 まるで、獣だ。


 人間の身体では本来発揮できないはずの力と動きで、俺を追い詰めている。

 嫌ぁ! もう嫌ぁ!


 このメスガキ、人間のくせに魔族より化物じゃん!

 んあああああああああああ!


 どうして俺にそこまで執着するんですかね。

 そんなにひどいことはしていないよね?


 むしろ、殺さずに生かしておいてあげたよね?

 感謝されても、これほど強烈な殺意を向けられる理由はないと思うんですけど!


 鉄と鉄がぶつかり合う重たい音が響き渡る。

 それが、剣と剣がぶつかり合う剣戟の音なら問題ない。


 鎧さんと互角に打ち合えている時点でかなり怖いのだが、それくらいならまだ許容できる。

 問題は、時折彼女の剣が鎧にぶつかっていることである。


 しかも、全部首筋やわきの下など、普通の鎧であれば急所になりうるところばかり狙ってくる!

 怖い! ただただ怖い!


 鎧さんは普通の甲冑ではないので、隙間が存在しないので防げているが……。

 普通なら、俺はもう何度か命を落としているだろう。


 そんな経験、しとうなかった!


「あはははっ! 私、戦えます。戦えています! あなたを殺すためだけに、ここまで頑張ってきました。だから、ちゃんと受け止めてくださいね!」

【知らん】


 本当に知らん。

 狂気の笑みを浮かべながら、ひたすら的確に俺の命を狙ってくるクソ女。


 このメスガキ、明らかに年下のくせに年長者である俺をビビらせやがって……!

 もっと俺を敬え! 大切にしろ! 年上だぞ!


 まあ、俺は自分より年上を特に敬うつもりも尊重するつもりもないけど。


「ばーん」


 剣の切っ先を俺に突きつけ、満面の笑みを浮かべる女。

 次の瞬間、その切っ先に小さな魔力の球体が生まれ、直後爆発した。


【ぐおおおおっ!?】


 地面をゴロゴロと転がる。

 おむすびころりんじゃねえんだよ!


 この俺に土をつけさせるとか、マジ許せん。

 この世の不幸が全部集まって死ねばいいのに。


 地面をのたうち回りながら、他力本願である。


「おかしいですね……。私の知っている暗黒騎士は、もっと強かったですよ。私は手も足も出ずに、敗北したんですから」


 スタスタと、一切警戒する様子もなく歩み寄ってくる女。

 以前までなら、小さな体躯で、子供にすら見える幼い容姿。


 見た目も整っているため、なおさら幼く見える。

 だというのに、俺の目には理不尽な死神にしか見えなかった。


 だって、俺何もしていないもん。

 普通にいつも通りの毎日を過ごしていたら、いきなり出てきて襲われるし……。


 かわいそうすぎるだろ、俺。

 もっといい目を見てもいいはずだ。


 くそ……世界がダメだから俺がこんな思いをしているんだ。

 すべてが憎い……!


「っ!?」


 飛び上がるように起き上がる鎧さん。

 常人ではできない身体の動きである。


 鎧の中にある俺の身体が心配。

 同時に剣が斬り上げられる。


 うなりを上げて女に迫る。

 こいつの華奢な身体ならば、たやすく両断することができるだろう。


 普通は無理だけどな。

 俺は無理。


「あはっ!」


 しかし、常人ではない動きをするのは鎧さんだけではなく、この女もである。

 自身の身体が切り捨てられる寸前に聖剣を滑り込ませる。


 よく分からないがとてつもない切れ味を誇る鎧さんの剣だが、さすがに聖剣ごと奴を斬ることはできない。

 っていうか、あのチート武器やめろ。


 かすっただけで昇天しちゃうとかじゃないだろうな。

 ガギン! と鈍い金属音と共に、女は鎧さんの攻撃を利用して大きく距離をとる。


 軽い身体だからこそ、まるで風船のようだ。


「はぁぁぁ……。さすがは暗黒騎士です。一瞬で命が奪われかねない状況に追い込まれていました。あぁ、凄いです。強いです。だからこそ、私も努力した甲斐があったというものです」


 女にとっては、かなり危ない攻防だっただろう。

 少しでも運命がずれていれば、命を落としていたのはあいつだ。


 しかし、それでも歓喜に震える。

 まったく理解できないので、俺は恐怖に震える。


 命の危険と隣り合わせなのに、どうして喜ぶことができるのか。

 小便をまき散らしながら逃げ出しそうなのに、俺なら……。


 しかし、努力……努力か。

 こいつの以前の姿を知っているからこそ、その変貌には目を見張る。


 実力をつけた、ということだけではない。

 女は、大きく見た目を変えていた。


【そうか。それが、努力した成果か?】

「はい、そうですよ?」


 外面と中身があるが、彼女はどちらも大きく変わっていた。

 そもそも、こいつは今のように、殺し合いに喜びを見出すような破綻者ではなかったはずだ。


 本来であれば敵であるはずの魔族ですら、力がなければ助けようとするほどの慈悲深さがあった。

 それが、どうしてこんな擦れてしまったのか……。


 また、見た目もである。

 メスガキと呼んでいたが、それは以前までの姿。


 今、俺の前に立つガキは、大きく身体的に成長し、大人の風貌になっていた。

 サイドテールの銀髪は長く腰よりも伸びている。


 以前までなら手入れされていた髪はぼさぼさになっており、色もくすんで鈍っていた。

 目に光はなく、肌もカサカサで、唇はところどころ割れてしまっている。


 本来ならもっと小さな体形の者に合うように作られた衣服を、そのまま無理やり大人が着ているような状態で、ところどころ破れてしまっている。

 豊満な胸や臀部がちらちらと見えて俺の目を引き付けるが、すぐに殺意満々の剣が振り下ろされてくるので、じっくり楽しむ余裕もない。


 程よい肉付きの脚も惜しげもなく披露されている。

 それだけだったら、まだ俺も下世話な目線を向けることができていただろう。


 そう、女が全身から血を流していなければ。

 目からも、鼻からも、口からも、耳からも。


 身体の皮膚は割れ、血が流れている。

 ……怖いわ!


 さすがに血みどろの、しかもドロリととめどなく血をこぼしているやばい女に興奮できるほど、図々しくないわ!


「あなたを殺すためだけに、こんなふうになりました。そう、あなたのためです。そう思わないと……私は……!」


 女は笑っているのに、どうして泣いているように見えるのか。

 しかし、血みどろの変貌した恐ろしい女にこんなことを言われる俺の方が泣きたい。


 どうして……。

 俺、そんなに悪いことをしたか?


「もう、後戻りはできません。私には、何も残っていないのですから」


 そういえば、いつも一緒に行動していたほかの奴らはどうしたのだろうか?

 怖がられて逃げられたのだろうか?


 俺も逃げていい?


「だから、お願いです、暗黒騎士。私を……一人にしないでください」


 そう言って懇願してくる女。

 今にも泣いてしまいそうな彼女の顔は、悲壮感に満ちていた。


【(帰って、どうぞ)】


 まあ、俺の返答は変わらないんだけどな。

 そんな懇願されても……。


 じゃあ、殺しに来るのやめてもらっていいですかね?

 しかし、あんな慈悲深く優しかったあいつが、こんなふうになるとは想像もしていなかった。


【私に救いを求めるとは、堕ちたものだな勇者】


 そう、勇者だ。

 俺の前に立ちはだかっているのは、かつて剣を交わらせたことのある勇者テレシアだった。


 ……変わりすぎじゃないですかね?

 子供と言えるほど小さく幼かった彼女が、まさかの急成長である。


 しかも、その急成長に身体が追い付いていないのだろう。

 だから、全身から血を噴き出させているのだ。


 ……目とかから出血したらダメでしょ。

 もう、目が真っ赤になっているじゃん。怖い。


 このような成長は、無理やり引き出されないとありえないだろう。

 ということは……。


 どうやら、このガキもなかなかにヘビーな体験をしたらしい。

 奇遇だな。


 俺もこの鎧を必要に迫られて着用したら、脱げなくなったぜ。


「ええ、堕ちているでしょう。今の私を見て、誰が勇者と思いますか? 勇者と呼びますか?」


 笑う彼女は、自分自身のことをあざ笑っているように見えた。

 まあ、勇者とは思わないだろう。


 死神だな、死神。


「でも、いいんです。あなたが……あなたさえ私を見てくれれば、それで。だから、簡単には死なないでくださいね。まあ、死んでも死体はちゃんと保存してあげますから、ご安心ください」


 安心できないんですけど?

 むしろ、危機感が跳ね上がったんですけど?


 ふざけんなよ……。どうして俺に救いを見出しているんだよ……!

 むしろ、俺のことを救い出してほしいのに……!


 しかも、死体を保存ってどういうことだ!


「じゃあ、続きをやりましょう、暗黒騎士!」


 俺の疑問に答えないまま、爆発的な加速で俺に迫る勇者。

 血だらけになりながら、しかし狂喜の笑みを浮かべる彼女は、ただただ恐怖の対象でしかない。


 なんでこんなことになったんだ……。

 今朝なんて、立った茶柱を見て『いいことあるかな……?』なんて思っていたのに……!


 俺は迎え撃ちながら、そう思うのであった。


―――――――――――――――――――


第3章、開始です。

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