第67話 仲間
その後も、テレシアは休むことなく依頼を受け続けた。
高難度の依頼。
それこそ、国軍が出動し、大規模な討伐作戦を実施しなければならないような魔物が相手だ。
だが、テレシアはたった一人で、その討伐依頼をすべて完遂した。
依頼達成率は百パーセントである。
凄まじい勢いで、人々や国家を脅かしていた難事をクリアしていく。
ここ一週間の睡眠時間は、三時間もないだろう。
それほど、彼女は休むことなく自身を鍛え上げていく。
ひとえに、暗黒騎士を殺すために。
その鍛錬の時間に比例するように、テレシアの実力は飛躍的に上昇していた。
ただでさえ、彼女は強かった。
魔王軍四天王の一人を倒すことができる。
すなわち、小国を一人で滅ぼせるほどの力を持っていた。
今ではどうだ?
小国を滅ぼせると言っても、もちろん時間はかかる。
だが、今のテレシアならば、しっかりと兵の詰めた城塞都市も、10分とかからず更地にすることができるだろう。
「……まだです」
しかし、それでは足りないのだ。
あの時感じた、暗黒騎士の力。
それは、今の自分をも超えている。
ゆえに、もっと励まなければならない。
休んでいる暇なんてない。
ひたすらに力を求め、力をつけなければならない。
「だというのに……」
テレシアは苦々しく顔を歪める。
彼女は、自身の成長速度に陰りが見えるのを実感していた。
成長はしている。
今も力はどんどんとついてきている。
それは、驚異的な速度だろう。
そう、一般的に見れば。
最初の方の成長速度と比べれば、あまりにも緩慢になっていた。
「もっと……もっと、時間を費やさなければ……」
テレシアに焦りが生まれていた。
そんな彼女の脳裏によぎるのは、ルーカスと、そして森の中でワイバーン諸共少女を殺そうとしていた男の言葉だ。
「私が……暗黒騎士に執着している……」
執着している。
それは、あまりいい言葉ではない。
マイナスの言葉を含有していることの方が多いだろう。
だが、それは悪いことだろうか?
「私が暗黒騎士を殺せば、魔王軍は衰退する。そうしたら、人類が魔族を押し戻すことができる。……悪いことではありません」
そう、悪いことではない。
だから、このまま続けよう。
依頼をこなし、血にまみれ、それでも力をつけて……暗黒騎士を殺すのだ。
「……あれが勇者か?」
街を歩くテレシアを見て、人々が呟く。
「なんていうか、怖いな。見た目もやばいぞ」
「血だらけじゃねえか。……あれ、人間のじゃねえだろうな」
「本当に勇者って人間なのかしら?」
「ああ、あれはまさに……」
――――――化物だ。
「…………」
その言葉を聞いても、テレシアは表情を変えない。
確かに、見た目を整える暇も最近はない。
依頼を受け、凶悪な魔物を討伐し、その成果を持って街に戻り、報酬を得て再び依頼を受け……。
そんな生活をしているものだから、銀色の髪はぼさぼさになっているし、衣服も血と泥に染まっている。
なるほど、次からは気を付けなければならない。
人々に嫌な思いをさせるのは、勇者ではないから。
「…………」
そう思っているのに、彼女の脳内にはいくつも疑問が浮かび上がってくる。
どうしてこのようなことを言われなければならないのか。
どうして異質な理解できないものを見る目を向けられなければならないのか。
こうして依頼を受け続けているのは、確かに力をつけるためというのもある。
だが、それ以上に人々のためになっているはずだ。
どれもこれも、放置していれば人々に牙をむき、多くの命を失わせるようなものばかりだ。
それを解決したのは誰だ?
解決した者に、そのような陰口をたたくのか?
おぞましい何かを見る目を向けるのか?
「この人たちは……」
――――――タスケルカチハアルノカ?
「……違います」
このようなことになっているのも、すべて暗黒騎士のせいだ。
決して街の人々が悪いわけではないのだ。
だから、人々に怒りや憎悪を抱くのは、間違っている。
そう息を吐き出して……。
「テレシア、飯に行こうぜ」
「ルーカスさん……」
勇者パーティーの仲間であるルーカスに、そんな誘いを受けたのであった。
◆
「っかー! うめえ!」
酒の入ったジョッキをテーブルに叩きつけるルーカス。
それを、あきれた目で見る。
「あんたねえ……」
「いいじゃねえか。酒は生きる活力だぜ。テレシアもちゃんと飲めよ!」
「いえ、私は……」
ルーカスから目を向けられても、テレシアは顔を上げない。
酒も提供している店だが、他の客の視線が突き刺さっているのである。
あまり他人からの評価を気にしない彼女であるが、こうも見られれば居心地を悪く感じても不思議ではない。
「このバカみたいに飲む必要はないけど、何かお腹に入れるべきだとは思うわよ。いくらあなたでも、食べなきゃ死ぬでしょ?」
「……そう、ですね」
パーティーを組む女――――シヴィの言葉に頷く。
いくら休みを極限まで減らせるテレシアでも、その活動のエネルギーとなる食料を腹に入れておかなければ、動くこともままならなくなる。
シヴィに諭されて、置かれていく食事に手をつける。
「それにしても、こうして全員で集まるのは久しぶりだなあ」
「……私とはあまり一緒にいない方がいいかもしれませんしね」
テレシアが告げれば、二人は目を丸くする。
まるで、そのようなことを言われるのが理解できないというように。
「お二人も私に向けられる視線には気づいているでしょう? このままでは、あなたたちにも同じ目が向けられることになります」
「そ、それは……」
シヴィは否定することができなかった。
今も、他の客から向けられている目を無視することは、とてつもない無神経さを持たなければ不可能だ。
残念なことに、ここにいる三人はそのような図太さは持ち合わせていない。
今、化け物を見る目を向けられているのは、テレシアだけだ。
だが、それがいずれ一緒にいる自分たちに向けられることも、十分に考えられる。
だから、シヴィは言葉を返すことができなかったのだが……。
「あのなあ、テレシア」
答えたのはルーカスだった。
彼は呆れたようにテレシアを見つめる。
「俺たちは、勇者パーティーだ! そいつらの視線がなんだって言うんだ?」
「っ!」
テレシアは衝撃を受ける。
ここ最近で、初めて受けた好意的な言葉だったからだ。
「俺たちは仲間だ。だろ?」
「そ、そうよ」
「お二人とも……」
快活に笑う二人に、思わずテレシアは言葉を発する。
感動、しているのだろうか。
それ以上に歓喜している。
嬉しい、嬉しいのだ。
自分は一人ではない。
頼りになる仲間がいる。
……人々から嫌われても、恐れられてもいい。
こうして、この二人がいるだけで、自分は戦える。
テレシアは、そう確信した。
「さあ、早く食えよ。細いんだから、いっぱい食べろよ」
「あんたみたいにゴリゴリになっても困るでしょ」
「ふふっ……」
二人の軽快な会話を聞きながら、テレシアは久しぶりの食事をとった。
ああ、そうだ。
暗黒騎士と出会う前は、三人でこうして毎日食事をしていた。
厳しい勇者の活動の中で、唯一息抜きができるのがこの瞬間だった。
テレシアは、久々にほっと一息つくことができたのであった。
「ああ、そうだ。テレシアに提案があるんだ」
「提案ですか?」
楽しい食事の時間が過ぎて、食後の休憩をとっていたころ。
ルーカスから切り出されたことに、テレシアは首を傾げる。
「ああ。確かに、この視線はうっとうしい。何から何まで監視されているみたいで、気味が悪いぜ」
「だから、あたしとルーカスで話していたのよ。テレシアのうわさが広まっているここから離れた場所に……王国から、帝国に行ってみないかって」
「帝国に、ですか……」
二人に言われて、テレシアは考え込む。
テレシアは、王国の勇者だ。
王国が命じて選ばれた勇者であるがゆえに、帝国に滞在することはあまり望ましいことではない。
同盟国のような仲睦まじい間柄ならまだしも、お世辞にも王国と帝国の仲はいいとは言えない。
魔族という共通の敵がいるために表立って喧嘩はしていないが、魔族を討伐した暁には、激しい衝突が待っているであろうことは、先見の明がある者なら理解していることだった。
「しかし……」
「何も、国籍を変えようとか言ってんじゃねえ。少しの間、このうわさが収まるまで、拠点を帝国に移そうってことだ。あっちなら、まだお前のことも広まっていないだろうしな」
「それは……確かに……」
難色を示すテレシアであったが、ルーカスの説得に黙り込む。
もし、鞍替えをするということになれば、それは大問題だ。
王国だって黙っていないだろう。
自分たちが見つけ出し、育てた勇者。
しかも、その力は非常に高いものだ。
魔族を滅ぼした先の世界のことを考えれば、勇者を手放せるはずもない。
だが、旅の途中に寄る、もしくは一時的な拠点に帝国を選ぶというのであれば?
それも、望ましいことではないだろう。
しかし、勇者の名目は人類の救世主。
帝国での活動を禁止するということになれば、その肩書は失われてしまう。
帝国側から拒絶でもされない限り、止めることはできないだろう。
「しかし、許可が下りますか?」
「もともと、勇者は自由に活動できるだろ。四天王みたいなやつを倒したりしたら、王国に報告はしないといけねえがな。大して支援もしてくれないんだから、そこまでお伺いを立てる理由はねえよ」
ルーカスは笑う。
テレシアは一瞬目を丸くするが、ふっと微笑む。
彼のこのような豪胆さは、嫌いではなかった。
「さあ、行こうぜ。俺たちの、新しい旅に」
「……はい」
ルーカスの言葉に、テレシアは笑みを浮かべて頷くのであった。
それが、絶望に染まるとも知らず。
◆
【お、ここにも四葉。ふふっ、俺の幸福値も上がってくるな】
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