第62話 暗黒竜騎士(笑)



 メビウスは竜の巣を歩いていた。

 一応は故郷みたいなものである。


 両親をメドラに殺されてから、同族に拾われて育てられた場所だ。

 そこがめちゃくちゃに破壊されて、少々思うところはある。


 しかし、その下手人はすでに地獄に落ちている。

 自分では、歯が立たなかった。


 あのままだったら、首を落とされるのも時間の問題だっただろう。

 今もこうして五体満足で――――まあ、身体中包帯だらけだが――――歩けているのは、彼のおかげに他ならない。


 そんな彼にお礼を……というよりも、言わなければ、聞かなければならないことがあった。

 メビウスが竜の巣を歩き回っているのは、彼を探しているからである。


「ああ、あいつか? こういうとき、だいたい景色がいいところにいるんだ。何もかも忘れたいって言ってな。ぶほぉっ!」


 最も暗黒騎士に近いであろうフラウに尋ねれば、噴き出しながらのこの発言である。

 顔は整っているのに、とてつもなく残念である。


 そういったことに興味がないメビウスでも思う。

 とはいえ、貴重な情報を手に入れることに成功した。


 竜の巣の景色のいい場所……。

 それは、高くそびえたった崖の頂上。


 遠く地平線が見え、そこに沈んでいく焼けるような夕日は圧巻である。

 そして、その美しい光景に不釣り合いな、黒く恐ろしい騎士が立っていた。


「ここにいた」

【……何か用か?】


 暗黒騎士が振り返る。

 メビウスは彼のもとに近づいていき、すぐ隣に立つ。


 やけに身体が近くなっているが、完全に無意識である。


「用があるのは当たり前。私の責任、ちゃんと取ってもらうから」

【なんのことだ(俺、いつの間にかメビウスと……? ちくしょう、何も覚えていないし、そもそもこの鎧でどうやって手を出したんだ!?)】


 とてつもなく含みのある言葉に、暗黒騎士の中身がフェスティバル状態。


「私を助けた。今まで死ぬと諦めていたから、これからどうするべきなのかさっぱり分からないし……考えるの面倒くさい」

【知らんがな(なんだこいつ……)】


 だが、思っていたのと違ったので、一気に冷却化される。

 メビウスは、無知な子供だ。


 これまで、ドラゴンスレイヤーに殺されることを受け入れ、それゆえに面倒くさいと言ってすべてのことから逃げてきた。

 逃れられない死の運命を回避し、突然自由な大海に放り出されたものである。


 ゆえに、彼女は無知な子供が知識のある大人を頼るように、暗黒騎士に投げかけたのである。

 当の暗黒騎士は、兜の下で露骨に面倒くさそうに顔を歪めたが。


「ねえ、教えて。私はどうすればいいの?」

【あの時も言っただろう。自分で考えて、自分で生きろ。貴様の人生など知らん(いざというとき盾になってくれるんだったらどうでもいいや)】


 暗黒騎士の最も嫌いな言葉の一つが、責任である。

 他人の人生の行く末を決めるような責任を、彼が引き受けるはずもなかった。


 メビウスを殺させずに助けたのも、巨大で強大なドラゴンなら、盾にする際申し分なく、いざというときに恩返しさせるつもりだからである。

 まったく彼女のことは考慮されていない。


「……無責任。私をこんなに変えたのに」

【言い方を考えろ】


 頬をぷっくりと膨らませ、ジト目で見据えてくるメビウス。

 普段表情を変えない彼女だからこそ、とてつもなく愛らしいものだった。


 暗黒騎士は、それ以上に彼女の言葉のチョイスに震えていたが。


「もともと、自分で考えるのも得意じゃない。面倒くさいし」

【(得意じゃないっていうか、単純に面倒くさいだけだよね)】

「誰かに生き方を命令されて、それに従うのがあっている」

【(あっているっていうか、その方が楽なだけだよね)】


 メビウスの独白が続く。

 死ぬ運命が決まっていたから面倒くさがりになった……というよりも、彼女元来の気質がそうなのだろう。


 自分で考えて選択するのは、案外しんどいものだ。

 ならば、誰かに言われたままに生きた方が、楽である。


「だから、私はこれから暗黒騎士の言う通りに動く。ペットみたいなもの」

【(いや、エロいんだよ? エロいんだけど……鎧がさあ!)】


 暗黒騎士にとっても、メビウスの容姿はとても魅力的である。

 短く切りそろえられたボブカットの黒髪は、彼女本来の姿である黒い鱗と同じく艶やかで美しい。


 顔も端正に整っており、ちょっとした無気力さもまた退廃的な魅力につながっている。

 衣服の上からでもわかる豊満な肢体は、フラウにコールド勝ちである。


 そんな彼女が、ペット発言である。

 自分の言うことを何でも聞く発言である。


 暗黒騎士はウキウキで飛び掛かっても不思議ではないのだが、鎧だ。

 これがある限り、先に進むことはできないのだ。


 なにせ、触れ合っても、人肌の柔らかさや温かさがまったく伝わらないのだから。


「人間には、竜騎士って言うのがいるらしい。竜といっても、ワイバーンみたいな雑魚だけど」

【ああ】


 無気力返事である。

 ちなみに、暗黒騎士は手を出せない苦悩により、一種の呆け状態だった。


「暗黒騎士も騎士。だから、私に乗ればいい」

【ああ?】


 だから、この発言には驚く。

 ドラゴンはプライドの高い魔物だ。


 そもそも、先ほど暗黒騎士の下につくと宣言したこと自体が驚愕すべきことだが、騎竜させるということはさらに難しい。

 なにせ、完全に使われるということである。


 よっぽどの信頼と忠誠を誓っていない限り、ドラゴンが人を背に乗せることはありえない。


【(そんなことできるようになったら、もっと辞めづらくなるでしょ!)】


 ドラゴン自ら騎乗を許すというのはとてつもなく栄誉なことなのだが、暗黒騎士は嬉しくない。

 とりあえず、理由を適当につけて断ろうとして……。


「暗黒竜騎士。……格好よくない?」

【…………(か、格好いい……)】


 メビウスに乗せられる。


「決まり。これからよろしく、ご主人」

【それ、絶対にほかの奴の前で言うなよ】


 ほとんど他人に見せることのない、美しい笑みを浮かべるメビウス。

 暗黒騎士は自分を呼ぶ名前が変わったことに戦慄するのであった。



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