第61話 いらない



『お前に……いや、あなたに竜の巣を救ってもらったことは事実だ。恩に報いる必要がある。……だが、魔王軍に与することは、できない。自主独立はドラゴンの誇りであり、たとえ魔王と言えども、認めていない相手の下につくことは許容できないからだ』


 ドラゴンスレイヤーによる、竜の巣への襲撃。

 敗北するために戦ったくせに、なんだかんだで俺が勝ってしまったものだから、その混乱もしばらくすれば収まった。


 なにせ、襲撃したのは、たった一人なのだから、その首謀者を倒せば事態が収束していくのは自明である。

 ……たった一人の人間に、何いいようにされていたんですかね、最強の魔物さんは……。


 っていうか、鎧さんはまた勝っちゃって……。

 こう……いい具合に負けてくれないものかね?


 殺されたり痛い思いをしたりは嫌なのだが、勝ちたくもない。

 これ、わがままですか?


【構わん。もとより、望んでいない】


 俺の言葉は自然と投げやりになる。

 あー、はいはい。


 もうどうでもいいから、帰っていい?

 もともと、最初は国境に侵攻してきた帝国武断派を追い返すことが目的だったんだぞ?


 何がどうなって竜の巣でドラゴンスレイヤーと殺し合いなんてしていたのか。

 訳が分からないよ……。


 心身ともに疲弊しているし、早く帰って枕に顔を埋めたい。

 そして、泣きたい。


 ドラゴンに呼び止められたのも、誠に遺憾である。

 ほっとけや。


『だが、認めた相手なら別だ』


 ……ん?

 流れが変わったな。悪い方向に。


 ちなみに、俺と会話をしているのは、あのやたらと俺とフラウを敵視していた若いドラゴンである。

 いいんだよ?


 ほら、出ていけって叫んで?

 恩知らずにもほどがあるが、俺はそれを許容する。


 だから、余計なことは言わないでね?


『我ら竜の巣ドラゴン104体。魔王軍の下にはつかないが、暗黒騎士殿の下につく!』

【――――――】


 頭が真っ白になる。

 余計なことを言うなっつっただろうが!!


 な、なん……なんだテメエ!

 誰が俺の下につけって言ったんだよ! とんでもないこと言ってんじゃねえぞ!


 ドラゴンは強大である。

 また、誰に下につくこともない。


 そんな魔物が、百体以上俺の下に……?

 嬉しくねえ! 全然嬉しくねえ!


 これのせいで、また余計なことに巻き込まれる気しかしない!


『最強の魔物であるドラゴン。我らを存分に使ってくれ』

「おっひょ! おっひょひょひょひょ!」


 とんでもない笑い方をしているフラウ。

 もう、彼女に女騎士の凛々しさはない。


 ――――――ただの豚だ。


【私の全指揮権はフラウにある。彼女の言葉は、私の言葉と同義と思え】

「!?」


 そして、豚よ。

 知っていたか?


 豚はしょせん家畜に過ぎないのだということを。


『はっ!』


 ドラゴンたちの応える声が響く。

 よう、人間。


 魔王軍最高戦力である四天王の地位につくだけでは飽き足らず、最強の魔物であるドラゴン百余を操るとか、さすがだな。


「ざけんな……ざけんな……!」


 鬼の表情で睨まれるが、俺は兜の下で満面の笑顔である。

 こうして、俺は誰にも従属しないはずのドラゴン部隊を指揮下に収めることになったのであった。


 いらない……。











 ◆



「さすがは暗黒騎士様ですわね。あの誰にも屈さないというドラゴンを指揮下に置いてしまうのは、わたくしでも想像できませんでしたわ」


 ルーナは報告を受け、そのような感想を発した。

 彼女が、離れる暗黒騎士に監視をつけないはずがなかった。


 いや、監視というのは正しくないだろう。

 そのような悪意すら含む行為をすれば、暗黒騎士ならすぐさま気づくだろうから。


 ただ、どのようなことが起きているのかという報告をさせるため、人をつけさせただけだ。

 暗黒騎士の力は、非常に大きい。


 それは、戦闘能力という意味だけではない。

 圧倒的劣勢で、どうあがいても勝ち目のなかった天爛派に属し、自身を魔王にまで押し上げた男。


 今までの、そしてこれからの歴史を見ても、これほどの大逆転は存在しないだろう。

 だから、暗黒騎士はルーナにとって、非常に重要な立ち位置にいる。


 彼の行動は逐一把握している必要があるのだ。

 そして、その予想も正しく、今回も暗黒騎士は誰もが成し遂げられないことを成し遂げた。


 すなわち、ドラゴンの従属化である。

 魔王軍にとって、ドラゴンは敵ではないが味方でもない、何とも言えない目の上の瘤である。


 従わなければ押しつぶす、といった荒事も、逆に返り討ちにされる可能性が多大にある最強の魔物。

 それを引き入れることができたのは、戦力的な面でも戦略的な面でも非常に大きい。


「しかし、魔王軍ではなく、あくまでも暗黒騎士様個人の下につくとのこと。魔王という立場を脅かすものかと……」

「めったなことを言うものではありませんわよ。暗黒騎士様は、わたくしを支えてくれた、かけがえのない人。他人を信じられなくなった者は、破滅しか待っていませんわ」


 報告をしている魔族に、悪気があるわけではない。

 暗黒騎士を貶め、ルーナからの評価を上げようという考えもない。


 ただ、純粋にルーナと魔族のことを心配しているのだろう。

 なにせ、ドラゴンという戦力を、暗黒騎士が個人で保有することになる。


 魔王の命令に従わない、いわば私兵である。

 しかも、その私兵で魔王を殺すことすら可能なのだから、危惧しない方がおかしいだろう。


 だが、それでもルーナは暗黒騎士を警戒しない。

 盲信しているわけではない。


 恋に目がくらんでいるわけでもない。

 冷徹で、どこまでも非情になれるルーナは、自身を律することも容易である。


 では、警戒しない理由はなぜか?

 警戒したところで、どうにもならないからである。


 暗黒騎士がその気になれば、彼を止められる者は誰もいない。

 同格とされる魔王軍四天王ならどうか?


 フラウはそもそも暗黒騎士隷下の女だ。

 こちらの命令に従い、暗黒騎士を攻撃することはないだろう。


 メビウスも、今回の件で彼に恩がある。

 動かすのは容易ではないだろう。


 オットーとトニオならば条件次第でこちらにつくだろうが……あの二人では、暗黒騎士を止められない。

 彼らも強者だ。人間の小国なら、一人で攻め落とせる。


 だが、【その程度】では、暗黒騎士には歯が立たない。


「それに、暗黒騎士様が魔王となるのであれば、わたくしは殺されてもいいのです。なにせ、魔族の繁栄は確約されたのと同義ですから。そう考えると、謀殺されるのは、むしろ喜びですらありますわ」

「……はっ」


 自分の命さえも、魔族の繁栄のための歯車に過ぎない。

 他にいい性能の歯車があるのであれば、それと取って代えることも甘んじて受け入れる。


「わたくし、暗黒騎士様のことが大好きですわ」


 ――――――これからも、魔族のために尽力してくださいまし。



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