第60話 眠り

「ドラゴンの血を浴びすぎたせいか、身体の一部を竜にすることができるようになったんだ。忌むべきドラゴンに、俺自身がなったっていうわけだ。皮肉だよ、な!」


 力任せに剣を振る男。

 それを受け止める鎧さんだが、とてつもなく腕がしびれる!


 いったい! 腕が痛い!

 嘘だろ?


 こいつ、鎧さんを超えるほどの筋力だというのか?

 ただのドラゴンであれば、鎧さんの力の方が強い。


 この男だからこそなのだろうが……そんなことはどうでもいい。

 上手くいけば負けられそうだが……痛い思いはしたくないんだよ! いい加減にしろ!


「ふん!」


 振り下ろされる剣。

 こんなのを何度も受け止めていれば、いずれ剣を持てなくなるだろう。


 どうするんですか鎧さん!

 何とかしてくださいよ。やべえっすよマジで。


 そう考えていると、俺の身体は攻撃を受け止めるのではなく、回避の動きをとっていた。

 やったぜ。


 紙一重で躱された剣は、そのまま地面へと突き刺さり……。

 ズドン! というとてつもなく大きな音と共に、巨大なクレーターを作り出したのであった。


【…………】


 人間の出していい力じゃないんだが?


「竜殺しをしていて、メリットと言えばこれだ。人間離れした力を身につけられたのは、幸いだろう。まあ、死にづらくなっただけだから、俺にとってはあまりもろ手を挙げて喜べるものでもないんだが」


 身体の一部を竜にできるって、もうそれ人間じゃないだろ。

 化け物だ、化け物。


 やーい。化物やーい。

 そんな感じで煽らないから、許して……。


 今もつばぜり合いをする男に、懇願する。

 そんな俺の思考を読んではいないだろうが、男は不敵な笑みを浮かべる。


「そして、これもまた数多のドラゴンを殺して得たメリットだ」

「なっ……!?」


 驚愕したのは、俺ではなくドラゴンのメビウスだ。

 男が大きく口を開ける。


 口臭いんだよ、と煽ることもできないほど、俺もまた驚愕していた。

 男の口の奥で、光が煌めく。


 それは、ドラゴンの象徴ともいえるブレスの前兆で……。

 あ、光きれー。











 ◆



「人間がブレス!? そんな……ありえない……」


 愕然とするのが、メビウスだ。

 ドラゴンとしての誇りや矜持が強いわけではない。


 しかし、そんな彼女でも、ある程度の自信と誇りを持っているのがブレスである。

 それほど、ドラゴンにとってブレスとは特別なものなのだ。


 それを、人間が使った。

 信じられないのも当然だ。


 もし、直接この目で見ていなければ、人間がブレスを使ったなんてこと、メビウスでも信じなかっただろう。


「あひゃひゃひゃひゃ! 顔面にボゴォって! ボゴッって! うひょひょひょひょ!」

「この子はいったい……」


 そして、なぜか大笑いしているフラウに引く。

 あれ、暗黒騎士の副官ではなかったか?


 涙と鼻水とよだれをまき散らしながら笑い転げるフラウ。

 せっかくの美貌が台無しである。


 笑い方なんて、オークの雌でも幾分か上品な笑い方をするくらい低俗だ。


「本物のドラゴンほどではないが、至近距離で顔面に受けて、無傷で済むような生易しいものでもない。硬い鎧に覆われていたとしても、その隙間から身体を焼き尽くすだろうさ」


 歓喜の笑みを浮かべるのは、メドラである。

 かなりの強敵……それこそ、メビウスすらも超える力を持っていたが、それでも勝つのは自分である。


 なにせ、不死であり、かつ竜の力も行使できるのだから、それも当然だろう。

 とっておきの切り札であり、決して容易く使用しないブレスをも使い、完全な不意をついて顔面に叩き込むことに成功した。


 殺すことは敵わなくても、重傷であることは間違いない。


「こんがり騎士……ぶほぉっ!」

「なんだこいつ……」


 またもや笑い転げるフラウに、メドラですら引く。

 あれが何なのかいまいちよく分からないが、まあいい。


 今、自分がするべきことは……。


「さて、次はお前らだ。この竜の巣を滅ぼしてから、廃人になるまでゆっくりと待つとするよ」

「……っ」


 メドラの視線がメビウスに向けられる。

 邪魔者もいなくなったことだし、当初の目的を果たそうとして……。


【どうして貴様は止めを刺さず、目をそらすのか。甘いな、人間】

「っ!?」


 炎の中から、絶望が現れる。

 赤い目を光らせ、黒い瘴気をまき散らす。


 魔王軍最強の男が、この程度で死ぬはずもなかった。


【ブレス。そのような攻撃手段は持っていないが、似たようなものはあるんだ。受け取ってくれ】

「がっ……!?」


 暗黒騎士の目が、カッと輝く。

 そのまぶしさは、太陽を直視するほどのもの。


 次の瞬間、メドラの心臓は光線によって貫かれていた。

 体内が焼けただれる激痛に襲われる。


 大量の血を口から吐き出しながら、目を見開く。

 今の攻撃は……。


「め、目、から……?」


 誰が、目から人を焼き尽くす光線を放つことができると想像するだろうか?

 竜が口からなら、暗黒騎士は目からである。


「本格的に化物だな、こいつ」

【(なんか俺の目から変なの出たんだけど)】


 フラウの感想は、暗黒騎士の内心と合致していた。

 ドサリと、受け身も一切取れずの仰向けに倒れるメドラ。


 空がやけに高く感じられる。

 そんなのんきなことを考えているような状況ではない。


 明らかに致命傷だ。

 心臓を焼かれたのだから、命を落として当然である。


 しかし、どうせ死ねない。

 それは、メビウスとの戦いで確実なものとなっているのだ。


 それゆえに、メドラは自身の身体にある違和感に気づくのが遅れた。

 不思議な感覚で、今まで味わったことがない。


 ……いや、違う。

 これは、【戻った】のだ。


「あ……? くっ、くくく……あははははははは!」


 高らかに笑うメドラ。

 口から血が流れるのも、お構いなしに。


「嘘だ、冗談だろ!? こんな……こんなことで……!」

【(血反吐吐きながら笑うとか、怖い……)】


 歓喜に震えるメドラ。

 確証があるわけではない。


 根拠があるわけでもない。

 しかし、メドラは確信していた。


 自身を苦しめ、蝕んでいた竜の呪いが、解呪されていることを。


「なあ、暗黒騎士……。俺は、心からお前に感謝するよ……。どうやら、俺はようやく休めるようだ」

【私の一撃は魂を屠る。その程度の呪いで、生き永らえると思わんことだ】

「ああ、ああ……! 本当に、ありがとう……!」

【(死にそうになっているのに感謝されるとか、わけわからん……)】


 死ぬことが救いになるメドラと、何が何でも生き延びたい暗黒騎士では、価値観が違う。

 メドラにとって殺されるということは、暗黒騎士にとって鎧を脱ぎ捨て魔王軍を退職してスローライフを送ることができるということと同義である。


 つまり、とてつもなく嬉しい。


「なあ、ドラゴン」

「…………」


 メビウスに声がかけられる。

 今更、罵詈雑言を吐くつもりはない。


 しかし、親しく話をするつもりもなかった。

 勝手にメドラが清々しさを感じているだけであり、メビウスは会話をするつもりすらなかった。


「あの時、お前を殺さず、生かしておいて……よかったよ……。これで、ようやく妻と子供の元に……」

「お前が行くのは、天国じゃなく地獄。その人たちには会えないよ」


 それでも、幸せそうに死のうとするメドラに、嫌味の一つも言わないで見送るのはとてつもなく癪だった。

 数えきれないほど多くのドラゴンを殺したメドラが、無実の妻子の元に行けるなんて思わないことだ。


 そう告げても、メドラの穏やかな顔は消えない。


「……それでも、いいさ。長い時間をかけて、今度は俺から会いに行く。長い時間を過ごすのは……慣れているから、な……」


 それを最後に、メドラが言葉を発することはなかった。

 最強最悪のドラゴンスレイヤーは、300年越しに眠りにつくことができたのであった。



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