第56話 ブレス
光。
ドラゴンスレイヤーであるメドラの視界を覆ったのは、強烈な光だった。
それは、上空にいるメビウスの放ったブレス。
しかし、その光は漆黒で、燃え盛る黒い炎だった。
「まるで、隕石だな」
思わずつぶやいてしまうほどの大質量。
竜の巣全体が吹き飛んでしまうかのような、とてつもない破壊力を秘めている。
この場所が消し飛ぶことに問題はないが、【この程度の攻撃を受けるわけにはいかない】。
これくらいで死ぬことができるのであれば、とっくに命を落としている。
「はあ……」
メドラの口から出たのは、気合とはかけ離れたため息。
それと同時に振るわれた剣によって、そのブレスは瞬く間に霧散した。
『グオオオオオオオオオオ!?』
さらに、そのまま突き進んだ斬撃が、メビウスの身体を傷つける。
ドラゴンの身体には、硬いうろこが覆っている。
メビウスの鱗は特に硬質であり、生半可な鉄なんて傷一つつけることはできない。
しかし、メドラの剣が直接触れたわけでもないのに、鱗は飛んで血が噴き出す。
そのダメージを受けて、メビウスの巨体は地面に墜落した。
「一番、一番だな。お前が一番強い。一番、俺を殺してくれる可能性のあるドラゴンだ。これほどダメージを負ったのは、俺が普通の人間だった時以来だ」
メビウスが満身創痍の一方で、メドラもまた大きなダメージを負っていた。
身体中は傷だらけだし、頭部は切れて血が流れている。
それでも、顔色一つ変えていないのは、彼の精神力の強さを窺える。
いや、精神力が強いというよりも、この程度では死なないと分かっているからこそだろう。
メドラは、メビウスを高く評価する。
自身がドラゴンスレイヤーとなってから、これほどまでに自分に傷を負わせたドラゴンは、彼女だけだ。
「だが、こんなものじゃないだろう? 早く見せてくれ、お前の培ってきたものを。なに、遠慮はいらない。なにせ……」
だから、期待する。
これだけでは終わらせない。
もっと自分を追い詰めろ。
もっと自分を傷つけろ。
そう言外に込めて、メビウスを奮起させる言葉を紡ぐ。
「俺は、お前の両親の仇なんだからな」
『オオオオオオオ!!』
地面に倒れ伏していたメビウスが、跳ねるように飛び起きる。
彼女は、暗黒騎士との会話を通じ、諦めるということを止めた。
それゆえに、今の彼女に宿っているのは、純然たる怒りである。
人を傷つけるどころか、守ってすらいた自分の両親を、噂でしかない金銀財宝を得るために殺した人間たち。
そして、それを実行したメドラに対する恨みが、満身創痍であるはずのメビウスを突き動かす。
うなりを上げてメドラに迫るのは、巨大な竜の手。
それで殴りつけられただけで、身体の節々がへし折られることだろう。
それに加え、あまりにも鋭いかぎ爪である。
人の身体を容易くスライスできてしまう、剣よりも鋭利な爪が迫る。
メドラも卓越した力を持つドラゴンスレイヤーであるが、あくまでも身体は人間がベースである。
「爪で裂かれるのは勘弁だな」
剣を構え、かぎ爪を受け止める。
とてつもなく大きな衝撃が走り、地面に足がめり込む。
一身に衝撃を受け止める太ももから血が噴き出す。
それでも、表情を変えることはないメドラ。
むしろ、これだけで竜の一撃を受け止めたことが、ドラゴンスレイヤーとしての高い力を見せつけていた。
そして、このくらいで仕留めることができないのは、メビウスも重々承知である。
クルリとと巨体を回転させる。
鞭のようにしなって少し遅れてやってきたのは、竜のしっぽである。
だが、ただのしっぽではない。
黒光りする硬いうろこで覆われたそれは、しなりも加わって命を刈り取る凶器になっている。
かぎ爪を受け止めていたため、メドラはそれを武器で防ぐことはできない。
そのため、片腕を腹に抱えて受け止める、
「ッ!」
ゴキリ、と嫌な音が鳴った。
それと同時に、しっぽの鱗がゾリゾリと肉をえぐりとる。
血がブシャッと噴き出し、メドラの顔を汚す。
そして、そのまま地面と平行になるように吹き飛ばされる。
「つっ……効くなあ……」
大木にぶつかってようやく止まったメドラの身体は、悲惨なことになっていた。
腕はへし折れ、鱗に削られて筋線維が露わになってしまっている。
ダクダクと血は止まらず、致命傷だ。
さらに、メドラの目に黒い光が映る。
すなわち、大きな口を開けて火球を作り出しているメビウスの姿だった。
『――――――』
「これは……!」
ブレス。
ドラゴンの最大の攻撃にして、ドラゴンの象徴。
そして、それは人間に避けようのない死を与える。
それを目前にして、メドラが浮かべたのは、満面の笑顔だった。
直後、黒い火球が炸裂する。
竜の巣を形成していた土色の崖を、吹き飛ばすのではなく【溶かした】。
ドロリと硬質な地形が溶けるのは、竜の……メビウスのブレスの破壊力を物語っていた。
『はあ、はあ……』
白煙が立ち込める中、メビウスは荒く息をする。
もはや、立っていることすら億劫になるほど疲弊していた。
出しつくしたと言っていいだろう。
彼女は、竜殺しに殺されるという運命に、全力で抗った。
今や、何も残っていない。
竜化していられるのも、時間の問題だった。
「――――――ありがとう」
『!?』
だからこそ、メドラの声が聞こえてきたとき、彼女は愕然とした。
人の身体なんて髪のひとかけらも残らないほどの高熱量のブレスを受けたはずなのに、白煙から現れたメドラは確かに生きていた。
だが、もちろん無事ではない。
髪の毛は溶けて頭皮……いや、頭蓋骨まで見えている。
目玉も一つはドロリと溶け、唇もなくなって歯がむき出しになっている。
身体の一部は黒く炭化していた。
しかし、メドラは生きていた。
メビウスに、感謝までして。
「期待通り……いや、それ以上だった。あの時、お前を殺さなくてよかった」
『ガッ……!?』
次の瞬間、メビウスの全身から血が噴き出していた。
メドラの姿も、眼前ではなく背後に。
メビウスの身体は、全身切り刻まれていた。
「だからこそ、分かる。俺は、もう死ぬことはできないんだってな」
メドラは、致命傷というべき怪我を負っていた。
しかし、それはゆっくりとではあるが回復し始めている。
頭皮が再び頭蓋骨を覆い、目がズルリと元あるべき場所へと戻る。
炭化していた身体も正常な色へと戻り、大けがを負っていた痕跡は、ボロボロになった衣服くらいしかなくなる。
「がはっ……! 何を、言って……」
深刻なダメージを負った結果、メビウスの竜化が解けてしまう。
血反吐を吐きながら困惑する。
あの回復力はなんだ?
何らかの魔法だろうか?
しかし、そんな魔法を使ったそぶりは微塵もない。
では、まるで巻き戻しのように怪我を回復する力は、いったい……。
「はあ……。ちゃんと説明していないんだから、分かるはずもないよな。俺も、こんなこと普段なら絶対に話さないんだが……。俺に教えてくれた礼だ、冥途の土産に持っていけ」
いつにもまして饒舌なメドラ。
上機嫌ではあるが、その暗い瞳は完全に諦めきった人間のそれだった。
先ほどまでかすかに宿っていた希望の光は、完全に潰えていた。
どこか、自暴自棄になっている要素もあるのだろう。
だから、普段では決して話さない自分のことを、メビウスに打ち明けた。
「俺はな、300年前の人間なんだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます