第54話 不思議な人
「私の過去、聞いたの?」
メビウスが問いかけてくる。
ば、バカな……。コソコソ話だったはずなのだが……。
過去を……それも、なかなかにヘビーな過去を詮索されて、喜ぶ者はいないだろう。
ドラゴンを怒らせるとか、怖すぎて無理なんだが?
「き、聞こえていたのか?」
「私、耳がいいから」
同じことを危惧したフラウが震えながら問いかける。
女騎士さあ……。
「地獄耳だったか……。小さく暗黒騎士のあることないこと口にしとこう」
なんだこの女騎士。
清廉さのかけらもねえな。
「それで、どう思った?」
【何とも思わん】
なぜか感想を尋ねられたので、俺ははっきりと答える。
同情?
するわけないんだよなあ。
世界で一番同情されるべきは俺だろ。
訳の分からん鎧がまったく脱げないんだぞ。
中身どうなってんの? 怖いわ。
「……冷た」
【過去は改変できん。変えられるのは、未来だけだ。そして、貴様の未来は貴様だけのものだ。私がとやかく言う資格はない】
とかなんとか格好いいことを言っているが、ほぼ適当である。
何にも考えていない。
頭に浮かびもしていないことを、ペラペラと話しているだけである。
お前の親クソだな! みたいな明らかな地雷を踏まない限り、どうでもいいだろ。
いや、思ってないから言わないけど。
「……まあ、そうだよね。暗黒騎士の言う通り」
なんか納得してくれた。
ちょろいぜ。
「でも、私はずっと過去に囚われている」
少しうつむきながら、メビウスが呟く。
嘘だろ……。あの老人ドラゴンに続いて、メビウスの自分語りにも付き合わないといけないのか……。
「今でも、あのドラゴンスレイヤーに恨みはある。もし相対すれば、殺しにかかるだろうな。でも……それ以上に、諦めている。私じゃあ、絶対にかなわない」
どうして同じことを聞かないといけないんですか……。
俺はメビウスの言葉をろくに聞いていなかった。
……あれ? 続きを話さない?
チラリと見れば、メビウスはじっと俺を見ていた。
やばい! 何を言えば分からん!
選択肢を間違えば、俺の頭部が吹き飛ぶことになりかねない。
俺は悩み……。
【そうか、好きにしろ】
突っぱねた。
もう知らんわ。
【だが、貴様が殺されたいのはドラゴンスレイヤーなのか? 死ぬというのは、生物皆一度しか体験できない重要なものだ。誰かに殺されることも、一つ選んでみるのも悪くないかもしれんな】
よし、適当でいいや。
自分でも何言っているのか分からないけど。
誰に殺されるか選ぶ?
バカかよ。誰にでも殺されたくねえわ。
たとえ、神でも俺の命を奪うことは許されない。
俺の最期は寿命で大往生と決まっているのである。
「何言っているんだ、お前?」
バカを見る目で俺を見るフラウ。
だから!
何言ってるか分からんって言っただろうが!
言ってないけど!
「殺してもらう相手……」
ポツリとメビウスが呟くことに気づかず、俺はフラウへの怒りを膨れ上がらせていたのであった。
◆
暗黒騎士の背中が遠くなっていくのを見送る。
自分は、あのドラゴンスレイヤーに殺されるものだとばかり思っていた。
しかし、今日暗黒騎士に提案を投げかけられ、メビウスは考える。
もし……もし、あのドラゴンスレイヤーの脅威から逃れられたとして、自分は誰に殺されたいのか……。
「そうなったら別に殺される理由なんてないけど」
誰だろうか?
そもそも、自分はドラゴンだ。
それも、魔王軍四天王にまで上り詰めるほどの力を持っている。
あのドラゴンスレイヤーを除けば、自分を殺すことができる者はほとんどいないだろう。
可能性があるのは、自分と同格。
すなわち、ドラゴンか……魔王軍四天王である。
とはいえ、ドラゴンの中でもメビウスは最高の戦闘能力を持っているし、四天王の中でもそうである。
ならば、絞られる相手は一人だ。
「暗黒騎士、かなぁ……」
実力は申し分ない。
自分を殺せると思ったからこそ、この竜の巣に連れてきたのだから。
相性も、悪いとはメビウスは思っていなかった。
なにせ、彼は【面倒くさくない】のである。
これは、メビウスにとって最も大切なことだ。
ドラゴンスレイヤーに殺されることが確定しているため、ほとんどのことが無意味で面倒くさいことになる。
しかし、暗黒騎士は必要最低限のことしか話さず、また自分から問題や厄介ごとを引き起こすことはない。
メビウスにとって、それはとても好印象だった。
……実際は、四天王や大将軍の地位を確固とするものにしないために、超消極的主義を貫いていただけなのだが。
「不思議な人」
暗黒騎士は、よくわからない。
寡黙なタイプだし、論ずるより行動する。
特別親しいわけではない。
先日ようやく終息した次期魔王の後継者争いにおいても、天爛派に属した暗黒騎士がそのまま倒れていたことだって十分に考えられる。
それでも、彼女が手を貸さなかったことが、親密な関係でないことを表している。
「でも、おかしいな」
もし、殺されるのであれば、暗黒騎士みたいな者がいいと。
そう思い始めていた。
「ッ!」
そんな時、竜の巣で大規模な爆発が起きたのであった。
本来であれば、メビウスが興味を示すことはなかっただろう。
面倒くさいから首を突っ込まず、さっと姿を隠していたはずだ。
だが、彼女の身体は現在目標に向かってズンズンと突き進んでいく。
その理由はとても簡単だ。
昔、匂いを嗅いで……決して拭い去ることのできない匂いが漂ってきたのだから。
「ドラゴン、スレイヤー……!」
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