第53話 ふっ……私も行こう



 直後、爆発が起きる。

 木々がへし折られるほどの爆風と、空まで届く爆炎。


 しかし、爆心地に最も近い場所にいたメビウスには、一切被害はなかった。


「けほっ、けほっ……! お母さん……お父さん……!」


 せき込みながら、辺りを見渡す。

 そこには、父の姿も、母の姿も、何もなくなっていた。


 涙がこぼれてくる。

 自分は、この世界で独りぼっちになったのだ。


「ごほっ……! はあ、驚いた。今までのドラゴンよりも強かったなあ。だけど……俺はまだか」


 そんな時、男の声が聞こえてきて、メビウスの頭は真っ白になった。

 煙の中から出てきた男は、無傷ではなかった。


 大量に血が流れているし、腹部は弾けた土が突き刺さりでもしたのだろうか、大きくえぐれている。

 しかし、生きている。


 ドラゴンですら死体すら残さない破壊力の爆発にもかかわらず、ただの人間であるはずのドラゴンスレイヤーは、しっかりと二本の足で立っていた。


「お前……お前がああああああああ!!」


 それを見て、メビウスは生まれて一番の激情に包まれた。

 父と母が勝てなかった相手だ。


 自分でどうにかできるはずもない。

 しかも、まだ完全に竜の姿になることのできない未熟者だ。


 せっかく、父と母が稼いでくれた逃げる時間。

 それを無駄にしている。


 だが、それでも許せなかった。

 父と母を殺し、暖かな時間を奪ったこの人間のことを、許すことはできなかった。


 男は迫りくるメビウスを見て、ため息をつく。


「はあ……ガキが俺を殺せるわけねえだろ」

「がっ!?」


 次の瞬間、メビウスはえぐれた大地に押さえつけられていた。

 したたかに頭を打ち付け、血が流れる。


 父が、母が可愛いと言ってくれた顔にも、泥が付着する。


「せっかくお前の両親が戦ったのに、自分で無駄にしてんじゃねえよ」


 まるで、すべてメビウスが悪いというような言い草に、カッと血管が沸騰する。


「お前が……お前が殺したんだろうが! 絶対に許さない!」

「……そうか。これだけ強い恨みを持っていたら、あるいは……」


 何かを考えるように悩む男は、すぐに決断した。


「おい、ガキ」

「あぐっ!?」


 髪の毛引っ張られる。

 無理やり頭を上げさせられ、激痛が走る。


 涙がこぼれるが、しかし男を睨みつける。

 両親を殺した人間の顔は、メビウスの眼前にあった。


 そこで、彼女はようやく気付く。

 この男は、【虚無】である、と。


 その瞳には、何も映していない。

 ドラゴンを殺した達成感も、罪悪感も、喜びも、悲しみも……何もない。


 ただ、疲れ切っていた。


「お前は殺さない。もともと、あいつらにいい思いをさせてもらったし、その礼もあるが……」


 光を映さない瞳で、メビウスを覗き込む。


「ガキ、お前は絶対に今日のことを……俺のことを忘れるな。そして、必ず殺しに来い。いいな?」

「…………っ!」


 言われていることが理解できなかった。

 自分を殺させるために、復讐者を生かす?


 理解できなかったが……だから、何だ。

 この男は、自分の両親を殺した。


 だから、復讐しなければならない。

 そう思っているのに……。


「うっ……うぅ……っ!」


 メビウスの小さな心の中には、恐怖と諦観が宿っていた。

 両親を殺したこの男は、異質だ。


 理解できない異質なものは、恐ろしい。

 そして、何よりも諦めだ。


 両親を殺したこの化物を、自分が殺せると思うか?

 いや、思わない。


 絶対に勝てない。


「忘れていたり、弱いままだったりしたら……今度は殺すぞ」


 気づけば、メビウスは一人だった。

 両親の死体も、あの男の姿もなくなっていた。


 男に対して、怒りはある。

 恨みもある。


 しかし、彼女の心に重々しくのしかかっていたのは、それ以上の恐怖と諦観だった。










 ◆



【…………】


 俺は無言だった。

 話し終えたドラゴンは、なんだかやり切ったような顔をしているが、俺は憮然としている。


 それ聞かされてどうしろと?

 まさか、俺にメビウスを何とかしろとか言っているんじゃないよな?


 ふざけんなメリットないだろうが。


「おおう……。暗黒騎士、この空気どうにかしろ」


 誰も喋らずに気まずい空気が流れることに耐えられなくなったフラウが口を開く。

 テメエが聞いたんだろうが……!


 ちゃんと責任をとって空気を改善しろ。

 全裸になって裸踊りでもしたら?


 鼻で笑ってやるから。


『あの子は、もう諦めているんだろうな。私たちは必死に生き永らえようとドラゴンスレイヤーの脅威から逃れようとしている。しかし、そのドラゴンスレイヤーの力を目の当たりにしたメビウスは、勝てないと思っているのだろう』


 当たり前だろ。

 ドラゴンの言葉に、思わずそう言ってしまいそうになる。


 メビウスの考えは、多少理解できる。

 竜殺し……しかも、何体も殺戮していることからまぐれじゃない。


 そんな化け物と戦って、どうやって勝てというのだろうか。

 無理無理、カタツムリ。


 絶対無理だわ。

 そして、当然俺にもどうすることもできない。


 ドラゴンはここで滅びてしまうのです。どんまい。


『だから、お客人。無理を言うようだが、あなたには我々も……そして、メビウスのことも救ってやってほしいのだ』


 無理ですね。

 冷静にお断りさせていただく。


 うん、無理だわ。

 ドラゴンを大量に殺すことのできる化物を、俺がどう対処しろと?


 鎧さんだってやる気ないですよ。ねえ?


『貴様、まだいたのか! さっさと去れ! それとも、俺に殺されたいのか!?』


 そんなことを考えて入れば、俺は若いドラゴンに怒鳴りつけられる。

 どうやら、老人と若者の間で、予言に対する信頼がかけ離れているらしい。


 老人たちは予言をうのみにして魔王軍に与しようとし、若者は信じていないからこそ魔王軍に与することが許せないのだろう。

 ややこしい種族問題だが……。


 ラッキー!

 俺にとっては、好都合だ。


 ここに付け込む……!


【救いを求めない者を救うのは、余計なお世話というものだろう。さらばだ】


 そう言って、竜議会に背を向ける。

 俺が悪いんじゃなくて、そっちが悪いんだよー。


 言外にそれを告げながら、俺様堂々退場す!


「ふっ……私も行こう」


 キリッとした顔でついてくるフラウ。

 お前は残ってろ、ボケ。


 そんなことを考えながら外に出る。

 老人は呼び止めようとするが、若者が邪魔したのだ。


 よし、完璧だ。

 大将軍とか訳の分からない立場にいるのに、これ以上のしがらみや面倒事はごめん被る。


 ……てか、帰りもまたあのやばい道を通らないといけないの?

 何とかしてくれないかなあ……。


 俺がうんうんと悩みながら歩いていると。


「……ん? 出てきたの?」


 当たり前だよなあ……。

 空を見上げるメビウスと遭遇するのであった。



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