第49話 アドバイス



『ギャアアアアアアアアアアアア!!』


 雄たけび……いや、巨大な悲鳴が響き渡る。

 近くにいた鳥たちが一斉に飛び立つ。


 絶叫して血を噴き出しているのは、ワイバーン。

 ドラゴンのなりそこないと呼ばれる魔物である。


 見た目は竜と似ているのだが、人語を操れる知能はなく、また魔法を使うこともできない。

 だが、ブレスは撃てるし、その牙やかぎ爪を振るうだけでも脅威である。


 ドラゴンよりも数が多いため、人類にとってはもっぱらワイバーンの方が危険だということができるかもしれない。

 その魔物が、一刀のもとに斬り殺される。


「きゃああああああああ!?」


 ワイバーンが襲っていた少女にも、その斬撃が襲い来る。

 巨大な肉を斬ってなお勢いを落とさない斬撃は、そのまま少女の軟な肉を容易く斬ろうとして……。


 トッ、と軽い音が響く。

 それは、小さな女が地面を蹴り、斬撃からかばうように少女の前に立った音だ。


 光り輝く聖なる剣を抜くと、たったの一振りで斬撃を見事打ち払って見せる。


「ほう……」


 これには、ワイバーンを斬り殺した男も目を見開く。

 男の斬撃を顔色一つ変えずに打ち払った少女――――テレシアは、ハイライトの失った目で男を見据える。


「何をされているんですか?」

「なに? そんなの、見たら分かるだろ。ワイバーンを殺していたんだよ。はぁ……」


 ため息をつく男。

 目をやる先には、物言わぬ骸となったワイバーンがいた。


 本来ならば、それなりに高位でパーティーを組んだ冒険者たちに倒されるのがワイバーンである。

 少なくとも、たった一人で倒せるほど生易しい相手ではない。


 それゆえに、テレシアのパーティーであるルーカスたちは、驚きを隠せない。

 しかし、そのテレシアは涼しい顔をしているままだ。


 自分ができることを、凄いと思うことはない。


「その攻撃だと、この少女も斬られていました」

「ん? ああ……。でも、一度助けたし。はぁ……竜を殺すためなら、仕方ねえだろ。こいつのために手加減してこれに逃げられていたら、もっと多くの被害者が出ていたかもしれねえ」


 再度のため息。

 イライラしているとか、あきれているとか、そういうことではない。


 ただ、疲れている。

 そう分かるため息を、男は何度もする。


 そんな中でも、彼の言い分は一理あった。

 ワイバーンを逃がしておけば、また人間を襲い、討伐されるまで多くの被害をもたらすだろう。


「確かに、その可能性は否定しません。しかし、それは【全力を出さなければワイバーンに勝てない】者の言い分です。あなたは違うでしょう?」

「はあ……買いかぶりすぎだ。俺もいっぱいいっぱいだったよ」


 テレシアは、この男がたかがワイバーン程度に苦戦するような実力でないことが分かっていた。

 この男は、経験も豊富な冒険者パーティーで倒せない魔物を、たった一人で圧殺できたはずだ。


 男は否定しているが、テレシアの確信は揺るがない。


「とにかく、悪かったな。俺も、別にあんたを殺そうとしたわけじゃないんだ」

「い、いえ、私は助けてもらったので……」


 少女の言葉を聞けば、男はあっさりと背を向けて歩き出した。

 売ればそれなりの値段がするワイバーンの死体をあさることもしない。


「どちらに行かれるのですか?」

「ちょっと帝国のお偉いさんからお仕事をもらってな。それを果たしに行くんだよ。……まだ俺は殺してねえから、あんたに連れて行かれる筋合いはねえぞ」

「そう、ですか……」


 彼のことを、見過ごせないという思いはある。

 だが、明確に犯罪行為をしたわけでもないため、彼を無理やり引っ立てることはできなかった。


 それに、帝国という言葉に、テレシアはしり込みする。

 そもそも、彼女は『王国』の勇者である。


 王国と帝国はお世辞にも良好な関係とは言えない国交関係であり、その他国の人間を無理やり引っ立てることは、外交問題に発展しないとも言えないのだ。

 そのため、遠ざかっていく男の背中を見ているだけだったのだが……。


「じゃあな。……あ」

「なんですか?」


 男が自発的に止まったのを見て、テレシアは目を丸くする。


「いや、ちょっと気になっただけなんだが……」

「……?」


 言いづらそうにしていることに、首を傾げる。

 いや、言いづらいというのは少し表現がおかしいかもしれない。


 言うべきか言うべきでないか悩んでいて……結局、彼は口を開いた。


「あんた、俺と同じ目をしているぜ。何かを焦がれている目だ。そう……殺してしまいたいほどの執着を抱いているな」

「……私はそのようなことはありません」


 きっぱりと否定する。

 しかし、男の言葉を聞いた時、テレシアはゾッと背筋を凍り付かせていた。


 彼の言葉に、心当たりがあった。

 執着は、確かに抱いている。


 暗黒騎士。

 自分に初めて土をつけた男。


 テレシアは、彼に執着していた。

 以前、彼を倒すためだけに鍛錬を積み重ね、ようやく会えた。


 その時は、再戦という状況でもなかったため、結局矛を交わすことはなかったのだが……。

 だが、次こそは……。


 次コソは、必ズ殺シテ……!


「っ!?」


 首を激しく横に振るテレシア。

 銀色のサイドテールが激しく荒ぶる。


 自分は、今何を考えていた?

 男の言う通りのことを考えていなかったか?


 そんなことはありえないし、絶対にあってはならないことだ。

 だって、【勇者がそのようなことを考えてはいけない】のだから。


「そうかい。まあ、ギリギリ保っていられているようだし、そこは堕ちてしまった俺とは違うな。だから、先達からのアドバイスだ」


 知った風な口を利く男に、テレシアは苛立ちを募らせる。

 しかし、その言葉を止めようとか、聞かないようにしようとか、そういうことは一切思えなかった。


「絶対に堕ちないようにしろよ。一度堕ちたら、二度と這い上がらねえぞ」

「…………」


 その言葉は、まるでさびたナイフのように、テレシアの心臓に突き刺さって抜けなかった。



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