第50話 竜の巣
「ひぃ、ひぃ……し、死ぬぅ。こんなところ、人間が通っていい場所じゃないだろ……」
フラウが息を荒げながら泣き言を言う。
いや、その気持ちは分かる。
なにせ、俺たちが歩いているのは、驚くほど細い道であり、そのすぐ隣は断崖絶壁なのである。
土壁から少しせり出した細い部分を、そもそも道と呼んでいいのかはなはだ疑問だが……。
フラウは壁にへばりつくようにしながら、恐る恐る歩いている。
よかったな。
メビウスくらい胸が大きかったら、お前もう落ちていたぞ。
それに、お前は栄えある魔王軍四天王だから、平気平気。
「誰のせいでそんなバカげた地位にいると思っているんだ……!私、人間だぞ? どうして魔王軍の最高戦力なんかに……」
やっぱり、人間で魔王軍四天王っておかしいよな。笑えるわ。
そんなことを考えながら、少しでも足を踏み外したら奈落の底の細い崖道を歩く。
ちなみに、俺は鎧さんが勝手に動いてくれているので、安心である。
俺が余裕なのは、それが大きい。
今、オート状態なのだ。
マニュアル操作はしていない。
それゆえに、俺は安心してこの超危険地域を歩くことができているのである。
勝手に身体が動くことよりも、俺がこの場を切り抜けるほうが危ない。
足が震えて落ちてしまうことだろう。
下を見れば、深い霧が立ち込めている峡谷になっている。
地面が見えないほどの高さだ。
おほぉ、怖い怖い。
まあ、俺は関係ないけどな!
【!?】
……と思って次の瞬間、俺が踏んでいた道がガラッと音を立てて崩れ、落ちかける。
深い谷へと、がれきが落ちていく。
よ、鎧さん!?
この高さから落ちたら、間違いなく死にますよ!?
しっかりしてくださいよぶち殺すぞ!
「こんな歩きづらいところを歩くより、飛べばいいのに」
普通の奴は飛べないんだよなあ。
悪戦苦闘する俺とフラウの元に軽快にやってきたのは、メビウスだった。
飛んでやってくるな! 道が崩れるだろうが!
メビウスはドラゴンである。
だからこそ、飛ぶという行為は至極当たり前のような認識だが、翼の生えていない人間や魔族が飛ぶことは、容易なことではない。
繊細な魔法技術が常時求められるし、飛び続けている間にも魔力の消耗は続くからである。
「お前が私たちを運んでくれてもいいんだぞ?」
「疲れるからやだ」
テメエが来いって言ったんだから、ちゃんと運べや!
フラウの申し出をあっさりと断るメビウスに、怒りと憎悪が増す。
この野郎……疲れるから嫌って子供か!
やるんだよぉ! 俺のためなら、何でも!
とはいえ、今メビウスに不興を買うことはできない。
メビウスは落ちたとしても変身して平然としていられるだろうが、俺は無理。
飛べないから死ぬ。
そのため、ここでは唯々諾々とメビウス様のおっしゃることを忠実にやっていくのだ。
だから、いざというときは何を犠牲にしてでも全力で俺を助けてください。
そんなことを考えながら歩いていると……。
「……ついた。ここが、『竜の巣』だよ」
メビウスが小さく呟くと同時に、開けた場所が目に入る。
そこは、まるで鳥の巣のように、断崖絶壁で囲まれた場所だった。
空ははるか上に見え、下は緑豊かな木々が生い茂っている。
美しい水が溜まった湖もあり、草木の生えていない土色ばかり歩いてきた俺たちにとって、まるでオアシスのようだ。
そして、オアシスを囲むように街ができ、動物は住み着く。
ここは、ドラゴンのオアシスだった。
断崖絶壁にはいくつもの穴がくりぬかれており、そこから姿をのぞかせるのは、最強の魔物であるドラゴンだ。
無数のドラゴンが、悠然と空を舞っている姿は、まさに壮観である。
っていうか、ただただ怖い。
ひぇぇ……ドラゴンがいっぱい……。
失禁しちゃいそう……。
こいつらがその気になれば、一瞬でここは世界から消え去るのだろうな。
善良で無垢な民である俺にとっては、刺激が強すぎる。
よし、観光もできたし、もう帰ろう。
魔王城がこんなにも恋しくなるとは思っていなかったぜ。
……と、ズドン! とすさまじい音と共に揺れが発生する。
何か重たいものが着地したのは、明らかだった。
見たくないんだよなあ……。
『どうしてここに人間がいる!?』
「ひょっ!?」
耳が壊れるほどの怒声は、まるで雷のようだ。
俺を震え上がらせるには十分である。
ふっ、なかなかだな……。
……それよりも、この気の抜けた悲鳴である。
おい、女騎士。
何だその悲鳴は。
「貴様……! 自分は関係ないと思って余裕こきやがって……!」
鬼の形相で睨みつけてくるフラウ。
俺が、近くに降り立ったドラゴンにそれほどビビっていないのは、そいつの怒りを向けられているのがフラウだけだというのが大きい。
どうやら、ドラゴンの嗅覚でこいつが人間だということを悟ったらしい。
人間嫌いでもあるようだ。
いいぞ、もっと怒れ。
『そこの魔族もだ! ここはドラゴンのみが入ることを許された神聖な場所。貴様らみたいな薄汚い下等種族は、入ることすら許されんのだ!』
ぎょろりと巨大な目が俺に向く。
矛先こっちにも向いたぁ!
ひぇ……どうか怒らないで……。
「ぶふっ」
『何がおかしい!』
「ひぇっ」
鎧の中で震える俺を見て噴き出したフラウが、ドラゴンにとがめられて悲鳴を上げている。
どうやってこいつは外から絶対に分からない俺の顔を見たんだ……。
それにしても、このドラゴンは随分と排他的なようだ。
人間だけでなく、スーパーイケメン魔族である俺のことも嫌いだとは……。
価値を全く理解できないらしい。
可愛そうに……。
しかし、我大将軍ぞ?
魔王軍大将軍ぞ?
そんな奴に、ここまで上から目線で言えるのは凄いと思う。
いいの? ドラゴンに攻撃を仕掛けさせちゃうよ?
だが、それほど、ドラゴンが強く、また自信があるということか。
やっぱ怖えわ。
「私が連れてきた。文句あるの?」
俺たちの前に立ちはだかったのは、メビウスだ。
うむ、いい盾だ。
『メビウス……。貴様、いつまでも我らの上に立っていると勘違いするなよ。魔王軍なんぞにケツを振った裏切り者め』
「竜議会で決まったことに従っているだけなのに、裏切り者呼ばわりはひどい」
酷いと言いつつ平然としているメビウス。
なに、内輪もめ?
他所でやれよな、うっとうしい。
『あの老害どもめ、余計なことばかりしやがって……! ドラゴンの誇りと品位を貶めている!!』
殺意をほとばしらせるドラゴン。
ドラゴンにはドラゴンのしがらみなどがあるようだ。
でも、知らん。
どうでもいいわ。
「どうでもいいけど、もう行っていい?」
同じ気持ちだったようで、メビウスも言葉にする。
……思っていても言葉にするなよ。
ダメだろ、絶対に言ったら。
『……あまり長居しないことだな。ドラゴンにとってなんて事のない動きが、貴様ら下等種族にとっては命取りになることだってあるんだからな』
メビウスがいるということもあってか、ドラゴンは俺とフラウを強制的に排除しようとはしなかった。
いや、別に追い出してくれて構わんのだよ?
誰も来たいなんて一言も言っていないし。
というか、暗に殺すと言っていない?
大変だね、フラウ……。
「お前、殺されるらしいな。大変だな……」
お前のことなんだよなあ……。
俺とフラウの押し付け合いが開始される。
ドラゴンから命を狙われているのはお前だ!
そう思わなければやってられない。
あんな化物に命を狙われているとか、怖すぎてとてつもないストレスになる。
「ああいうドラゴンもいる。むしろ、多くなっているかも。若いドラゴンを中心に」
そっちから招いた客にあんな失礼なことを言うやつを近づけるなよ……。
謝罪を一切せず、さっさと歩きだしたメビウスに、内心白目を向ける。
ん? 大将軍特権でつぶしちゃうぞ?
「……ドラゴンを潰せるか?」
無理です……。
フラウの言葉に、調子に乗っていた俺は一瞬で鎮静化する。
最強の魔物を一体ならばともかく、こんな数百体も相手にできない。
地図を書き換えてしまうほどの力を持つ化物を、一般庶民の俺にどうしろというのだ……。
そんなことを考えながら歩き続けると、メビウスがふと立ち止まる。
そこは、無数に開いてある壁にくりぬかれた穴の一つだ。
その中へと進んでいく彼女の背中を追いかければ、開けた場所に出る。
そして、場にいるのは五体の老齢の竜だった。
「ここが、竜議会。まあ、五体しかいないけど、一応ドラゴンたちの最高意思決定機関。反発も増えてきているけどね」
たった五体のドラゴンが何でも決めていいの?
ダメでしょ……。
まったく信頼できねえわ。
……でも、魔族も魔王の言うことは基本的に何でも従うんだったわ。
むしろ、一人しかいない分、こっちの方がダメじゃん。
空飛ぶトカゲ以下とか……。
『どうも、お客人。そして、よくぞ戻ったな、メビウス』
ドラゴンの一体が軽く頭を下げる。
ほほう。さっきの血気盛んなトカゲよりは、常識も見る目もあるトカゲのようだ。
「約束通り、連れてきたよ。私を殺せるくらい、強い奴を」
『うむ。お客人よ、頼みたいことがある』
……俺がメビウスを殺せる?
無理でしょ。
鎧さんはどうか知らないけど、先刻こいつの力を見てまともにやりあいたいと思うはずがない。
しかも、頼みたいことだと?
嫌だわ。無視していい?
そんな俺の内心も知らず、ドラゴンは切実な声音で嘆願してきた。
『どうか、ワシらを救ってくれ』
……はい?
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