第48話 武断派



 ドラゴンは、最強の魔物。

 物語の悪役として必ず姿を現すように、悪の化身、理不尽な暴力を体現している。


 しかし、それは人間にとってだけではない。

 魔族にとっても、ドラゴンは恐ろしく忌避すべき魔物である。


 その理由は、ドラゴンが魔族に……魔王軍に従属していないというのが大きい。

 奴らは、決して魔王の下についているわけではない。


 魔王の要請に応えることはあっても、命令に従うことはない。

 つまり、俺の下でもなく、不興を買えば殺されるということだってありうるのだ。


 土下座か? 土下座をすればいいのか?


「バカ。もっとドラゴンが欲しがるものを考えるんだ。生贄とか」


 フラウの言葉だ。

 なるほど、確かにドラゴンなどの強大な魔物に対しては、生贄をささげることによって怒りを鎮めるという手法がある。


 しかし、そうか。

 自分から進んでそんなことを言ってくるなんて……。


 ありがとう、フラウ。

 君のことは、明日の晩御飯まで忘れない。


「ふざけるな。どうして私が生贄なんだ。貴様だぁ!」


 掴みかかってくるフラウ!

 くっ、こいつ……っ!


 相変わらず、こういう時だけ力がめっちゃ強い……!


『……何をしているんだ、こいつらは?』

「さあ。仲良しだから、じゃれあっているんじゃない?」


 取っ組み合いの最中、メビウスたちの会話が聞こえてくる。

 へへっ。


 僕たち仲良し。

 お互いにドラゴンに差し出そうとするくらい仲良しだぞっ。


『こいつらは?』

「魔王軍四天王フラウ。あと、魔王軍大将軍の暗黒騎士」

『人間で四天王か。ずいぶんと魔王軍も変わったものだな』

「なりたくてなったわけじゃないぞ。暗黒騎士のせいだぞ」


 人のせいにするのはよくないなぁ。

 そういうところだぞ、フラウ。


『それに、大将軍というのは聞きなれない地位だが……そうか、貴様があの悪名高い暗黒騎士か。なるほど、相対するだけでも分かるおぞましさだ』


 ころしゅぞ。

 言っておくが、悍ましいのは鎧だけだぞ。


 少なくとも、中身は普通の魔族だ。


「どうしてここに?」

『ここは、我らドラゴンの縄張りだ。嗅ぎなれない匂いと戦闘を感じて来てみたのだが……もう終わったようだな』

「うん」


 えぇ……。

 ここ、ドラゴンの縄張りだったのか?


 じゃあ、わざわざ俺たちが来る理由なんてなかったじゃん。

 こいつらがいれば、どれだけ人間が集まったところで勝てるはずもないんだし。


 まあ、高ランク冒険者とかが出てきたら別だろうが、そもそも魔王軍に属していないんだから関係ないしな。


『ついでに、久しぶりに顔を出したらどうだ? 同胞も喜ぶだろう』


 どうやら、メビウスとはここでお別れのようだ。

 里帰りですか?


 いいですね、行ってらっしゃい。

 じゃあ、俺はこの辺で……。


「……そうだね。暗黒騎士のことも報告したいし」


 どうしてここで俺の名前が出てくるんですか……。

 嫌な予感がする……。


 その不安を押し隠すために、近くにいたフラウの腕を強く握りしめる。

 決して逃げられないように。


「ちょっ……離せ! 私は絶対に関係ないやつだろ! 魔王に報告に行っているから、終わったら追いかけてこい」


 ダメだぞ。

 ずっと一緒だぞ。


「鬱陶しい……!」


 俺とフラウが激しい攻防を繰り広げていると、メビウスが近づいてきて見上げてくる。


「じゃあ、行こうか。なかなか人間も魔族もいけない場所だから、いい経験になると思うし」

【どこにだ?】


 嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!

 聞きたくないよぉ!


「竜の巣」


 行きたくねええええ!!












 ◆



「全滅? あなた、今そう言ったの?」

「は、はい。監視員として送り込んでいた者が、そう報告を……」


 ノービレは側近から上がってくる報告に、耳を疑った。

 目を丸くして、そして……。


「ッ!?」


 側近の肩が跳ねる。

 ノービレが強く机をたたいたからである。


 見た目は少女と言えるほど幼い彼女だ。

 腕も華奢なのだが、高級でしっかりとした造りのテーブルを容易く破壊していた。


 バラバラと木くずが転がる中、ノービレは歯をむき出しにしてきしませていた。


「まさか、あの虫どもに……! 私の部下たちをよくも……!」


 ギリギリと音が側近にまで聞こえてくる。

 武断派頭目の怒りは、側近を震え上がらせる。


 しかし、帝国最大派閥のトップである彼女が、怒りに目をくらませることはありえない。

 その程度ならば、最大派閥にまで上り詰めていない。


 すぐに冷静になり、聞くべきことを頭の中で組み立てる。


「飛龍Ⅱ型はどう? 使ったのでしょうね?」

「はっ! 確かに使用したとのことですが、その……」

「何かしら?」


 魔族を使って実験をしようとしていた飛龍Ⅱ型。

 あれは、とてつもなく有用な兵器だ。


 量産化のめども立っており、あの兵器さえあれば、帝国の……武断派の軍事力は一気に跳ね上がる。


「どうやら、ドラゴンの縄張りだったようで、ブレスで一気に消し飛ばされたとのことです」

「ちっ……。場所が悪かったということね……。一応魔族領だから、詳しい内情が分からないから……」


 ノービレは舌打ちをする。

 ドラゴンが魔王軍に属していないことは知っている。


 だが、ドラゴンたちがどのような場所にいるのかは明確には判明していない。

 調べようと探っていれば、殺されてしまうからである。


 これだけなら、不運として処理することができただろう。


「それに加え、迎撃に出てきたのは魔王軍四天王が複数名だったと」

「過剰戦力だわ! それに、動きが速すぎる。だとしたら……」


 しかし、四天王が複数名現れたということを聞けば、これは偶然などではない。

 確実につぶしにきていた。


 本来、一人で小国を潰すことができる四天王は、複数で行動することはない。

 分散させていた方が、はるかに効率的だからである。


 それを集めて向かわせたということは……。


「情報が、売られていたわね……!」


 ノービレは答えにたどり着く。

 武断派が、魔族領を侵攻するという情報が、魔族側に漏れていた。


 だからこそ、過剰戦力ともいえる四天王を一気に投入したのだろう。


「そんな……我らに裏切り者が……」

「その可能性もゼロではないけれど、今回は違うでしょうね」


 ノービレは首を横に振る。

 今回のことは、自分と側近……そして、実行する部隊にしか伝えていなかった。


 側近は裏切らないと確信しているからこそ側近なのであるし、実行部隊は自分たちを全滅させるような情報を売るはずもない。

 ということは……。


「他派閥ね。私たちは、最大派閥。嫌われて、売られて当然だわ」


 武断派を疎ましく思う者なんて、心当たりがありすぎて特定できない。

 武断派がこけて喜ぶのは、自分たちに圧迫されている他派閥である。


 ノーブレはそう判断した。


「……どうされますか」

「魔族に報復は、下策ね。これ以上追撃すれば、間違いなく戦争になり、発端を開いた武断派の求心力は地に落ちるわ」


 いずれ、魔族は滅ぼす。

 しかし、今ではない。


 魔族は強大だ。

 一切のダメージを受けず、圧勝することは不可能である。


 必ずこちらにも被害が出るゆえに、求心力というのは確固としたものがなければ、後顧の憂いとなる。

 それゆえに、魔族に攻撃は仕掛けない。


 しかるべき時、帝国をまとめ上げ、そして他国を併合して人類を統一し……魔族を潰す。


「今回の情報を売った派閥を見つけ出し、潰すわ。まずは、足元を固める。そして……」


 ノービレの目がギラリと光る。


「次は、あの虫どもよ……! 『奴』に連絡しなさい。ドラゴンと聞けば、こちらの思惑通りに動いてくれるわ」


 帝国武断派は、魔族から一度手を引いた。

 しかし、次に寄せる波は、これまでとは比べものにならない巨大なものとなるだろう。



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