第47話 媚び特権



「だ、だが、それだけで終わると思うな!」


 鎧さんが、触れた相手を腐らせて殺すというとんでもない攻撃方法で飛龍Ⅱ型を撃滅した。

 正直、中身の俺の方がビビっている。


 何だこの力……。

 触れられただけでアウトって、もうどうしようもないじゃん……。


 そして、そんなオーラを身体にまとっている俺よ。大丈夫なのか?

 鎧を解除できて外に出て見たらアンデッドとか嫌だぞ、マジで。


 そんな危惧を抱いていると、隊長が声を張り上げる。

 すると、先ほどのような地鳴りが複数発生して……。


 飛び出てきたのは、先ほど鎧さんが破壊した飛龍Ⅱ型。

 それが、複数である。


 ……複数?


「うわぁ……あんなに数が……。命乞いの練習でもしとくか?」


 なるほど、悪くないな。

 近くで小さく呟くフラウに頷く。


 なんであんなやばい兵器がいくつもあるんですかねぇ!

 いや、兵器って量産できないとダメなのかもしれないが、今ここにそんな持ってくることはないでしょ!


 魔族とガチの戦争をしたいのかこいつらぁ!


「もういいよ。暗黒騎士の力もわかったし、同じことを繰り返す必要はないし」


 どうやれば土下座が一番きれいに見えるのかと真剣に悩んでフラウと議論しようかと思っていると、隣までやってきたメビウスが格好いいことを言ってくれた。

 え?


 じゃあ、後は全部任せてもいいですか?

 今まで役に立たなかったメビウスが、ここにきて大活躍してくれるようである。


 よし、しんがりはメビウスとフラウだ。

 その命尽きるまで、俺が逃げる時間を稼げ。


「死なば諸共」


 抱き着くように俺の腕にしがみついてくるフラウ。

 貴様……っ! 死ぬ勇気なんて微塵もないくせに俺を掴むな……!


「一斉にブレスだ! 一体では効かずとも、これだけの数ならば確実に殺せる!」


 複数の飛龍Ⅱ型が一斉に口を開き、その奥に設置された水晶を輝かせる。

 あのブレスが、再び放たれるようだ。


 直撃を受けた時は恐怖のあまり失神していたが、まったくの無傷ということもあって、俺にはあふれんばかりの余裕があった。

 ふっ……鎧さんを甘く見るなよ。


 そんなもの、いくつ同時に放たれても……。

 ……大丈夫ですよね、鎧さん?


 さすがに同時に撃たれたら無理♡ とかじゃないですよね?


「壁の役割、しっかり果たせよ」


 フラウの声が、俺の背後から聞こえる。

 テメエ……! ちゃっかり俺の身体の後ろに隠れやがって……!


 お前が前に出るんだよぉ!

 華奢な腕をつかみ、無理やり引っ張り出す。


「ば、バカ野郎! 私みたいな細い身体で盾も何もないだろうが!」


 やかましいわ!

 ないよりはあった方がましだわ!


 ギャアギャアと小声で喧嘩をしていると、メビウスはいつの間にか俺たちの前に立っていた。

 め、メビウスさん!


「さすがに、私は暗黒騎士みたいに何もしないで受けきれる自信はない。だから、元に戻るよ」


 元に……戻る?

 メビウスの意味深な言葉に、俺は首を傾げる。


 いや、まあこの状況をどうにかしてくれるんだったら、何でもいいんですけどね。


「ハッタリだ! さあ、飛龍Ⅱ型! 一斉にブレスを……!」


 威勢よく攻撃命令を下そうとしていた人間の言葉が止まる。

 いや、止められるといった方が正しいだろう。


「それにしても、私の前でまさかドラゴンのまがい物を見せられるとは、思っていなかったな。面倒くさいから、元に戻るのは嫌なんだけど」


 そう言うメビウスの身体に、あからさまに異変が生じていた。

 ……どんどんでかくなっていってない?


 俺よりも小さな身体だったはずなのに、今では俺が見上げるほどだ。

 おっかしいなあ……幻覚?


「私は夢でも見ているのか……? 長くつらい夢だった。早く起きて適当な男を捕まえてヒモになろう」


 フラウも同じ光景を見ながら、夢物語を語っている。

 俺の全部をお前が引き受けることになるんだから、ヒモは無理だぞ。


「う、撃てぇ!!」


 硬直していた人間だったが、飛龍Ⅱ型に命じて一斉にブレスを放つ。

 それは、俺の身長よりも大きくなっていたメビウスにすべて着弾する。


 ぐおおお!? 爆風がああああ!!

 幸いメビウスが肉盾になってくれたが、さすがにこの威力だともうダメだろ!


 よし、フラウをあいつらに投げつけ、その間に逃げるしか……。

 俺が冴えわたる明晰な頭脳で生きる道を模索していると……。


『ブレスって、そんなものじゃないよ』


 煙の中から、メビウスの声が響く。

 生きていたのか!?


 よし、ならさらに盾として俺の……と思っていたのだが。

 ……少し様子が変だ。


 声もなんだかいつもと違うし、なにより……煙の中でその影がどんどん大きくなっていくのである。

 成長期かな?


「あ、ああ……」


 人間たちが絶望の声を上げる。

 ついでに、俺も鎧の中で失神しそうになる。


 なぜなら、煙が晴れたその場所にいたのは、最強の魔物。

 帝国軍武断派が作り出した虎の子の兵器が模した、あの魔物……ドラゴンだったからである。


 ば、化物だああああ!


「お前も十分化物だぞ」


 余計なことを言うのはこの口ですね。

 うん、いらない。


「いだだだだだ!? 頬をひっぴゃるな!!」


 フラウの頬を引っ張りながら、俺ははるかに高くなったメビウスを見上げる。

 でっか!


 ドラゴンと言っても、大小の違いはある。

 しかし、メビウスはその中でもかなり大きい方なのではないだろうか?


『生かして帰しても……私にとって面倒なことになりそうだな。やっぱり、皆殺しにしとこう。楽だし』


 ドラゴンになれるという情報を持ち帰られたらお尋ね者になるもんね。

 鋭く巨大な牙をむき出しにするメビウス。怖い。


 そこにいたのは、巨大な黒い竜だった。

 鱗は艶やかさを感じてしまうほど鈍く光っていて美しい。


 巨体は飛龍Ⅱ型を容易く踏みつぶせてしまうだろう。

 恐ろしい。


 しかし、それ以上に美しいと感じる竜だった。

 ……常人はな!


 俺はただただ怖いわ。

 これが魔王軍四天王か。


 そりゃ、四天王なんて地位にいたら、これくらいはできる奴だわな。辞めたい。


『そうだ。冥途の土産っていうわけじゃないけど、最期に教えるよ』


 そう言うと、メビウスの大きな口の端から黒い炎がほとばしる。

 ……あれ? これ、マズイのでは?


『これが、ドラゴンのブレスだ』


 俺が本能的な恐怖を感じた瞬間、メビウスの……本物のドラゴンのブレスが、炸裂したのであった。

 カッ! と光が視界をいっぱいに染める。


 目がああああああああああ!

 さらに、次に襲ってくるのは爆音。


 耳がキーンと鳴り、何も聞こえなくなる。

 耳があああああああああああ!


 そして、衝撃波と暴風である。

 大地が削られ石が飛び散っているのか、鎧にカンカン当たってうるさい。


 っていうか、これ鎧さんがいなかったらマジで死んでいたぞ!

 ふざけるなよメビウスううう!


「ぐおおおおおおお! し、死ぬうううううう!!」


 俺の背後に隠れていたフラウでも、この悲鳴である。

 暴風で吹き飛ばされないように、俺の身体にしがみついてくる。


 ……この必死につかんでくる手を振りほどけば、面白いかな?


「止めろぉ! 振りじゃないぞ、止めろぉ!」


 絶叫するフラウを見てほくそ笑んでいると、ようやくブレスの影響が収まっていく。

 そして、次に俺たちの目に入ってきたのは、焦土と化した平原だった。


 ……えぇ……。

 あの綺麗な緑のさわやかな場所はどこ?


 クレーターもできているし、緑は剥げて土色が全面に押し出されているし……。

 そもそも、あれだけいた人間たちはどこに?


 一人残らず消えているのだが……。

 飛龍Ⅱ型も姿を消している。


「……はあ。やっぱり、面倒くさい」


 ため息をつくメビウスは、いつの間にか人間の形態に戻っていた。

 全裸だった。


 フラウとは比べものにならない大きな胸も丸見えである。

 おほ~……とはならない。


 その前のブレスで人間を跡形もなく消し飛ばしているという恐怖の方が、はるかに大きいからだ。

 まあ、記憶はしておくがな!


 しかし、怖い。

 ドラゴンってこんなに強いのか。


 ……へへ、鱗舐めましょうか?


「私の媚び特権だぞ!」


 何だその特権はぁ!

 食らいついてくるフラウをいなしながら、メビウスの裸を記憶しておこうと目を向けると……。


 右手が勝手に動くと、そこから黒い瘴気がメビウスに向かう。

 よ、鎧さん!? 宣戦布告ですか!?


 戦々恐々としていると、メビウスの身体にまとわりついた瘴気はゆっくりと形を成していき、漆黒のローブへと変わっていた。


「ありがとう。便利な瘴気だね」


 メビウスも拍子抜けたように感謝を述べてくる。

 鎧さん!? せっかくのラッキースケベをどうして……。


 もしかして、鎧さんって紳士なの?

 ……じゃあ、俺のことも解放してくれませんかねぇ。


 バサッバサッ!

 そんなことを考えていると、重たい羽音が聞こえてくる。


 鳥かな?

 ……いや、鳥にしては大きい。


 俺もフラウも首を傾げていると……ズドン! と重たい音と共に何かが降り立つ。

 それは、先ほどの飛龍Ⅱ型とは比べものにならない威圧感を放っていた。


 俺とフラウは白目をむいた。

 平然としているのは、メビウスだけだ。


『誰かと思えば、お前かメビウス』

「久しぶり」


 平然と挨拶を返しているメビウスだが、俺とフラウは言葉が出なかった。

 なにせ、今現れたのは……。


「ど、どどどどどどららら」


 先ほど、強烈なブレスで俺たちに明確な恐怖を刻み込んだ、ドラゴンだったのだから。

 ひぇぇ……。



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