第40話 一生ついていきます
無事四天王から大将軍へと地獄の昇進を終えた俺は、魔王ルーナの私室に呼び出されていた。
斜め下のとんでもないことを仕出かしてくれたルーナとは二度と顔を合わせたくなかったのだが……。
「しかし、不思議ですわね。何でも願いをかなえると言われて、四天王を辞めると言うなんて……。暗黒騎士様に、欲はありませんの?」
あるぞ。
楽して贅沢して悠々自適に生きたいという、ささやかな欲だけど。
「ささやか……?」
首を傾げるフラウ。
適当な男を捕まえてヒモになる夢を持っているお前に言われたくないぞ。
生きるためなら何でもする、生き汚さもあるしな。
「わたくしの誘惑もまったく動じませんでしたしね。ショックはなかったですが、驚きはしましたわ。わたくし、自身の容姿にはそれなりに価値があり、使えると思っていましたの」
無表情で淡々と話すルーナ。
自分の身体を当たり前のように手段として使おうとするとか、やっぱりこいつ怖い。
まったく理解できない気持ちだから、なおさらだ。
俺の身体を売る必要があるならば、フラウをいけにえに差し出す。
「うーむ……私がそのようなことに迫られれば、暗黒騎士を差し出すがな」
ぶっ飛ばすぞ、こいつ。
なに俺と同じことを考えているの?
そもそも、殺されない代わりに俺のすべてを押し付けるって契約、忘れてない?
「わたくし、魅力がなかったですか?」
ルーナは首を傾げながら訪ねてくる。
あるぞ。
なんだったら、すぐにでもダイブしたいくらいだぞ。
ツインテールの白い髪は汚れを知らないし、褐色に焼けた肌は艶やかだ。
目もクリクリとしていて大きいし……ハイライトがなくて死んでいるのは怖いけど。
演技しているときはキラキラしているし。
あと、おっぱいもでかいし。
フラウよりはでかい。詳しくは知らないが。
ぶっちゃけ、とてつもなく魅力的である。
だけど、この鎧がある限り、俺は女の肌に触ってもその感触を楽しむことができないのだ。
温かさも、柔らかさも、全部冷たくて硬い。
だというのに、手を出せると思うか?
……嫌だわ! 悲しすぎるわ!
だから、俺は物語の主人公のような強靭な精神力で、自分を抑え込んでいるのである。
悲劇のヒーローかな?
「……暗黒騎士様の心を揺さぶることができれば、ほとんどの者にも効きそうですわね。まずは、暗黒騎士様を誘惑できるように頑張りましょうか」
ルーナは顎に手をやりながら考える。
安心しろ。俺の心はブレブレだ。
というか、お前もう魔王になっているのにまだそんなことするつもりなの?
どれだけ魔族大切なんだよ。怖いわ……。
国家の歯車そのもののこいつは怖いが、逆に言うと民は幸せだろうな。
こいつがトップに立って、魔族がマズイ方向に行くことがまったく想像できない。
俺も四天王を辞め、一魔族としてならもろ手を挙げて賛成するのに……。
大将軍なんて意味の分からない役職を作りやがって……!
思わず兜の中からルーナを睨みつけていると、奴は自身の容姿を確認するかのように、その場で回った。
クルリと回転したら、薄い衣装も回って褐色のむっちりとした肉付きの臀部が見えて……エッッッ!?
今、何かとんでもないものが見えませんでしたか!?
「む? 魔王様、お尻丸出しではないか」
フラウが尋ねてくれる。
お尻丸出し!?
いったい、どういうことですの!?
「ああ。わたくし、穿かない主義ですの」
穿かない主義ですの!?
なんですか、その魅力的な言葉は!!
平然と、恥ずかしがる様子もないルーナに、俺は勝手に戦慄する。
バカな……。こんな涼しい顔をしているくせに、ノーパンだと……?
いや、今だけではない。
奴は、ずっと……今まで、ずっと俺の傍でノーパンだったということか!?
「どうしても穿いていると蒸れますしね。わたくし、あまりあの感覚が好きではありませんの」
「うーむ……言いたいことは分かる」
ルーナの言葉に、フラウがうんうんと頷く。
とてつもない会話が目の前でされていますよ!
やったぁ! 俺の今までの苦労を、神様が見てくれていたんだぁ!
……別に、神なんて信じていないけど。
触れ合うことはできない。だが、視覚で楽しむことはできるのだ!
「だが、下着がないと毛が落ちるだろう。魔王城は掃除も行き届いているし、恥ずかしくないか?」
毛!?
あまりにも衝撃的な言葉に、俺は思わずノックアウトされそうになる。
さ、最強の四天王と謳われたこの俺が、ただの言葉だけで……?
「ああ、それも大丈夫ですわ」
ルーナは一呼吸おいて、口を開いた。
「だって、わたくし生えていませんもの」
【――――――】
……はっ!? 意識が一瞬飛んでいた……。
暗黒騎士の意識を飛ばすとは、さすが魔王だぜ……。
本当ですの!?
堪りませんですの!!
俺の方をちらりと見やるルーナ。
「……確認してみますか、暗黒騎士様」
そう言って、ゆっくりと薄い衣装を上げていく。
肉付きの良い太ももが見え、そして……。
俺は、もう一生ルーナについていこうと思ったのであった。
◆
「グオオオオオオオオオオオオオ!!」
その巨大な悲鳴は、大気を震わせる。
続いて、血を噴き出して巨体が地面に倒れる。
それは、ドラゴンだった。
魔物の頂点に君臨する、誰にも知られる凶悪な魔物だった。
それが、今たった一人の人間に、圧倒されていた。
「どうして……どうして我らを殺す!? 我らは人間に手を出すこともしていなかったのに……どうして!」
高位の魔物は人語を解すことができる。
そんなドラゴンが発した言葉は、悲痛な声だった。
このドラゴンのほかにも、もう一体のドラゴンが血だらけで倒れていた。
それは、このドラゴンのつがいだった。
すでに、この男に殺されていたのである。
人間を襲い、街を破壊しているのであれば、討伐されるのも理解できる。
だが、彼らはそのようなことは何もしていなかった。
ただ、人里離れた場所で、静かに暮らしていただけだ。
それなのに、突然現れたこの人間は、つがいを殺し、そして自分を殺そうとしている。
理解ができなかった。
「はぁ……お前も違うか」
「がっ……!?」
しかし、男はドラゴンの言葉に応えることはなく、無造作に首を斬り飛ばした。
硬いうろこで覆われ、鉄をも通さない首を、たったの一太刀である。
バシャバシャと、ドラゴンの血が雨のように降り注ぐ。
男はそれを忌避することなく、全身に浴びる。
真っ赤となった彼は、ちらりと目を向ける。
そこには、倒れ伏す二体のドラゴンよりもはるかに小柄なドラゴンがいた。
二体のドラゴンの子である。
「キュルルル……」
「……お前は殺さん。ガキは可能性があるからな。だから、頼むぞ。お前の両親を殺した俺のことを、絶対に忘れるな」
男はまだ人語も理解できない子ドラゴンにそういうと、殺さずに背を向けて歩き出した。
ドラゴンの死体は、様々な素材となるため高値で取引されるのに、そちらも見向きもしない。
討伐依頼を受けたわけではなく、恨みがあるわけでもなく、金目的でもない。
「……そういえば、あの時見逃したガキ、今何してるかな」
そんな男の脳裏によぎったのは、一体のドラゴン。
今回のように、たった一体だけ見逃してやった子ドラゴンのことだ。
「会いに行ってみるか、メビウス」
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第1章、完結です。
もし面白いと思っていただければ、星評価やフォロー登録をしてもらえると嬉しいです!
また、過去作『偽・聖剣物語 ~幼なじみの聖女を売ったら道連れにされた』のコミカライズ第7巻が発売されました。
ぜひご確認ください!
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